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人間釈尊(53)
立正佼成会会長 庭野日敬

初めて五戒を授けられた人

人間はこうあるべきだ

 ダンミカは非常に熱心な在家信者でした。あるとき五百人もの仲間を連れて祇園精舎にお参りし、お釈迦さまに、在家の仏教者はどういう生き方をするのが最高であるかをお尋ねしました。お釈迦さまは次のようにお説きになりました。
 「第一に、生きものを殺してはならない。他の人に殺させてもならない。また、人が殺すのを容認してもならない。
 第二に、与えられないものを、他の人の物と知って、これを取ってはならない。また、他の人が盗むのを容認してはならない。
 第三に、性行為を慎むことである。すくなくとも、他人の妻と通じてはならない。
 第四に、集会の中で、あるいは人と対しているとき、嘘(うそ)を言ってはいけない。人びとが嘘を語るのを容認してはならない。
 第五に、酒を飲んではならない。人に飲ませてもよくない。(薬として飲む酒は除くとして)酒は人を狂わせるからである」
 そのほかにも、いろいろと教えられましたが、最後に、
 「正当な商売をしなさい。そうして正しく得られた財をもって父母を養うことである。以上のように行じて放逸を慎むならば、死んでから自光(自ら光を放つ)という神々の住む天界に生まれるであろう」
 と締めくくられました。
 これは、最も古いお釈迦さまの言行録であるスッタニパータに記録されていることですから、俗人への戒めの原点である五戒を初めてうかがったのは、おそらくこのダンミカでありましょう。

臨終のダンミカ

 そのダンミカはどのような一生を送り、どんな死を迎えたか。中村元先生著『人間釈尊の探求』にはこう述べられています。
 ダンミカは仏の教えをよく守り、毎日のように修行僧のために食事や日常用品を布施し、また、妻や子も深く仏教を信じていたので、円満で幸せな生活を送っていました。
 そのうち病を得てそれが重くなり、いざ死に臨もうとしたとき、お釈迦さまにお願いして修行僧に枕元で心の静まるお経を読んでもらいました。お経が始まるとダンミカは、
 「待ってくれ、待ってくれ」
 と叫ぶのでした。妻や子たちは、「ああ、どんなに仏教を信じていても、やっぱり死ぬのは恐ろしいのか」と、嘆き悲しみました。ダンミカがそう叫んだきり息を引き取ったように見えたので、修行僧は読経をやめて帰って行きました。
 そのとき、いままで意識のなかったダンミカがふっと息を吹きかえし、妻や子たちが泣いているのを見て、「どうしたのか」と尋ねましたので、「あなたが、待ってくれ、待ってくれと叫び声をあげたので、やっぱり死ぬのは怖いのだろうと思って泣いていたのです」と答えました。するとダンミカはこう言ったのです。
 「そうではない。読経が始まるとすぐ天人が枕元にやってきて『私たちの世界は楽しいですよ。早くいらっしゃい』と声をかけたのだ。だけど私は、もっとお経を聞いていたかったから、『待ってくれ、待ってくれ』と言ったんだよ」
 そう言い終えると、静かに大往生を遂げました。ダンミカは兜率天(とそつてん)に生まれたということです。ともあれ、ダンミカこそは在家仏教徒の最高の典型だと言っていいでしょう。
 なお、この五戒は、混乱を極めた現代において新しく見直さなければならぬ戒めであると、わたしは信じています。
題字 田岡正堂/絵 高松健太郎

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