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開祖 (19840727A)第25回IARF世界大会開会式

2 ...○司会 ここでIARF会長庭野日敬先生より、開会のごあいさつをいただきます。 ○庭野開祖会長 (一同 拍手)本日、ここに第25回IARF世界大会を開催するにあたり、その準備のために、鋭意努力を重ねてこられましたディーター・ゲアマン事務総長、山本行隆大会実行委員長さまをはじめとする事務局、並びに関係者各位に対して、まずもって厚く御礼を申し上げる次第でございます。(一同 拍手)  また公務ご多忙の中にもかかわりませずご臨席くださいました諸先生方に対しまして、心より感謝申し上げたいと存じます。  さらに、この大会にご参加くださいました皆さま、特に外国からはるばるご出席くださいました方々に対しまして、心から歓迎の意を表するものでございます。(一同 拍手)  なお、この第25回世界大会の主会場(咳払い)として、立正佼成会の施設をお使いいただけましたことを、うれしく存ずるものでございます。と同時に準備不慣れのために、皆さま方にご不便をおかけするやもしれませんので、まずもってそのことをおわび申し上げておきたいと存じます。  英国の詩人キップリングが「東は東、西は西、永遠に二つは出会うまじ」と詠じたことはあまりにも有名であります。しかし、宇宙時代を迎え、地球を客観的に眺められるようになった今日(こんにち)では、キップリングの詩もいささか色あせて見えるのもいたしかたのないことかもしれません。  いまや、東西の交流は科学技術の提携をはじめ、その他の情報交換においても極めて増大しつつあります。かつては、西洋が教え、それを東洋が学ぶという一方的な時代が長く続いたことも事実であります。そして、いま、その立場は逆転し、東洋が教え、西洋が学ぶ時代になったという人もございますが、わたくしに言わせまするならば、もはやそのような優位性を論ずるときではないと思うのであります。  いまや世界は、東と西、あるいはアジア対ヨーロッパといった図式では割り切れない時代になっております。したがいまして、狭くなったこの地球上に時を同じゅうして生きるわたくしたちが21世紀に向けてよりよく生きるためには、東洋も西洋も互いに学び合い、力を合わせなければならない時代が来ていることをわたくしたちは謙虚に認識したいものであります。  確かに、科学は目覚ましい進歩を遂げました。 例えていえば、駅馬車は汽車にかわり、やがて飛行機になりました。しかも、ジェット機が出現した現在では、もはやわたくしたちはプロペラ機に乗る気は致しません。このように科学は前へ前へと進み、より便利になってまいりました。にもかかわらず、人々の不安は増大しつつあります。...

開祖 (19880608A) 第3回国連軍縮特別総会「第3回国連軍縮特別総会への提言」

2 ...○庭野開祖会長 関係各位に厚くお礼を申し上げます。  わたくしは幸運にも第1回並びに第2回の軍縮特別総会に際しましても意見発表の機会に恵まれました。  その間(かん)わたくしが一貫して米ソ首脳に主張し続けましたことは、「危険を冒してまで武装するよりも、むしろ平和のために危険を冒すべきである」ということでございました。  と同時に世界の安全が力による恐怖の均衡ではなく、新しい価値観に基づくものでなければならぬということを申してまいりました。  そして現在、米ソ間のINF全廃条約が締結されましたことは、新しい軍縮時代の幕開けとして高く評価したいと存じます。  時間の制約がございますので、次に要約した5項目だけでも6月25日の閉会までに、全会一致で採択されますことを、わたくしは心から願うものであります。  一つ、戦略核ミサイルのうち、少なくとも5割を廃棄すること。  二つ、包括的核実験禁止の合意と調印は、すべての国が速やかに実施すること。  3、現存する核兵器を凍結すること。  4、世界のあらゆる国は、西暦2,000年までに全核兵器を廃棄すること。  5、宇宙は平和的研究にのみ使われるべきものであるという見地から、SDIの開発には特に留意すべきこと。  さて、わたくしが所属している世界宗教者平和会議では、1970年の共同会議におきまして、次のように決議していることを報告したいと存じます。  すなわち「われわれは日本(にっぽん)の平和憲法を全人類に推奨したいと思う。われわれ宗教者はこのような憲法のあり方を守ろうとしている日本の国民に敬意を表明し、日本の国民がこの悲願の達成するよう、世界の宗教者がこれに協力するよう、心から訴えるものである」。  ところが現在、日本の防衛費をもっと増やすべきでは、(咳払い)増やすべきではあるまいかという声も聞かれますが、それはアジアの国々に、いたずらに不安を与えるだけであります。  それは軍縮にいちばん必要な信頼の醸成に反するものであります。  平和とは、つとに人類の生存の問題であり、安全とは他者とともに生きるという自覚の上に成り立つものであります。  その意味で、わたくしは「外(そと)なる平和」とともに、「内(うち)なる平和」にもっと留意すべきことを申し述べまして、わたくしの意見発表と致します。  ご清聴ありがとうございます。(一同 拍手)...

