弘法の三軌
これを今度は、広めるためにはどうするかというと、これがまた不思議に私が話したことを、先般入神式の時に、うちの伜が一生懸命で「弘法の三軌」をしゃべってました。ああやっぱり……でも、あんなこと分ってきたのかなあと思って、私は聞いたんです。これはお経に書いてあるわけですけれども、基本の「万教同根」「以道受楽」によって、国土は荘厳となり、衆生に利益を与える。すべての人には平等で、善因は善果、悪因は悪果である。こういうことが分って、さてそれでは、それをどのような心構えで広めていったらいいのかということになる。そうすると広めるのには三つの軌道がある。「弘法の三軌」といって法を広めるための三つの道がある。
第一番目は──妙佼先生の一生を書いた「慈悲の生涯」という本があります、あの中を読んでみると、まったく「如来の室」に入らなければ、仏さまの教えの中に入ってしまわなければだめなんです。「如来の室に入る」というのはどういうことかというと、「大慈悲心これなり」。大慈悲心がなければだめなんだ。これは理屈をいくら並べてもだめなんですね。人をみんな同じように救ってやろうという大慈大悲の気持にならないと、これはどうにもならんことなんです。
第二番目は何かというと、「如来の衣を着る」ということで、その衣は何かというと、フワフワした黄色い衣……それじゃないんですね。衣というのは「柔和忍辱の心是れなり」で、人さまにイヤな顔して、苦虫嚙みつぶしたような顔をして法を説いていたんじゃ、人は喜んで入らないんだ。どなたが見ても、あの人はほんとうに柔い感じ、ほのぼのとするような、心の暖い人らしい顔をしてなさる。これはやっぱり、心があらわれるんですから、どうにもしょうがありませんね。どんなうまいことを言ったって、腹の中に一物あると、やっぱり顔にあらわれてしまう。
ですから心がほんとうに柔和の気持になって、どんなつらいことでも忍んでいくという、その人が救われるまで慈悲をかけるという忍辱心、この柔和忍辱の心がないと、如来の衣を着たことにはならないというわけなんです。
あの人は佼成会員だな、ずいぶん親切な人だ──と見えるのは柔和忍辱の衣を着て、私たちがこう一致したから、国際宗教の中で認められて、皆さんが佼成会の教えを聞きたいと、そういう気持になったわけです。