第2章 決意
1970
1991
「今の時代に、これからの時代に、どうしたらもっともっと人を救えるのか、
信者が救われるのか、信仰する真の喜びは何か、この命題に今後私も対処していかなければならない」
1970年、父・開祖から「日鑛」の法名を贈られる。同年、布教本部長、幹部養成機関である学林の学長に就任。布教と育成の前線に立つ。開祖の法務の代行を務め、教会訪問では会員の輪の中に入り、親しく対話を重ねた。特に青年リーダーとは積極的に交流の機会を持った。80年、次代会長に就くと、上梓した自著『すべてはわが師』の中で、「ともども手をたずさえて《皆共成仏道》の実現をめざして歩みたいと思う」と後継者としての決意を述べている。またWCRP(世界宗教者平和会議)、新宗連(新日本宗教団体連合会)の宗教協力にも尽力したほか、中国、インドなどの仏跡を参拝した。
昭和45年
1970
1月
布教本部長としての活動
4月1日
32歳
学林初代学長に就任
第二回武蔵野ウオークを開催した。これに庭野日鑛学長をはじめ、学林本科、予科、専修科生、学林学務課職員など約百人が参加。行学園前をスタートし、神田上水、玉川上水沿いの緑道約三十キロを散策した。(佼成新聞 1991年4月19日2面)
4月1日以降
学林学長時代(1970年~1993年まで)
6月28日
法名「日鑛」を発表
「若先生」の呼称から「日鑛先生」へ
(中略)なお、今回の法名について庭野会長はつぎのように語られた。
「名は」体を表わすということばがあるが、本会も姓名を尊ぶようにしている。したがって本尊勧請の折りにも、必要な人には改名するようはからっている。仏門にはいって在家の出家として自覚に立つ、つまり『自解仏乗』の境地に立った者には法名をつけるのが仏教の習わしになっているわけだ。浩一が立派に精進し、自分の姓名について意識を持ちはじめ、その必要性を感じてきたので、それは非常に結構なことだと思い、法名を贈ることにした。心の進歩があれば人間は新しく生まれ変わるものだ。その意味では、浩一の新しい人生へのスタートと考えてもよいだろう」。(佼成新聞 1970年7月3日 2面)
10月16日~10月21日
第1回WCRP(世界宗教者平和会議)世界大会に出席(日本・京都)
昭和46年
1971
1月
『佼成グラフ 』「つれづれに想うこと」連載開始
8月
33歳
『佼成新聞』「日鑛氏」連載開始
【日本の動き】 通貨の多国間調整(1ドル360円→308円に)
【世界情勢】 ニクソン大統領 新経済政策(ドルショック)
昭和47年
1972
4月
34歳
『躍進』「仏典のなかの女性たち」連載開始
5月15日
【日本の動き】 沖縄が日本に復帰
昭和50年
1975
7月6日~7月16日
37歳
第3回「青年の船」で名誉団長を務める
【世界の動き】 ベトナム戦争終結
昭和54年
1979
8月29日~9月7日
41歳
第3回WCRP世界大会に日本代表の一員として出席(アメリカ・プリンストン)
【日本の動き】 Y.M.O.『SOLID STATE SURVIVOR』
昭和55年
1980
12月1日
次代会長に就任
昭和56年
1981
7月5日
ブラジル教会10周年記念式典に出席
昭和58年
1983
8月31日
45歳
中国で玄奘法師の足跡をたどる
(中略)今、旅を終えて、この旅での出会いや試練などすべてが仏の説法であったのだ——という思いを強くいだいています。そしてもう一つ、よくもこんな大きな旅が実現できたものだ、ということも私の心から去りません。私は旅の途中で、何度も、ほんとうに”ブッタロード”をたびしているのか——と、自分で自分のほおをつねってみたくなる思いでした。念ずれば花開く——とはいいますが、念じ、願いつづけることの大切さを再認識したのでした。(庭野日鑛『ブッタロードを行く』1985年 p.195)
【世界の動き】 韓 大韓航空機撃墜事件
9月3日
大雁塔参拝、興教寺を参拝し、常明法師と懇談
11月4日
「アーティザン・オブ・ピース賞」授賞式に庭野開祖名代として出席
11月9日
バチカン訪問
ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世と謁見
昭和59年
1984
7月27日~8月1日
46歳
第25回IARF(国際自由宗教連盟)世界大会に出席(日本・東京)
【世界の動き】 エチオピア大飢餓(アフリカへ毛布をおくる活動が始まる)
【世界の動き】 ロサンゼルス五輪
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12月3日
【日本の動き】 鳥山明『ドラゴンボール』連載開始(少年ジャンプ51号)
昭和60年
1985
3月7日
【世界の動き】 米 USA for Africa『We Are The World』
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©1985,Henry Diltz, Distributed by Columbia Records
昭和61年
1986
6月17日
第3回ACRP(アジア宗教者平和会議)に出席(韓国・ソウル)
8月12日
「立正佼成会玄奘法師仏跡巡拝訪中団」団長として、中国へ出発
【世界の動き】 フィリピン革命がはじまる
8月17日
キジル千仏洞、キジル古城見学
10月20日
『明日に向かう』を上梓
昭和62年
1987
昭和63年
1988
4月11日
50歳
オックスフォード大学グローバル・フォーラム開会式にてスピーチ
【日本の動き】 青函連絡船廃止・青函トンネル開業
昭和64年
1989
1月7日
【日本の動き】 昭和天皇崩御
平成元年
1989
1月8日
【日本の動き】 平成に改元
10月26日
51歳
新宗連(新日本宗教団体連合会)の全国総会にて理事に選出される
【世界の動き】 東独 ベルリンの壁崩壊
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©Lear21,https://x.gd/DaOBc,(Licensed under CC BY-SA3.0)
【世界情勢】 米ソ マルタ会談、冷戦終結
平成2年
1990
2月13日
「新宗連インド仏跡参拝の旅」に副団長として参加
(中略)日鑛先生は、「他の宗教の方々と一緒に仏跡を参拝できたことはたいへん意義のあることでした。ヒンズー教の教えを信じ、神さまと共に生きるインドの人々の信仰心の厚さにたいへん教えられました。生きることの意味を改めて考えさせられた旅でした」と語っていた。(佼成新聞 1990年3月2日 2面)
【日本の動き】 第1回大学入試センター試験実施
2月15日
ブッダガヤにて参拝・読経供養
2月16日