開祖 (19911115A) 法燈継承式

2 ...〇司会者 それでは続きまして、開祖さまにご登壇をいただきまして、親しくご法話を賜りたいと存じます。  開祖さま、お願い申し上げます。(一同 拍手) ○庭野開祖 (一同 拍手)(咳払い)皆さま、本日は誠におめでとう存じます。(一同 拍手) えー、85歳という年を迎えまして、ま、おかげさまで極めて健康でございますので、えー、何よりこれはわたくしの、おー、ほんとの持ち分として、神さま仏さまからちょうだいしている、何ものでもない自分の宝でございますが、えー、いままた、えー、2代目会長が、皆さまに、自分の信じている法華経観を、極めてわかりやすく説明をしておることを、これまた陰で聞かしていただいて、えー、有り難いことだと心から感謝を致しております。(一同 拍手)  (咳払い)またこの、わたくしの誕生日と併せて、法燈の継承の儀をこのように行わしていただきますということに対しまして、皆さまから、えー、陰に陽に、物心両面の、おー、ご芳志をいただいて、皆さまからたくさんのお祝いをちょうだい致しまして、盛大にこういう行事ができるということは、たいへんなことなのでありまするが、これ何事もないような顔をしているほど、皆さんはおかげさまで、えー、知らないうちに菩薩さまになっちゃっている。  ですから、普通ではちょっとできないようなことが、皆さまからたくさんのお祝いをちょうだい致して、えー、誠にもったいない話だと思うわけでありますが、えー、そしてまた、これ見ておりますると、気持ちよく仏さまの説法を聞いているんだなというように、その、皆さんのご芳志がちっとも苦にならないでやってなさる方、たくさんのお布施をなさるような方は、どういうふうかと思って見ておりますると、とても、いつ見ても、美しい顔をして、えー、お釈迦さまはそんなことをおっしゃってます。前世に功徳をたくさん積んだ人は、美人に生まれているだろう。(一同 笑) ま、そういうのかなと思うほど、(一同 笑)功徳を積める人は、どんどん救われていってしまうんですね。えー、何とかかんとか文句いってぶすぶすいっている人は、なかなか楽にならない。  そういうところをこう考えてみますると、わたしどものこの会の始まった時分の脇祖になってくだすったあの妙佼先生。えー、信者が、物のない時分であります。えー、昭和13年に会を立てて、えー、16年からもう大東亜戦争始まってきたわけですから、えー、皆さんがその、生活は苦しい。なかなか十分に物がまわってこない。そういうなかにあって、何かというと妙佼先生は、自分のうちの米びつを持ってきて、えー、米のない人が来ると与えてやると。...

