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法華三部経の要点60

【機関紙誌】

阿難は後世の仏教徒の恩人

阿難は後世の仏教徒の恩人

1 ...法華三部経の要点 ◇◇60 立正佼成会会長 庭野日敬 阿難は後世の仏教徒の恩人 常随の侍者・説法の記憶者  授学無学人記品に進みます。この品で阿難・羅睺羅をはじめ学・無学のお弟子二千人が授記されますが、「学」というのはまだ学ぶことが残っている人、「無学」というのはもはや学ぶべきことの無くなった一人前の声聞のことです。  ところで阿難には、われわれ後世の仏教徒が深く感謝しなければならぬ三つの功績があります。  その第一は、お釈迦さまの晩年の二十数年のあいだ常随の侍者としてお仕えしたことです。それまで二、三の者が侍者となったのですが、あまり思わしくなく、長老たちが最後に阿難に白羽の矢を立てたのでした。  阿難は純真で優しい性格の人でしたので、心からまめまめしくお仕えしました。お釈迦さまが背痛という持病に悩まされながらも八十歳という高齢まで布教の旅をお続けになったことには、阿難の一分の隙もない忠実なお世話がずいぶん寄与していることは否定できますまい。  第二には、いつもおそばにいただけに世尊の説法をほとんど残らず聞いており、しかも素晴らしい記憶力でそれを正確に覚えていたことです。ですから、仏滅後にその教えを確かめる大会議が開かれた時、「経」については阿難が誦出者となり「わたしはこのように聞きました」(如是我聞=にょぜがもん)と前置きしてお説法のとおりを述べ、一同が「そのとおりだった」と合点したらそれが正式に認められ、後世にまで伝えられたのです。阿難の功績の最大のものと言えましょう。 女性修行者の道を開いた  お釈迦さまの養母として赤ちゃんの時からお育てした摩訶波闍波提(まかはじゃはだい)は、かねてから世尊のもとで出家したいという望みを持っていましたが、何度お願いしても許されませんでした。しかし、どうしてもその志を捨てることができず、夫の浄飯王が亡くなったのを機に、ビシャリ国におとどまりの世尊のもとへ参って必死に歎願することを決意しました。すると、夫たちの出家によって同じ思いを抱いていた多くの貴族の婦人たちもご一緒したいと言い出しました。  婦人たちは黒髪をおろして青々と剃り上げ、粗末な衣をまとい、はだしでカピラバスト城を後にしました。夜は野宿する苦しい旅を続けたのち、ようやくビシャリ国の精舎の前にたどりついた時は、立っていられないほど疲れ果てていました。  知らせを聞いて門前に出て来た阿難は、その決意を聞くとさっそく世尊のもとへ参って代わりにお願いいたしましたが、「女人が厳しい戒律のもとで道を修めるのは非常に難しい。また、男子の修行者たちに悪影響を及ぼす恐れがある」として断固お許しになりません。  「お言葉を返すようですが、世尊のみ教えは男子だけに門を開かれているのでしょうか」「そうではない。真理というものは、人間界の者にとってはもとより、天上界の者にとっても真理である。ましてや男女の差別などあるはずがない」「それならば、女人の出家をとどめることは不当ではないでしょうか」  といったやりとりの後、もとより慈悲深いお釈迦さまですから、ついに女人の出家をお認めになりました。阿難こそ真の意味のフェミニストであり、後世の女性にとっても大恩人であるわけです。  そのような阿難が、なぜ後輩である五百品の大勢の仏弟子たちよりあとに、ここでようやく授記されたのでしょうか。その理由については次回でいろいろと考えてみることにしましょう。 ...

