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23
...「方便」について 一 宗教は、不変で永久につながるものであり、その場かぎりではないので、はっきりした理想像がなくてはならないと思います。ところが現実と理想はなかなか一致しません。そこで、現実に即した指導の方法がたいせつなのです。 これは法華経の法門から言うならば、「方便」と「真実」ということになります。「方便」は“真実”につながる、“真実”…
24
...方便による救い 一 “方等経は慈悲の主なり”と言われ、お釈迦さまの言葉の中には“万億の方便”というのがあります。たとえば、年をとったお婆さんが法座にやって来たときに、難しい法門の話をいくら一生懸命にしても、法の偉大さを理解させることはできません。お婆さんにはお婆さんにわかるような功徳のいただける話をする──それが仏さまの言われる、…
25
...姓名鑑定と九星・方位 一 皆さんの中には、「姓名学は法華経とどういう関係があるのですか」と聞かれますと、すぐに答えられないで、とまどう人がいるかも知れません。それは十如是の法門を充分に消化しきっていないからです。仏教では「色相の文字は即ちこれ応身なり」と言いますように、文字に表われた〈相〉というものには、その人の性格、すなわち〈性〉…
26
...真実の門 一 私どもは、法華経を真に信ずることによりまして〈知・情・意〉の円満な調和をたもち、人格陶冶の目的を達することができる、と信ずるのであります。むしろ、法華経観から申しますならば、真理の学問的な追求は、たしかに人類の物質的な福祉のために有益でありますが、それだけに止まらず、例えば雪月花というような天然自然の現象に対しても、…
27
...信仰と救い 一 仏教というものは、私達がお願いをしさえすれば、すがってさえいれば救われるというものではありません。いつでも救われるには、この法(法華経)を受持する、〈持つ〉という条件があります。法を持たず、勝手気ままなことをしているくせに“苦しい時の神だのみ”をするのがお互い人間です。そういう心には救いのあるはずがありません。ところが、…
28
...苦悩と菩提心 一 みずからの煩悩をすっかり断じ切ることは小乗の出家修行者の理想であって、在家修行者である大乗の菩薩にとっては、むしろ煩悩があった方がいいのです。自分が煩悩を持っておればこそ他人の煩悩もよく理解できますから、そこに「共感同苦」と言いますか、人間対人間の魂の結びつきが生じ、また救いの手がかりも、そこから自然に生じてくるわけです。(中略…
29
...柔輭な心 一 この世の中というものは、持ちつ持たれつの状態を完全に保つことが、調和ということであり、調和している時こそが安らか(涅槃寂静)であるということです。ところが、すべてのものごとは移り変わるもの(諸行無常)ですから、その移り変わりをよく見極め、それに随順して常に持ちつ持たれつの状態をつくっていくという人間の心の柔らかさが、…
30
...「自己」を知る 一 仏教とは、つまりは万物がどう関係し合っているかを説き明かしたものにほかなりませんから、読めば読むほど深くなり、読めば読むほど新しい発見も出てくるものなのです。そして、自分とすべての人、自分とすべての物とのかかわり合いの様相が、ハッキリ目に見えるようになってくるのです。そうしますと、…
31
...本質的な救われ 一 よく「本質的な救われ方」という言葉が出てまいりますが、本質的に救われるということは、お釈迦さまの教えてくださったことを一つ一つかみしめて、自分の行ないにあてはめ「自分を正し」「人をも導く」という精進に進むことであり、かつ自分だけの欲を離れて、人さまのため、社会のためにというおおらかな道を求めることなのです。…
32
...益とは成仏 一 仏教には非常に大きな功徳があります。では、その功徳とは何かと申しますと「益とは成仏なり」と言われるように、最も大きいのは、仏になるという功徳であります。しかし、仏になるということは、これはたいへんなことで、われわれのような凡夫は、ちょっとやそっとではなれそうにありません。しかも、自分の実践することがなかなか充分にはいきません。…