開祖 (19941103A) WCRP開会式

2 ...○庭野開祖 第六回世界宗教者平和会議の、開会式にあたり、世界中からここにご参集くださいました、皆さまに心から御礼を申し上げたいと存じます。特に本日わたくしどもを受け入れをしてくださいました、この会場を、開会式のためにご提供くださいました、教皇ヨハネ・パウ二世聖下の暖かいご支援に対しまして、深甚(「しんじゅん」と発音)なる謝意を表するものであります。  いまわたくしは、ひとしおの、感慨をもってここに立たせていただいております。それはいまから29年前の1965年に、縁ありまして、第二ヴァチカン公会議、第4会期の開会式に列席さしていただきました時、教皇パウロ六世聖下が、世界に向かって、愛にもとづく友情と救いのメッセージを、述べられたことを、わたくしは忘れることが、できないからでございます。  当時1960年代における、世界の宗教界の実情は、自分の信ずる宗教のほかは、すべて迷信であるときめつけかねない雰囲気が依然として強く(「つおく」と発音)残っておりました。そうした状況の中で、パウロ六世聖下の「他の宗教者に対しても尊敬し、愛と希望をもって接する」というあのお言葉は、わたくしにとりまして、まさに衝撃的とも言えるものでございました。世界平和の実現のためには、まず宗教者が、協力しなければ、ならないと考えておりましたわたくしは、この時宗教協力によって、世界平和に目指すことが可能であり、それこそが宗教者の使命である、という信念を不動のものに、ならしたからであります。爾来、ローマ教皇パウロ六世聖下をはじめ、といたしまして、英国聖公会のマイケル・ラムゼー大司教、世界教会協議会総幹事・ユージン・カーウィソン、カーソン・ブレーカー博士を始めとする、宗教界の指導的立場におかれる方々をお訪ねし、世界の宗教者は平和のために何をなすべきか、何をなし得るかについて語り合うために、同じテーブルにつくべきで、つくべきではないかというお話をさせていただきました。そのようにしてだんだんと世界宗教者平和会議の創設が決まるという確信をわたくしは、得たのであります。その1965年の公会議には、(咳払い)数えて29年、また第一回世界宗教者平和会議を、日本の京都で開催して以来24年を経て、本日ここに第六回世界宗教者平和会議が開催、されることに相成りました。しかも、ヨハネ・パウロ二世教皇聖下のご列席を仰ぎ、ただいまから教皇聖下のお言葉を拝聴できますことは、この日を、この日の到来を長年待ちわびて願いを続けてまいりましたわたくしにとって、これ以上の喜びはございません。  いま世界は大転換期を迎えております。(間)20世紀を一言にして評するならば、あらゆる思想とそれに基づく体制が、俎上(そじょう)に乗せられ、実験され、その挙げ句に、正確な数もつかめないほどの多くの人々の命が、いとも簡単に奪い去られた時代、であったと申しても過言ではございません。いま21世紀を目前にして、わたくしたちが生きてきた20世紀を、ただ単にふり返るだけではなく、その中から世界の傷をいやすために、立ち上がらなければなりません。そのためにはわたくしども宗教者こそ、大きな役割を果たさなければならないのですが、ならないのであります。  真の平和を、築くに、築くためには、わたくしたちが力をあわせ、努力するだけではなく、すべての生かしている、(間)おおもとに、力をもって、謙虚に心を開き、真実の知恵を頂かなくては、大切な、頂くことが大切なのであります。そのことをこの第六回世界宗教者平和会議を、会議に期待し、世界のすべての人々にとって、よりよくより平和な世界を実現、実現に神仏のご加護をたまわらんことを、皆さまと共に心から祈念しつつ、わたくしの開会のあいさつとさせていただきます。皆々さま、ご清聴誠にありがとう存じます。(一同 拍手)...