法華三部経の要点61

【機関紙誌】

身近の人の教化の難しさを

身近の人の教化の難しさを

1 ...法華三部経の要点 ◇◇61 立正佼成会会長 庭野日敬 身近の人の教化の難しさを 羅睺羅の偉さは密行  お釈迦さまの実子羅睺羅も、この授学無学人記品でようやく授記されます。その授記のおことばに「羅睺羅の密行は 唯我のみ能く之を知れり」とあります。  密行という語には二つの意味があります。第一は、戒律のどんな細かい条項でも、そして人の見ていない所でも、それをキチンと守って違反することがないこと。第二は、ほんとうは菩薩の境地に達していても、へりくだって、あたかも一介の声聞であるかのように振る舞うことです。  われわれ在家信仰者の行持としてこれを解釈すれば、第一に、ただひとりでいる場合でも、知らない人ばかりの群衆の中でも、つねに良心的に振る舞い、ささいなことでも正しい道にもとづいて行うこと。第二に、自分はどんなに高い境地に達していても、人びとに接するときには驕ったり、偉ぶったりせずに交わり、仏さまの教えをその身を通して示していこうという心構えです。  羅睺羅はお釈迦さまの実子でありながら、それを鼻にかけることなど微塵(みじん)もなく、黙々として修行し、見えないところで徳を積んでいました。それは、幼くして出家せしめられた羅睺羅を舎利弗に預けて厳しい養育を頼まれたお釈迦さまの方針が実を結んだわけです。その成長ぶりを少し離れた所から見守っておられたお釈迦さまの、人の子の親としてのお気持ちがほのかに察せられるおことばが、前出の「唯我のみ能く之を知れり」なのです。 なぜ授記を遅らされたのか  前回に阿難の人間性のすばらしさとその功績について述べましたが、その阿難も、この羅睺羅も、いわゆる十大弟子の中にはいっていたのです。ついでですから十大弟子の顔触れを紹介しておきましょう。舎利弗(智慧第一)・目犍連(神通第一)・摩訶迦葉(頭陀=ずだ・質素生活第一)・阿那律(天眼第一)・須菩提(解空第一)・富楼那(説法第一)・迦旃延(論議第一)・優波離(持律第一)・羅睺羅(密行第一)・阿難(多聞第一)。  このように十大弟子の中にさえ入れられている羅睺羅や阿難が、なぜずっと遅れて、学(まだ学ぶべきことが残っている見習いの声聞)たちと一緒に、授記されたのでしょうか。それがこの品の大事な要点だと思います。  お釈迦さまのみ心のうちを拝察しますと、二人とも現身のお釈迦さまにとって血のつながりの濃い存在であることに、かえって修行のためのマイナスの要素がかくされていることを、人びとにお示しになるために、わざと授記を遅らされているのではないかと思われるのです。  阿難の場合は、二十数年間いつもおそばにいて、お食事の世話からご用便の始末までしていました。水浴をなさるときは背中をお流ししました。そうしますと、仏としてのお釈迦さまの偉大さと、肉体を持つ人間としてのお釈迦さまのお姿がまじり合って、ほかのお弟子たちのような純粋な帰依が困難になるのはやむをえません。  羅睺羅の場合にしても、父親がいくら偉い人でも、肉親以外の人があたかも神さまのように仰慕しているのと同様な気持ちにはなりきれないでしょう。甘え心もぜんぜん起こらないとは言い切れません。まことに微妙な心理の問題がそこにあるのです。  そのことから、われわれは大きな教訓をくみ取らなければなりません。というのは、妻とか、夫とか、親とか、子といったいちばん身近の者を教化することの難しさです。そのためには行住坐臥によほど気をつけて、いい手本を示すことに心がけねばなりますまい。いわゆる「後ろ姿で導く」ことです。それができれば、逆に身近の者ほど導きやすいということもいえるのです。                                                       ...

