ところがたまたま、そのIARFの仲間に、大会に呼び出されて、入会をしろということですから「まあ入会しましょうということで、入会を約束いたしました。これは二千人集まっておったのでありますが、ボストンで大会にお招きをいただいて、皆さんに入会を許したという報告がありました。入会を許されると同時に、その紹介がまたふるっているんですね。いままでIARFの六十何年の歴史のなかで、これだけの大教団が入ったことは初めてなんだと──第二十回です。六十何年の歴史の中で、三年に一度ずつ二十回目の大会だったわけです──その大会に、この中で一番大きな教団が入ってきた。それが立正佼成会だと。こういう紹介を受けたのであります。私はキリスト教の方々は、非常に立派な人が来ているわけで、総員で二千人も集まっておったわけですから、その中で一番大きな教団といわれても、ちょっと何ですか拍子抜けをしたような感じで入会をしたわけであります。
それから六年間、その間に一回あって、今度は二回目の大会があったわけであります。そして第一回目のその明くる年が一九七〇年になりますから、京都会議と、さらに七四年にルーベンの会議と、この二回の会議を通じて、向こうの方がずーっと佼成会の動きをごらんになっていた。そして、これは会が大きいだけではなくて、本当に神さまのみ心を体してやっている教団だということを、国際自由宗教の皆さんがごらんになって、このような考えになったのであります。
そして今度の会議では、冒頭から佼成会の会長にあいさつをしろというようなことで、私が仲間入りの一番新米なんですから、まことにどうも申しわけありませんねというので、私は恐縮しながらごあいさつを申し上げるということになったわけです。
会議に入りますと、まるで佼成会オンリーになってしまって、「法座をひらいて欲しい」ということで、佼成会の法座をその中でひらいたわけです。その法座の中では──もう少し分りやすく話をしなければならんのですけれど──やっぱり学林の生徒が中心になった法座ですから、中ででる問題が、きょうの妙佼先生のお話に比べると、たいへんに理論的にうまく組み立てられて、つくった法座だから、なかなか上手にできておりますけれども、ほんとうにそこで即座に救われるかというと、これはちょっと不可能ですね。その中では、非常に上手に、社会問題やいろいろのことを討議して、取り上げておりますから、耳ざわりはよろしいんです。