交成1950年第5号お会式

『交成』1950年第5号お会式行事

交成1955年11月号お会式

『交成』1955年11月号お会式特集

交成1958年11月号お会式

『交成』1958年11月号巻頭口絵本部お会式特集

躍進1991年12月号お会式

『躍進』1991年12月号台風21号による強風に見舞われたため、万灯行進は急きょ、普門館大ホールで挙行されることになった。

開祖(19731012A) お会式

3 ...少し、全然風のない日になるというとスモッグ、なんで光学スモッグなんというともう、何か息が詰まるような、せっかく学校の生徒がこの体育祭を始めておっても、お-、ただちにその活動をやめるというような、誠に、有り難くない、も、何かこう胸の詰まるような問題がそこに来てる。で、そういうことになりますると、いよいよ日蓮聖人の言葉のこともういっぺんこのう思い起こしてみなくちゃならないというようなことになると思うんであります。で、聖人は、一人ひとりの信心強盛(ごうじょう)にして、ということもいっておるんでありますが、いつも時の執権に向かって、信仰の寸心を改めろ、と言われると同じように、天下万民諸乗一仏乗と成って、というような言葉で、妙法が独り繁昌する時に万民一同に南無妙法蓮華経と唱え奉れば、吹く風枝をならさず、というようなことをおっしゃった。すべての自然というものもお題目を唱えるということから決まっていくんだと、というように天下万民に要するに呼びかけてるわけであります。いままたこの、お、世界中の人類が、ここで信仰の寸心を改めて、本当の信じられるものをはっきりと、お、ごまかしでない、これはこのとおりであるという、このとおり歩まなければならない、このとおり行じなければならない、そういうものをはっきりとつかまなければならない。で、いまとなって初めて、この日蓮聖人のような大きな号令が、もう、お、万民が心得て、何かその本当の救いってものはないかと、そういうような時代になってきたのであります。  で、そういうことになりますると、お、過去の日本(にほん)のお祖師さまといわれる方の中で、お祖師さまというと不思議に、まあこの真言宗の方にすれば弘法大師さまがお祖師(「そす」と発音)さまだし、浄土真宗にすればお祖師(「そす」と発音)さまといえば親鸞聖人、念仏宗にすれば法然上人ってことなんですが、不思議にお祖師さまとこうただいっただけでは、万民がこれ等しく日蓮聖人をお祖師さまとこう思うというんですねえ。これは無理なくそこへ皆、どの宗の人も行ってしまうという、それほどの祖師の力を持っておる、そういう日蓮聖人。どうしてそんなに力があるかと、こう考えてみますると、非常に正直に信じておった、そしてまたその正直に言い表しておったと思うんです。ご法というものを守れば必ず、すべてにかなわないことはない、というような強い言葉で、法華経行者のかなわぬことはない、という強い言葉でいう。また万民が一同にお題目を唱えれば、吹く風も枝をならさず、というように、すべてのことがそれによって決まると。代は義農の世となって人生に長生の術を得る、人間の長生きの術もそこから始まってくるというような、素晴らしい言葉で、教えているわけであります。 ...

開祖 (19571005A) 故恩師妙佼先生追悼説法会

3 ...いつもほうぼうを歩きますのに、よくあんたは手を振りますね。とそんな悪口をいったのであります。先生は本当に真剣で歩くのですから、どうしても歩くのに勢いこの手をこう振らなければ続いて歩けないから、一生懸命で足だけでは歩けないので手を一生懸命使って歩いたんでありましょう。そうして毎日のように、信者のところを、少し遠いところは自転車に乗っけて、さらにもっと遠いところでは、現在のようでなくいろいろ乗り物は不都合でありまして、沼袋まで乗りまして、第八支部のほうへまいりますときには、電車に乗ったもんでございます。または、(咳払い)野方方面のあの辺には、ほとんど歩いていつも出かけたのであります。そうして、夜遅くまで、あちらこちらと、その信者のために、あそこに行かなくちゃ、ここに頼まれているということで夢中になって、わたしどもは交成会の創立当時を思いますと、大きな会をつくろうとか、人に認めてもらおうとか、そういう考えは毛頭ございません。ただただ自分にまつわるところの因縁に、そうした不運不幸な方とそうした縁を結ばれまして、一人でも多くの人が早く幸せになっていただきたいと、それよりほかに何も考えませんで、映画を一度観に行くでなし、芝居に行くでなし、もう22年前にお導きをさせていただきましてからというものは、毎日(まいじつ)のようにご法のことよりほかになんにも考えないで、一意専心、もうそのことだけに、一切を投じられたわけでございます。  いたって、のんびりしておりますので、先生のようにのんきでは困ります。そんなにのんきなことをいってはおられませんというので、常にむち打っていただいたのでありますが、それにもかかわらず、おいでになるうちはついわがままをいったり、よく先生が、人間の皮をかぶっているうちは、なかなか人間は正しいことができないんだ。全く真のサンゲに徹しられて一代でございました。確かに人間の皮をかぶっているあいだは、(咳払い)いろいろの感情あり、欲あり、いろいろの周囲の環境あり、その支配を全然受けないということはこれは不可能でございましょう。これをはっきりと、先生はつかまえての言葉であったんでありましょう。人間の皮をかぶっているうちはなかなか正しいことはできないんだといわれました。その先生が、いま、不滅の道(みち)に入られまして、いよいよ先生にはもう、そういう一切の業障というもの、一切の障りのない、本当の無垢清浄の魂になられまして、常に皆さんが道場の輪のなかで語られておりますところの陰の守護の役に回られたわけでございます。その後(ご)のいろいろの出来事を見ましても、いかに陰の守護の甚大であるかということを如実に現わしていると思うんであります。...