法華三部経の要点62

【機関紙誌】

感動と慣性が人を大成させる

感動と慣性が人を大成させる

1 ...法華三部経の要点 ◇◇62 立正佼成会会長 庭野日敬 感動と慣性が人を大成させる 感動なくして向上なし  法師品に入りましょう。この品も非常に大切な章です。まず冒頭に「わたしの滅後にこの法華経の一偈一句でも聞いて一念にでも隨喜する者があったら、その者に成仏の保証を授けよう」とおおせられています。「一念も隨喜せん者」とは、一瞬のあいだでも心から「ありがたい」と深く感動する人ということです。  この感動ということが信仰のうえばかりでなく、世間でひとかどの人物となるための重大な踏み切り台となるものですから、ここでじっくりと考えてみることにしましょう。  わが国最初のノーベル賞受賞者湯川秀樹博士が理論物理学の道へ進まれたのは、旧制高校生時代に来日したアインシュタイン博士の講演を聞いて感動したのが、そもそものきっかけであることは有名な話です。  ガンジー翁がサチャグラハ(非暴力不服従運動)によってインドの独立を達成したのも、もともとは一冊の本を読んで感動したことに始まっているのです。今から約百五十年前、アメリカにデーヴィッド・ソーローという哲人がいました。ソーローは人里離れた湖のほとりの小屋で、自給自足の仙人のような生活をしていました。ところが当局はかれに税金を課したのです。かれは税金を納める理由はないと拒否し、投獄までされましたが、自説を曲げることなく『非暴力反抗』という本を書いて闘いつづけたのです。  ガンジー翁が読んだのはその本でした。そして、それに示唆されてサチャグラハ運動を起こしたのです。たった一冊の本を読んでの感動がインド数億の民衆を救ったのでした。 初隨喜を伸ばすエンジンは  あるものごとを見たり、聞いたり、本を読んだりして感動を覚えても、それをそのままにほうっておいたのでは、けっして大きな実は結びません。感動(信仰でいえば一念隨喜=初隨喜)は心に一つの方向を与えたものですから、その方向への動きを伸ばしていかなければならないのです。それが修行です。  物理の法則に慣性というのがあります。物体がある方向へ動き出したら、ずっとその運動を持続しようとする性質が慣性です。心もそれと同じで、ある方向へ向かって動き出したらそれを持続しようという性質があるのです。しかし、車もエンジンの力を借りなければ大地の摩擦で次第に止まってしまうように、心にもエンジンの力が必要なのです。そのエンジンこそが修行なのです。  法師品には、そのエンジンを五つに分けて説いてあります。すなわち、受持・読・誦・解説・書写です。受持の受というのは、教えを深く心に信ずることで、つまり帰依することです。持というのは、その帰依の心を固く持ちつづけることです。読というのは経典を読むこと。誦というのは声を出して読むことと、それをそらんじる(暗誦する)ことをいいます。  解説というのはひとに解説してあげることです。これはもちろん教えを説きひろめるためのものですが、同時に教えに対する自分の理解を深めるためにもおおいに役立つのです。ひとに説いてあげるためにはどうしてもしっかり勉強し直す必要があるからです。書写というのには二とおりの意味があります。一つは経典の一字一字をていねいに書き写すことによって自身の信解(しんげ)を深めること。一つは、文書その他のメディアを通じて教えを広宣流布する行為です。  これらの修行をたゆみなくコツコツと続けることによって、最初に起こした感動(初隨喜)はその慣性によってまっすぐ成仏の方向への進行をつづけていくのです。これは、世間一般のものごとのうえにおいても人を大成におもむかせる、あるいは大事業を達成させる不可欠の要件なのであります。よくよく心得ておきましょう。                                                       ...

法華三部経の要点63

【機関紙誌】

法華経行者こそ真のエリートである

法華経行者こそ真のエリートである

1 ...法華三部経の要点 ◇◇63 立正佼成会会長 庭野日敬 法華経行者こそ真のエリートである 人間という語の重大な意味  法師品の次の要点は、こう説かれていることです。「法華経の一偈でも受持し、読誦し、解説し、書写し、この経巻を仏と同じように敬い、さまざまに供養する者は、前世において無数の仏を供養し、そのもとで悟りを得た者であるが、衆生が苦しんでいるのを哀れに思うがゆえにこの人間界に生まれてきたのである」。 経文には「衆生を愍むが故に此の人間に生ずるなり」とあり、後の偈にも「清浄の土を捨てて 衆を愍むが故に此に生ずるなり 当に知るべし是の如き人は 生ぜんと欲する所に自在なれば」とあります。  この人間というのは、ヒトとか人類という意味ではなく、人と人との間、すなわち人々がたくさん住んでいる社会を言うのです。大漢和辞典を引いても、「人間」の項には①人の世、世間、俗界。②人。人類。俗に誤っていふ。とあります。  これはたんに辞句の解釈の問題ではありません。人の生きざまの上にとって実に重大な意味を持っているのです。というのは、人は決して単独に生きているのではなく、あらゆる人、あらゆる動物・植物、あらゆる自然環境と関連し、相互依存の上に生きているのだが、その中で最も濃密な関係は人と人との関係なのだ……という真実をこの語は含んでいるのです。われわれが何気なしに使っているこの「人間」という言葉を、この機会にじっくりとかみしめてみることが大切だと覆います。 エリートには責任がある    さて、冒頭にかかげた経文を玩味しますと、この世で法華経に縁のあったわれわれは、前世において無数の仏さまのみもとにおいて修行し、すでに仏の悟りを得た身であったのに、悩みを抱えて苦しんでいるこの世の人々を見るに見かねて、それまで住んでいた安楽世界(清浄の土)を捨てて、わざわざ汚濁に満ちたこの娑婆世界に生まれてきたのだ、ということです。  なんというスバラシイことでしょう。なんという有り難いことでしょう。あなたが今どんな境遇にあろうとも、あなたは真の意味のエリートなのです。選ばれた人なのです。俗には、一流大学を出て、政界・官界・大企業などで活躍している人物をエリートと言いますが、それは永遠のいのちの世界の中ではホンの一瞬に過ぎないこの世のエリートであって、いま法華経を信じ、行じているあなたこそが本当のエリートなのです。  どうか絶大なる自信と誇りを持って頂きたい。社会的には恵まれない境遇にあろうとも、あなたは「仏さまに選ばれた人」なのです。このあとの経文にも「当に知るべし、是の人は則ち如来の使(つかい)なり。如来の所遣(しょけん)として如来の事を行ずるなり」とあるではありませんか。  ただし、選ばれたからには必ず責任が伴います。経文にも「衆生を哀愍し願って此の間に生れ、広く妙法華経を演べ分別するなり」とあるように、この法華経を広く説きひろめ、しかもさまざまに説き分ける(分別する)こと、これがわれわれの責務なのです。  この「分別」ということに特に留意しなければなりません。時代が変わり、国や民族が異なれば、生活様式も異なり、環境も変わります。社会風潮も違ってきます。それなのに、千遍一律にワンパターンの説き方をしたのでは、人を引きつけることもできないし、「なるほど」と納得させることもできません。ですから、この「分別」ということが不可欠になってくるのです。  いずれにしても、人に説かなければ、人を導かなければ、「如来の使い」とは言えず、真のエリートとしての責務も果たし得ないのです。それこそが、われわれがこの世に生まれ出た一大事なのです。                                                       ...

