今日、お祝いということだが、どんなことになるのかと思って、ちょっと様子が分らずに案内されるままに入ってきたのだが。
まぁそして、せがれをみんなで盛り立ててくれて、どんなことになっているのかなあと、まぁ一抹の不安もあったわけです(笑)。
皆さんの前で酒を飲んで歌を歌えと言われて、歌えるようにならないと、指導はできません。
うちのせがれは、人さまの前で、皆さんがせっかく盛り上がって歌えという時に、歌えるのか歌えないのか、少々心配をしておったわけであります。ところが、皆さんが要望をしたら出てきた。そういうことが大事なんですよ。(拍手)
皆さんも自分の子供が自分の親のやっている信仰が、信仰者としての価値があるように見てくれておるか。子供のほうは、親爺は佼成会へ行ったら少しは自分の意見は通るかも知れないけれども、世間には通らないというようなことで、子供が後ずさりをしているような信仰では駄目だ。ですから、せがれや娘が、親爺のしている信仰を、本当に『ああいうふうになりたい』『ああいうふうな気持ちで信仰していきたい』、信仰は一生のものです。ですから、『もう飽きた』ではいけない。始めてしまったらもう、最後まで頑張らなくっちゃ。(笑・拍手)
人様に喜んでもらうことがあるなら、何でもやると。そういう、この捧げる気持ちがなければ駄目なんですね。(拍手)人様にだけ精進させてですね、『ああせい佼成(こうせい)会』で、やかましいことを言っておるけれども、自分では一向に努力をしない、そういうことでは人はついて来ません。ですから人様がハヤしたら、裸踊りでもヤル。(笑・拍手)そういう気持ちでなければね、人様がね、本当に裸になって本当のことをお互いが語り合う。今の宗教の一番大事なのはね、そのお互いに対話がスムースに行くか行かないかということなんです。ですから法座の修行が本当に徹底してうまく行っているかどうか。聞きたい人がですね、こういう問題に対して、これをひとつご指導願いたいということに対して、そのかたに『なるほど』と納得する対話ができなければ。対話をするというのは、皆さんが要望したら自分のできることは何でも全部さし上げる、そういう気持ちがなければならない。(拍手)