開祖 (19631028A) 核兵器禁止宗教者平和使節団帰朝報告会

3 ... どちらかというと、先ほども(咳払い)、内田くんの言葉からもありましたように、世界の平和っということに対しては、一つの、お、執念、エヘ(笑)、というほど、考えているらしいっていうことをいわれましたが、そのとおりでありまして、この世の中の争いということをなくしなければならないっていうことがわたしの念願でありますので、そういう意味では、松下先生と一緒に旅行へ出て、いろいろの、各国を回られて、え、外交辞令っていうものはなるほど、日本(にほん)の国で考えたように、わけにいかないと。向こうの国の国柄やら、宗教のあり方やら、いろいろのことが違いますことと、非常に難しい問題を、まとめていこうというのには、松下先生のように、この大きな包容力をもって、あまりその一つのことに、いー、固執(こしつ)しないと。わたしは固執(こしつ)しないようの自分で性分のつもりでおったんですが、松下先生と一緒に旅行してみるというと、どうもわたくしどもは少し、まだその、自分の思うとおりに、持って行こうっという気持ちがその、執念のごとく、現れてるわけであります。ところが、旅行に出てみるというと、そういうわけになかなか、向こうさまはいうことを聞いてくださらない。ま、幸いに、いー、出発前からの、お会いしようという松下先生のスケールであったところの、宗教家に対しては、順々と、第いちばん目に、いー、ローマにおきまして、バチカンのパウロ6世、法王に、ま、総員謁見ということでお会いすることもできましたので、滑り(「すみ」と発音)出しがよかったし、だんだんと、その先その先と、ジュネーブにおいても、ソ連においても、また、あ、ロンドンにおいても、それぞれ、予定の、宗教家にお会いしようというメンバーには、会えたのであります。  ところが残念ながら、政治家には会いないと。1国を代表してるところの、大統領、首相(「しゅそう」と発音)というようの方に、いちばんこの問題をわれわれがその、宗教家として申し上げたいという、念願で出たのでありますが、それが、あー、全然、かなわないということになりまして、(咳払い)団長は、え、しかもお忙しいということで、え、ロンドンで、すでに、いー、団から離団致しまして帰国ということになり、団長が離団して帰るということになりましたところが、え、禅宗の、管長でありますところの、高階瓏仙先生は、ソ連に行って88歳の老齢を引っ提げて、え、仏教を説いてくるんだということを去年の12月、わたくしどもの対談の時に、松下さんとわたしと、イシザカ先生と四人の対談の時にそういう話であったんでありますが、え、それを非常にこれまた高階先生は、年寄りの、一つの失言といいますか、そういうつもりでいったんでありましたが、フルシチョフがいないで、お会いできないという時の、非常にこの高階先生は、気持ちが動揺したようでございました。...