法華三部経の要点64

【機関紙誌】

象徴の尊さ大切さ

象徴の尊さ大切さ

1 ...法華三部経の要点 ◇◇64 立正佼成会会長 庭野日敬 象徴の尊さ大切さ 経巻の中に如来の全身が  法師品の説法でお釈迦さまは、「薬王菩薩よ。法華経が読まれ、書かれ、説かれる所、そしてその経巻の安置されている場所には七宝の塔を建てよ。ただし、その中に仏舎利(ぶっしゃり=仏の遺骨)を納める必要はない」。その理由は、「此の中には已に如来の全身います(経巻の中には仏の全身が宿っているからだ)」とおおせられています。  また、ずっと前のほうに「仏を罵る罪よりも、法華経を受持し読誦する者を罵る罪のほうがはるかに重い。仏をたたえる功徳よりも、法華経の持経者をほめたたえる功徳のほうがはるかに大きいのだ」ともお説きになっておられます。  お釈迦さまはそんな私のないお方なのです。病身の老弟子バッカリを見舞いに行かれたとき、バッカリが「世尊にお目にかかりたくてたまらなかったのですけれども、こんな体で長い間くやんでおりましたから……」と申し上げると、「いや、いや。やがて死んで腐るわたしの肉体を見る必要はないのだよ。わたしを見るというのは法を見るということなんだよ」とおおせられました。  私心というものが微塵(みじん)もなく、法(真理)をこそ第一とお考えのお方だったのです。「此の中には已に如来の全身います」の一句には、世尊の悟られた正法の全ぼうが尽くされているという意味はもちろんですが、こうした無私の正法尊重のご精神もこめられていることを知るべきでしょう。 象徴が人を神仏に近づける  それにしても、「経巻所住の所に塔を建てよ」とはどういうことでしょうか。よく「仏像や仏塔を拝むのは偶像崇拝だ」と言う人もありますが、それは一方的な決めつけであって、われわれは帰依の対象である「見えざる仏」の象徴として拝むのです。  この象徴というものが、われわれ凡夫にとっては非常に大切なものなのです。偶像否定のプロテスタントが多数の国であるアメリカにおいても、大統領の就任式には聖書に手を置いて誓いのことばを述べるではありませんか。  また、アメリカの法廷では、聖書に手を置いて、正直な申し立てをすることを誓います。そうすることによって心が神に近づくからです。聖書は考えようによっては一種の「物」です。しかし、物ではあってもただの物ではない。真理の書であり、神の象徴なのです。われわれが拝む仏像も、仏塔も、そして法華経の経巻も、まさにそれなのです。  ついでですが、ブッシュ大統領就任式の際のことばを思い出しましょう。  「私は大統領として最初に行うことは祈ることである。『天にまします父よ、我々は頭を垂れ、あなたの愛に感謝します。今日をあらしめた平和と、その平和の継続を可能にする信仰を共有できることに対する我々の感謝を受け入れたまえ。(中略)正しい力の使い方がただ一つあります。それは人々に奉仕することであります。神よ、我々にそれを想起せしめよ。アーメン』」  長々と引用しましたが、その理由はほかでもありません。政治の基底となるものは正しい信仰でなくてはならぬという認識を持ってもらいたいためです。政教分離は、制度の上では必要でしょう。しかし、正しい宗教が真理に帰依し、真理を行うものである以上、政治も経済もこれがバックボーンとならなければならない。それがないと必ず腐敗します。  すこし脱線しましたが、これは大切な脱線だったと思います。ともあれ、象徴としての仏像などを礼拝し、供養することは、神仏に近づく正しい、そして賢明な手段だということを、ここのくだりから悟っていただきたいのであります。                                                       ...

