きょうお参り下さいました皆さま方は、もう申し上げなくともお分りでありましょうけれども、さっき申し上げたように、豊島の教会長も、新宿の教会長も、百万遍言って聞かせて、やっとああいうふうになったんですから、皆さんも何遍も何遍もこの仏教の精神というものを、耳にタコができるほど言って聞かせないと、うっかりしておると怠ける心が出て、少し楽をしたいなんていうことになります。習い性となるで、もう何回も何回も繰り返して、どうか皆さま方がこのことを叫んでいただきまして、日本の国民をまず一切皆空の思想でもってしっかりと導く。そうしたならば、もう外国の方から佼成会を通じて習いに行きたいというので、是非学生をとってほしいということになる。習いに行きたいという国が、もう方々にできたわけであります。そういう方々を導いて、また世界に送り返してやる。こういう仕事が佼成会に課せられておるのでありまして、まさに創立当初のご神示がそのままにあらわれているということでございます。
私きょう不思議に思いましたことは、この考え方をこういうかたちで申し上げるというのが、ちょうど九月の十日でございましてね。そして来月の十三日は、日蓮さまがちょうど妙佼先生と同じような考えで説法をなさって、六十年の生涯を閉じられた。日蓮の慈悲広大ならば……天台伝教にも超えておると──それはなぜかというと、法華経というものに全部集中して、如来のほんとうの神力、そして仏さまの本事をあらわした如来寿量品というものの精神を、ほんとうに貫いたのが法華経である。その法華経なるがゆえに、三世諸仏のすべてがご守護下さるに決まっておると──そういう意味で、日蓮の慈悲広大なりということを自からおっしゃっているわけであります。
慈悲の権化といわれる方のご命日が、九月は十日であり、十月は十三日であるわけでございます。どうか本日をお会式の前座として、前ぶれとして、しっかりと決定していただくことをお願い致しまして、本日の説法を終りと致します。ありがとうございました。(拍手)