一切皆空の思想一仏乗の精神を根本としたい
仏さまが説法したことに対して、多宝如来が「善哉善哉……釈迦牟尼世尊諸説の如きは皆是れ真実なり」と。その真実とは何ぞやというと「平等大慧・教菩薩法・仏所護念の妙法華経を以って大衆の為に説きたもう」と、こういっておるわけです。これは佼成会の綱領を読むというと、そのことがちゃんと出ているわけなんです。自分自身の修行をして、自分で一生懸命で人格完成に向って精進をする。この菩薩行というものを通じて国土をきれいにする。
国土といっても、この国という字の意味──いまでは世界中がみんな独立をするような状態になった。しかし戦国時代の話を聞きますと、山形県の上杉鷹山の話が先般出ましたが、三十万石が十五万石に減らされても、鷹山はちっともそんなことは苦にせずに、堂々とやはり国というものを荘厳ならしめるということをいっている。
国というそのときの国は山形県を指しているわけです。ところがいま国というのは、日本の一国というよりも、むしろ世界という地球という、一仏乗という宇宙の中の地球という一つの乗り物。仏さまと一緒に乗っている乗り物。一仏乗の国ということで解釈をしなければ、ほんとうの宗教的な解釈にならんと思うんです。
そのような時代ですから、これからは私どももさることながら、仏教を求めている外国の方々にこの一仏乗の思想──一切の法の根本は空であるという、万教が同根であるというこの理念を、仏教徒が一丸となって、世界に証明して、行じて見せなければ、世界を救うことはできないと思うんであります。
そういう意味で一番お膝元の、その一番の本であるぞと──こう神さまがいったということを、妙佼先生がきょうも言っておりましたが、佼成会を本としてということは、ほんとうにこの一切皆空の思想をちゃんとものにしていく──そういう基本姿勢のできた宗教──それはとりもなおさず、法華経をほんとうに生かしていこうという、そういう同志でなければ、このことはできないんだと。その同志の集ったところであるから、佼成会が本となって世界万国に法華経が広まると──こういっておるわけであります。
地下の妙佼先生は肉体はもう滅せられて、身体は空になっておりますから、百何十万世帯という皆さん方のおうちへ、どこへでも、妙佼先生のお気持は自由に行けるようになってるわけであります。ですから、私どもがほんとうに妙佼先生のご供養をしようとするならば、この弘法の三軌を心得て、そしてこの大慈大悲のはたらきをし、柔和忍辱の衣を着て、いつも優しいにこにこした暖かい笑顔をしていられるようになる。そして一切皆空の思想でものに執らわれない、こだわらない、狭い了見を起こさない。自他一体だという、世界が一つだという、そういう気持になることが、ほんとうの妙佼先生に対してのご供養だと思うわけであります。