法華三部経の要点65

【機関紙誌】

こだわりのない心で人に対せよ

こだわりのない心で人に対せよ

1 ...法華三部経の要点 ◇◇65 立正佼成会会長 庭野日敬 こだわりのない心で人に対せよ 衣・座・室の三軌  法師品の要点中の要点は「わたしの滅後にこの法華経を説く時は、如来の室に入り、如来の衣(ころも)を着、如来の座に座して説きなさい」と教えられた、いわゆる衣(え)・座・室の三軌でありましょう。その三軌を「如来の室とは一切衆生の中の大慈悲心是れなり。如来の衣とは柔和忍辱の心是れなり。如来の座とは一切法空是れなり」と解説なさっています。  ただ概念的に「大慈悲心を持て。忍耐せよ。空の悟りを基本にせよ」とおっしゃるのでなく、部屋・衣服・座席という具体的な物に即して説かれたところに、人々の心を把握しておられるお釈迦さまの説法名手ぶりがよく現れています。前回に「象徴」の大切さを強調しましたが、ここにもまたそれが巧みに用いられているのです。  如来の室というのは大広間です。そこには大勢の人が入れます。大慈悲心の象徴です。衣服は寒さを防ぎ、外傷から身を護ります。妨害・中傷・悪口など、説法者に加えられるマイナス行為に動揺しない忍耐心の象徴です。座というのは座席です。座席はどっかと腰を落ち着けている所ですから、つまり「空」がすべての説法の不動の座標となるべきだということの象徴です。説法者はこの三つの心構えの上に立って法を説けと教えられているわけです。 空の原理からが入りやすい  さて、その三軌の中の慈悲は感性に関するものです。柔和忍辱の心もおおむね感情の問題ですから、それを持とうと思っただけではなかなかその通りにできるものではありません。そこで、理性的な現代人にとっていちばん入りやすいのは最後の「空」という仏法の基本原理でありましょう。  空といっても、それを完璧に解説するには一冊の本が必要なほど難しい問題ですが、現実のわれわれの心がけとして煮つめてみますと、結局「現実の姿にこだわらない」ということに帰すると思います。すべての人は仏性をもち、久遠の仏さまに生かされている存在ですから、現象に現れている姿にこだわることなく、どの人にも同じ気持ちで対する、そういった態度こそが「如来の座」であり、それはひとりでに慈悲の心にも、柔和忍辱の心にもつながるものだと思います。  福沢諭吉が少年のころ、知能の遅れたチエという若い女性がよく彼の家へやって来ました。諭吉の母親は快くそれを迎えて庭に座らせ、髪のシラミを取ってやってから、何か恵みものをして帰らせるのを常としていました。  諭吉は母親が取ってやったシラミを庭石の上に乗せて小石でつぶす役目をさせられるのが毎度のことでした。汚いし、臭いし、いやでたまりません。ある日、「母上、胸が悪くなりました。やめさせてください」と言いました。すると母親は、「情けない人ですね。チエはね、シラミを取ってもらうと気持ちがよくなることを知っているんですよ。しかし、自分ではシラミが取れないから、こうしてやって来るんです。チエができなければ、できる人がしてあげるのが当然ではないですか。同じ人間ですもの」と、こんこんと言い聞かせました。  後日、「天は人の上に人をつくらず。人の下に人をつくらず」という不滅の名言を残した福沢諭吉をつくったのは、母親のこうした「諸法空」の心であり、それに基づいた家庭教育だったのです。  衣・座・室の三軌は決して別々の徳目ではなく、密接につながっているのです。ですから、いちばん入りやすい「現象の姿にこだわらず、人と人とを差別しない」という「空の座」から出発すれば、ひとりでに「慈悲心の室」にも入り、「柔和忍辱の衣」を着ることもできるものと思います。 ...