開祖 (19640304A) 大聖堂入仏式

3 ...これに呼応して、各学校でも、教育施設はことごとく、宗教に対する関心をもってきている。  え、こういう順序に、だんだんとお導きをいただいたということは、これはとりもなおさず、わたくしども、正法を護持する者、正法を護持する者が、どういう生活をしておるかと、信仰をもつ者が、どういう活動をしておるかと、え、そういうことを、たくさんの方にご覧になっていただいて、わたくしどもの生活と、信仰のない者の生活と、そういうことを、よく比較対照致しまして、だんだんと心ある人は、宗教の必要性、教育というものもただ知的だけでなく、知情意に満ちたところの、知情意円満なるところの教育、そういうところに初めて人間ができる、そういうことが、だんだんと、わかっていただくような状態になってきたわけであります。  しかしながら、わたしどもは、この大殿堂をつくり、教義的の本尊の勧請を完成し、え、しかも、教団は全国津々浦々、現在では、一応、アメリカにも、支部をもち、だんだんと世界的の宗教にも発展しようという、そういうところまで、ようやくこぎつけたわけであります。  ただし、過去の宗教、過去の宗教の在り方を見ましたときに、今日(こんにち)までのジンクスといいますか、宗教団体は大きな殿堂(「でんとう」と発音)を建てるというと、大きな伽藍、大きな建物、本部というのを建てると、布教がにぶくなってくる、大きな建物ができたときにはもうすでに、布教の意欲がなくなって、そういう大きな殿堂(「でんとう」と発音)を必要とするような形になってくると、もう宗教はだんだん、堕落しつつある、とまで、過去の宗教の歴史は言ってるのであります。  どうでしょうか。このジンクスを破って、この大聖堂をして、いよいよ、本仏の理想を実現するということでなければ、今日(こんにち)この大聖堂を建てた意義はないわけであります。(一同 拍手)  仏国荘厳であるところの、ご本尊をここに荘厳なる殿堂(「でんとう」と発音)に勧請申し上げ、いよいよ信仰の対象がはっきりと致しまして、これからが本当のわたくしどもの宗教活動である、今日(こんにち)まで満26年間、満26年間のわたしどもの修行は、これからの修行をする土台つくり、礎を築いたにすぎないのでありまして、いよいよこれからが本当の意味の宗教活動としての活動であります。  そういう意味におきまして、いよいよ本日このあとで、辞令を差し上げるわけでありますが、布教態勢は、いままでの、この建造物、この教育施設、現在の佼成会の医療施設、教育とか医療とか、そういういろいろの施設を今日(こんにち)までいよいよ、一応の形はつくったのでありますが、成果はこれからであります。...

開祖 (19640515A) 大聖堂落成式

3 ... これはわたしどもが、六道の輪廻に苦しんでおるところの人生から、その波羅蜜橋を登っていただきますと、そこに、この4階に入るときには、十界のうちの四聖という、声聞、縁覚、菩薩、仏界という、その経文に示されたようの順序で、この中においでをいただいて、根本仏教の教義を勉強をしていただきまして、お互いに修行をさしていただきまして、そして、人格の完成、一人ひとりの個人の完成という修行を、法座という形式によりまして、あらゆる心の悩みをお互いに語り合って、そこから人間の和、恨みとか、悲しみとか、そういうものを一つ一つ法門に照らしまして解決をする場としての、修行の道場を、ご覧のようにつくったわけでございます。  えー、そういう意味で、この4階は全部椅子席でございますが、5階、6階、7階はじゅうたんを敷きまして、みなさんがお座りになっていただいて、とっくりと、腹の中から、いろいろの人生苦を語り合って、その人生苦の根源はどこにあるのかと、そういうことを、お互いに、研鑚(けんさん)をし、勉強をしまして、おのおのがその解決をこの道場におきまして、仏法の法則によって一つ一つ解決をしていく、そういう道場に、つくったわけでございます。  しかし、本日のように、こういう場合に、5階以上の各階は、この模様がよく見えないわけであります。声は聞こえましても、見えないというと、やはり、百聞一見にしかず、とかという諺がありますように、皆さんに同じようにご覧になっていただく、説法をする表情をよくご覧になっていただくと、そういう意味で、テレビを取り付けたわけでございます。でありますから、4階以上はもとより、3階も、この下の3階も2階も1階も、テレビをもってご覧になっていただきますると、全館がことごとく手にとるように、どこにおいでいただいても修行の場とできるわけでございます。  ま、そういうわけで、この伽藍は、みなさんご覧のように、8年の歳月をかけまして、200万信者の真心によりまして、つくったのでありますが、建築に対しましては、先ほど報告にもありましたように、銭高組、社長さんをはじめ、東京支店長さん、また現場の監督のナカガワさん、この設計にあたられました、オイカワ設計主任、または現場の建築主任、各部門に配置をされましたところの方々が、まったく、利害、損得を超越して、この世紀の殿堂をつくるのだというので、あらゆる物心両面にわたって献身的のご奉仕をいただきましてできたのでございます。ここに、本日、落成式にあたりまして、この建築にたずさわる皆さま方に、重ねて厚くお礼を申し上げる次第でございます。  えー、さらに、この道場の中には、最も大切のことは、ここに(咳払い)勧請を申し上げておるところの本尊でございますが、宗教建設と致しますると、その中心になる、本尊はいかなることにするかと、こういう問題になるわけでありますが、これに対しましては、(咳払い)この本尊の表現ということになりますると、教義上は昭和20年に、神の啓示によりまして、すでに、久遠実成の釈迦牟尼仏を本尊とすべし、という言葉がありまして、決まっておったのでありますけれども、これをどういうふうに表現するかということに対しましては、本会の教学顧問でいますところの鴨宮成介氏、ならびに岩田日成師、さらに(咳払い)宮原龍遷画伯の3人の方々から専門的の研究をしていただきまして、古来の仏教施設のいろいろの仏像の関係、また経文によるところの、二尊四士、という方法をとりまして、現在の本尊が出来上がったわけでございます。...

