私の法華経観を具現したお釈迦さま
それと私は、世界宗教者平和会議なんていうことの使い走り役をおおせつかりまして、外国へ何回か毎年のように行っておるのでありますが、そういうことからして、外国の宗教建築を見ましても、それはその国の宗教の現れとでも言いますか、実に荘厳なるものが多いのであります。
日本の宗教もそういう意味で、この会場をずうっとご案内申し上げたら、いくらか日本の仏教というものはこういうものなのかな、というようなことがわかるように、何かできないものか――そんなことを考えまして、私のような素人が、まずい絵でございますが描いたのです。玄関へ入ってまいりますと、東の方にお釈迦さまの、十二月八日にお悟りを開いたということになりまして成道会というのがありますが、その成道のところの、お釈迦さまが夜明けの明星の光ったその瞬間に悟りを開いたという、そういうことをあそこに、菩提樹の下に座った、お釈迦さまの悟ったところを描かせてもらいました。
反対の方の絵には、増谷文雄博士のお説を伺いますと、お釈迦さまが悟っただけでは仏教は始まらないのだと。仏教の始まりというのは、鹿野苑においての初転法輪、要するに、お釈迦さまの説法を聞いてわかったと、わからせてもらったと、そういう相手がいて、聞く相手がおって、その聞く相手が少し認識をした時が始まりなんだということで、こういうお説を私は拝聴いたしまして、その絵を反対側の壁に描かせていただきました。
そして今度、このホールを考えます時に、千手観音さまをここに祀ってございますが、この観音さまが不思議なことに――私共の大聖堂に祀ってあります久遠実成のお釈迦さまという、あの光背の中に四大菩薩を配しました、ああいう仏さまはあんまりよそにいないのであります。あれは私の法華経観を、法華経の中のお釈迦さまとして作ったのでございます。それで、その仏さまを作るという問題が起きた時に、どなたに彫刻をお願いしようかというので、いろいろの方をお伺いしているうちに、錦戸新観先生をご紹介いただきました。
そうしますと、注文のない、大きな十一面千手観音さまが、石膏でもう出来上がっておりましたのを私は拝見しました。本部の本尊をお願いをしたのでございますが、あとで伺ったのでありますが、この観音さまを作るために、大きな桧の材木が玄関先に用意されていましたが、佼成会の方はもう期限つきであるので、その求めた素晴しい材木を全部使って佼成会の本尊を作り上げてくださったのです。そして勧請して、あと三年ほどかかって別の材料をそれから求めて、錦戸新観先生が今のこの観音さまをお作りなすったわけでございます。