法華三部経の要点66

【機関紙誌】

多宝如来は真理そのものだが

多宝如来は真理そのものだが

1 ...法華三部経の要点 ◇◇66 立正佼成会会長 庭野日敬 多宝如来は真理そのものだが 宝塔には如来の全身います  見宝塔品に入ります。この品には初めから終わりまで不可思議な神秘的なシーンが展開されますがその一つ一つが重大な意味を持っていますので、どうしても解説の必要がありましょう。  前の法師品の説法が終わるやいなや、目の前の地上に、さまざまな美しい宝に飾られた光り輝く大塔がこつぜんと浮かび上がりました。そして、その宝塔の中から大音声(だいおんじょう)が響きわたり、「善哉、善哉。釈迦牟尼世尊は、すべての人間が平等に仏性を持つことを見通す智慧(平等大慧)に基づき、すべての人に菩薩の道を示す教え(教菩薩法)という、もろもろの仏が秘要として護ってこられた(仏所護念)妙法蓮華経をお説きになりました。まことに説かれる通りです。すべてが真実です。実に素晴らしい」と賞賛し、証明されるのです。  一同はその荘厳な情景に言い知れぬ感動を覚えるのですが、大楽説菩薩という人がお釈迦さまに「どういうわけでこのような美しい塔が地中から湧き出し、このような大音声が響きわたったのでしょうか」とお尋ねします。するとお釈迦さまは「この宝塔の中には如来の全身がおられるのである」とお答えになります。  如来とは「真如(しんにょ=根本の真理)から来た人」のことですから、つまり、この塔の中には宇宙の真理の完全なすがたがあるというわけです。 真理の現れは自由自在  宇宙の真理(真如)の完全なすがたと言っても、われわれ凡夫にはどうもピンときません。そこでお釈迦さまは、それを多宝如来という人格を持った仏さまとして説かれたのです。はるかなむかしに多宝如来という仏さまがおられ、その仏さまがまだ菩薩の時代に「自分が仏となったのち、いずれの世界ででも法華経が説かれるならば、その説法会の前に大塔を出現させ、その教えの真実を証明し、賞賛しよう」という誓願を立てられた……とお説きになりました。  このように、根本の真理という目に見えないものに人格を与えますと、凡夫にもなんとなく信仰の焦点が定まってくるからです。  キリスト教では、創造主である無形の絶対神に対しても「天にましますわれらが父よ」と言って祈ります。これも、「天にまします神」つまり、目に見ることのできない神を「父」という言葉で象徴して、人間にとってよりわかりやすく表現したものです。いずれにしても宗教信仰においては、信仰の対象を心にしっかりとつかみとるということが、なによりも大切なことだからです。  ここで、一つ心得ておきたいことがあります。仏教では「三身一体(さんじんいったい)」といって、法身仏(ほっしんぶつ=根本の真理である真如そのものである本仏)と、報身仏(ほうしんぶつ=法身がわれわれに理解できるような人格をそなえられた仏)と、応身仏(おうしんぶつ=真如に基づいて衆生教化のためにこの世に出現された仏、つまり釈迦牟尼仏のこと)とはもともと一体であるとしています。すなわち、『妙法蓮華経』を説かれたお釈迦さまこそ、この三身をそなえられた仏であり、その現れは自由自在であるということです。  このことを心の底にしっかりとつかまえることができてこそ、この品に充ち満ちている神秘的な出来事も腑(ふ)に落ちることと思います。                                                       ...

法華三部経の要点67

【機関紙誌】

法華経は全真理を統合した経典

法華経は全真理を統合した経典

1 ...法華三部経の要点 ◇◇67 立正佼成会会長 庭野日敬 法華経は全真理を統合した経典 部分的な真理は散在するが  宝塔の中に真理の全身である多宝如来がおられると聞いた大楽説菩薩が「ぜひ多宝如来の仏身を拝みとう存じます。世尊の神力をもってどうぞ拝ませてください」とお釈迦さまにお願いします。するとお釈迦さまは「多宝如来は、十方世界に散らばっておられる諸仏の分身をことごとく呼び集めたうえでないと身をお現しにならないのである」とおおせられます。  このことにも重大な意味があるのです。世の中には真理の教えはたくさんあります。哲学もそうですし、科学もそうです。道徳も人間の道を教え、文学も人生の真実を伝えています。しかし、それらは真理の部分部分を明らかにしたものです。それに対して法華経はあらゆる真理を統合した経典です。  ですから、法華経が真実であることを証明しようとするならば、どうしても全宇宙に散らばっている真理の部分部分の教えを一ヵ所に集めたうえでなければ証明できないわけです。  そこでお釈迦さまは、まず十方世界の真理の教えをことごとく呼び集め、またご自分の分身をも呼び集められました。それを見とどけられたお釈迦さまはスーッと空中におのぼりになり、宝塔の頂上の前におとどまりになりました。  そして右手(智慧の象徴)でギーッと宝塔の扉をおひらきになりますと、その中に、多宝如来があたかも禅定に入ったかのように身動きもせず座しておられるのです。梵語の経文からの訳には「あたかも瞑想を完成したかのように、四肢が痩せ身体は衰えて玉座に座り」とあります。  ということはつまり、真理は尊いものではあるけれども、ジッとしているだけでは意味がないということにほかなりません。真理はそれが動き出し、多くの人びとのために説かれ、理解され、そして活用されてこそ意義が生じてくるということが、多宝仏の右のようなお姿に象徴されているのです。 行動こそが決め手である  玉座の中央に座っておられた多宝如来はおん身を半ばおずらしになり、「釈迦牟尼仏よ。どうぞこの座におつきください」とおおせられました。釈迦牟尼仏はすぐ宝塔の中にはいられ、多宝仏と並んでお座りになりました。このことを「二仏同座」といい、見宝塔品の要点中の要点といっていいでしょう。  二仏同座は何を意味するかといいますと、真理そのものと、真理を説く人とは同格であり、同じように尊い存在であるということです。前にも申しましたように、真理はだれかによって説かれ、理解され、活用されてこそ意義が生じてくるものだからであります。  法華経は、多宝如来が大音声を発して言われたように、すべての人間が平等に仏性を持っていることを説き、その仏性を顕現するための菩薩行を教える経典です。  そのことは、方便品の「万善成仏」の法門から説き始められています。子供が遊び半分に砂の上に仏さまの絵を描くという素朴な行為ですら、成仏の因となるとあります。その行為によって仏性が育てられていくわけですから。  譬諭品の『三車火宅の譬え』では、羊の引く車や鹿の引く車や牛の引く車を求めて門の外へ走り出るという行動こそが救われにほかならない、と説かれています。信解品の『長者窮子の譬え』でも、窮子が二十年間もコツコツと汚い所を掃除する働きをつづけたからこそ長者(仏)の後継ぎになれたのだ、とあります。  われわれ今日の信仰者にとっても、その道理はまったく不変です。行動こそが大事なのです。だからこそ、法華経信仰者を特に法華経行者というのであります。                                                       ...