開祖 (19760528A) シュバイツア賞受賞式

3 ...そこであなたとおなし考えの人があちらにもこちらにも、相当の教団の指導者である方がいらっしゃる。その方と一度会ってみないかということから、始まって新宗連の、おー、結成ができたわけであります。それはいまより25年前であります。で、そういう結成ができますると同時に、これまた国際的の問題というなかにわたくしをお導きいただきましたのは、え、IRFの、お、日本の代表でずーっと長いことご苦労願いました今岡信一良(いまおかしんいちろう)先生であります。で、先生に、新宗連ができたことによってお目にかかる機会があった。そしてこの世界宗教協力協議会というものをつくったことがございます。で、そういう関係から、えー、今度は、次の日米宗教者の会議というのを、えー、これはシュバイツァさんと違う、インドのガンジー翁が生誕100年ということを、お祝いを、そのお祝いを、お祝いをするのでなくて、えー、近代の聖者として、このガンジー翁ほど平和に徹した、非暴力で素晴らしい人はいない。え、こういう意味で100年祭を記念して、世界の宗教者が心を一つにした会議を持ちたいと。こういう問題を、うー、日本に持ってアメリカの方々がいらっしたのであります。で、そのだいたいおおかたの方が、えー、ユニテリアンの方、いわゆるその、お、IRFの方々であったわけであります。で、そういう関係を結んでいただきましたのは、これは今岡先生のお導きによるものでありまして、で、そういう意味から、世界の場所でわたくしのようの者を認めていただけたというのは、これは一(いつ)に今岡先生の、お、お導きのたまもの、ということに相なるのであります。  えー、そういう意味で、きょうはまた、この受賞式に、いー、くしくも、このIRFの、お、日本においての会議で、えー、世界中から70人もの、来賓の先生方がおいでになって、えー、いま、この向こうのロイヤルボックスにお座りを願っておるわけでございます。(一同 拍手)  えー、今度の会議は、特にこの、おー、事務総長でありまするところの、え、ギヤアマン博士、そして、えー、このIRFの副会長のヒューリッタマン博士、えー、をはじめ、70名の方々が、えー、これはもう国際的に非常に活躍をなすってる方々が、こうしてずっといらっしてるわけであります。えー、わたくしにこの受賞のなかのいちばんの問題は、IRFに協力をしたということ、そしてWCRPの、この、おー、まあ日本の、おー、代表として、え、発起人の一人で、あの70年の第1回、えー、そしてルーベンの第2回、そういうWCRPの、この活動というようなことが、あー、ちゃんと示されてあります。...