33
...「行」について 一 法華経を所依の経典とする教団は数多くありますが、〈行法〉について確固たる定見をもつ教団はごく少ないようです。もとより宗教は、信仰の対象〈本尊〉と、教え〈法門〉によって成り立つものでありますが、その信仰と教えをどのようにして現実に生かすかという行法観と、その実践によってこそ、人間を救い、社会を美しくするエネルギーとなるものであり…
34
...修行 一 仏も元は凡夫です。いや仏となられてからも、そのみ心の中には悪の因子はチャンと内在していたのです。しかし、それを否定することによって善の因子に変えてしまわれたのが仏さまなのです。天台大師はこのことを説明して「如来は修悪を断じ、ただ性悪の在るなり」と言っておられます。性(性質、すなわち内在する因子)としての悪は仏さまも持っておられるけれども…
35
...行と学 一 教学は実行に裏づけされたものであります。それゆえ、学んだことは、必ず実行しなければ、しょせん、なんにもなりません。〈学〉と〈行〉は、車の両輪であり、どちらが欠けても車は進まないのです。 そのうえ、実行してみると、今まで頭で解っていたことが、こんどは身体で解ってきます。あるいは、「まだ、ほんとうには解っていなかったのだ」…
36
...戒律 一 あらゆる宗教に戒律というものがあります。それはたいてい「こんなことはしてはならぬ」というおきてであり、昔の信仰の篤い人達は懸命にそれを守ったものです。ところが、文明がすすんで、一般の人々の頭が小賢しくなり、また一面においては、なるべく生活を楽しもうという気風が盛んになったために、だんだんと戒律というものが重んじられなくなりました。 …
37
...菩薩行 一 菩薩の行というのは、 (1)現実の生活から離れることなく、この汚濁に満ちた世界に生きながら、 (2)自分にも、他のすべての人にも、必ず内在している仏性を発見し、発掘し、 (3)その実相をみつめることによって、みんなが仏の悟りに達し、 (4)この世に理想社会を現出せしめよう。 このような大目的のために行なう、…
38
...「懺悔」について 一 私が近ごろつくづく思いますことは、あらゆる進歩は懺悔によって生まれるということです。それは、懺悔ということをごく平易に考えてみれば、だれでも納得できるものと思います。つまり、一般的に言えば、懺悔というのは「これまでのあり方を反省し、それを改善しようと決意すること」にほかなりません。手の技・身の振る舞い・…
39
...「捨てる」修行 一 お釈迦さまは「己の悪しきことはなしやすく、善きことはなし難し」とおっしゃっておられます。現在の人間も、やはりそのとおりです。なぜそうなのかと言いますと、何十万年も前の、人間がただの動物にすぎなかったころは、いわゆる弱肉強食で、自分が生き残るためには他の一切のものを犠牲にし、殺したり、奪ったり、…
40
...拝み合う心 一 一〈拝む心〉というのは、宗教のアルファであり、オメガです。これに始まり、これに尽きるのです。原始人は、太陽や月を神として拝みました。はるか天上を規則正しく渡りながら地上に光を投げかけている不可思議な存在に、かれらは言いしれぬ驚きをおぼえ、畏敬の念を懐いたからです。そこには理屈も何もありません。自然にそうせざるをえなかったのです。 …
41
...報恩感謝 一 信仰生活をしておりますと、宗教は心の問題であるというので、とかく自分の実際の行動を客観視できないで、ただ有り難いと思っていればよいのだと安易に考えがちであります。しかし、内心でほんとうに有り難いと思うならば、それが行動の上に現われるはずなのであります。物事に対する感謝の気持ちがあるならば、…
42
...求道心 一 私は自分の体験からしても、好奇心こそは新しい世界を見い出し、新しい天地を開くために欠くことのできないものだ、と信じています。 と言えば、皆さんがたは、現実の問題として、せっかく最高の法華経の教えにはいっていながら、他の教えに好奇心を持って心を動かしてもいいのか、という疑問を起こされるかもしれませんが、法華経とか仏道というものは、…
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