法華三部経の要点68

【機関紙誌】

法華経行者は多宝塔である

法華経行者は多宝塔である

1 ...法華三部経の要点 ◇◇68 立正佼成会会長 庭野日敬 法華経行者は多宝塔である 日蓮聖人の阿仏房への手紙  前々回と前回には、多宝如来は真理(真如)そのものであることを書きました。ところが、それと同時に、経文にもありますように、どこででも法華経が説かれるならばその場に出現し、それが真理であることを証明する役割を持っておられるのです。ですから、古来「証明法華(しょうみょうほっけ)の多宝如来」とお呼びしているわけです。  と申しますと、われわれ在家の法華経行者とはまったくかけ離れた天上の存在のように思われるかもしれませんが、そうではありません。われわれが法華経に帰依し、身に行じ、そして人のために説くならば、われわれがそのまま多宝如来となるのです。これはわたしの独断ではなく、日蓮聖人がハッキリとそうおっしゃっておられるのです。  日蓮聖人が佐渡に配流されたとき、その地に阿仏房という熱心な念仏の信者がいました。元は武士で、順徳上皇が佐渡に流されたもうたときお供をしてここに来て、上皇没後は妻の千日尼と共にそのお墓を守ってここに住みついていたのでした。  日蓮聖人がこの島へ配流されたと知ると、念仏の大敵が来たとして殺そうと企み、庵室を襲ったのですが、かえって聖人に教化されて弟子となったのでした。そして、妻と共々怨敵の多い聖人をお守りし、夜中ひそかに食糧を届け続けたのでありました。そればかりか、身延へ退隠されてからも三度もはるばる佐渡からお見舞いに行ったほど尊信の誠を尽くしました。  その阿仏房が、手紙で、「多宝如来の宝塔はどのようなことを表しているのでしょうか」と質問したのに対して、聖人はこうお答えになっておられるのです。  「……末法に入って法華経を持(たも)つ男女のすがたより外には宝塔なきなり。若し然らば貴賤上下を択(えら)ばず、南無妙法蓮華経と唱うる者は、我が身宝塔にして我が身又多宝如来なり。(中略)。然れば阿仏房さながら宝塔、宝塔さながら阿仏房、此れより外の才覚無益(さいかくむやく)なり。(中略)。多宝如来の宝塔を供養し給うかと思えば、さにては候わず、我が身を供養し給う。我が身又三身即一の本覚の如来なり。かく信じ給うて南無妙法蓮華経と唱え給う、ここさながら宝塔の住処なり。経に曰く、『法華を説く処あらば、我が此の宝塔其の前に涌現せん』とは是れなり……」と。 説かねば宝塔も意味がない  この中でも「阿仏房さながら宝塔、宝塔さながら阿仏房、此れより外の才覚無益なり」の一節をよくよく味読して頂きたい。「阿仏房がそのまま宝塔であり、宝塔がそのまま阿仏房である。学問的解釈や理屈づけは何の役にも立ちはしない」という意味です。つまり、「法華経の説かれる所には必ず宝塔を涌現させよう」という経文の言葉を素直に受け取ればいいのだ……ということです。  佼成会員の皆さんは、法華経にご縁を頂いた人であり、朝夕「南無妙法蓮華経」を唱えている人ですから、みんな多宝如来の分身です。お釈迦さまと半座を分けて並んで座れる資格を持つ人です。どうか、そのような自覚と誇りを持って頂きたい。  ただし、それには条件があります。宝塔は、ただそれが地上に顕現しただけでは意味がありません。中におられる多宝如来が大音声を発して、最高無上の教えである法華経の真実を証明されてこそ宝塔は生きて働くのです。皆さんも、人のために法華経を説き、わが身にそれを実践してその真実を実証してこそ、その尊い事実も生きてくるものだと承知して頂きたいものです。 ...

法華三部経の要点69

【機関紙誌】

現実から理想へ理想から現実へ

現実から理想へ理想から現実へ

1 ...法華三部経の要点 ◇◇69 立正佼成会会長 庭野日敬 現実から理想へ理想から現実へ まず現実の大安心を  法華経は、すべての人間が仏となるという究極の理想を説きながらも、決して現実をおろそかにしていません。例えば信解品の『長者窮子の譬え』においても、父の長者(仏)が窮子(衆生)に「ずっとここで働きなさい。そうすれば賃金も上げてやろうし、米とか麺(めん)とか塩や酢など、日々の必需品は必ず供給するから、安心して働くがいい」と生活の保証をしています。つまり、信仰による安心(あんじん)の境地を説き、考えようによっては現世利益を約束しているとも受け取れるのです。  そうした理想と現実の絡み合いは法華経全巻に見られるのですが、この見宝塔品では、次に挙げる一節に見られるように、ひとまず理想への希求が説かれています。「爾の時に大衆、二如来の七宝塔中の師子座上に在して結跏趺坐(けっかふざ)したもうを見たてまつり、各是の念をなさく、仏高遠に坐したまえり。唯願わくは如来、神通力を以て我が等輩(ともがら)をして倶に虚空に処せしめたまえ」。  仏さまはわれわれよりはるかに遠い所にいらっしゃる、われわれもあの境地にまで達したいものだ……と大衆は願ったのです。するとお釈迦さまは、ただちに大衆を宝塔のある虚空へ引き上げてくださいました。つまり、理想への希求を承認してくださったわけです。  これから先、『嘱累品第二十二』までは虚空で説かれたということになっています。『序品』からこの『見宝塔品』までは霊鷲山で説かれたのですが、『薬王品第二十三』以降は虚空から再び地上である霊鷲山に戻って説かれたとされており、これを「二処三会」と言い、法華経の重要な教相となっています。つまり、信仰もまず現実の問題から入り、次第に理想の境地へと向かうけれども、理想の境地を体得したら再び現実に立ち返り、一段と高い次元で現実の諸問題を解決しなければならない。それが信仰というものの大筋なのだ……というのです。まことに完ぺきな構造の教えであると言わざるをえません。 教化・養成には二方針あり  この品にはもう一つの要点があります。それは最後のところにある「六難九易」の法門です。「須弥山を手にとって他の世界へ投げ移したり、足の指で大千世界を動かしたりすることは難しそうだがまだまだ易しい。わたしの滅後の悪世で法華経を説くことのほうがずっと難しいのだ」といったような、ふつうの見方からすれば正反対のことがいろいろ説かれています。  教義的に見ればさまざまな解釈ができます。例えば「あなたが確かな存在であると思っている心身は、空なのですよ」と説いてもなかなかわかってもらえない。それほど難解な真理なのだ。……といったような意味だという考え方もありましょう。しかし、それよりも、六難九易の法門は教化や養成の方法の一つだと考えたほうがより適切なようです。  おおまかに見て、教化や養成の行き方には二通りあります。例えば三味線を習いに来た人に、初めはやさしい曲から入らせて、「上手、上手」とほめながらだんだん難しい曲へと進ませていく行き方が一つ。もう一つは、専門家を志す人には「一人前の三味線弾きになるには二十年かかると思いなさい」と最初にドカンとおどかす行き方です。そう言われて逃げ腰になる人はしょせん専門家にはなれない人で、「よし、やってみせるぞ」と発奮し、覚悟を固める人こそがモノになるのです。難しいことは承知の上でけいこしているうちに次第にそれに引き込まれ、夢中になってしまうのです。  「六難九易」の法門も、この後者のように受け取るべきだと思います。法華経の信仰には専門家・素人の相違はないのですけれども、とにかく難信難解を承知の上で必死に取り組む人こそがその神髓を体得できるのだ……というわけでありましょう。                                                       ...