そういうような意味で、一つ一つ、お経本にあること、バイブルにあることが、私どもの心の中に見つめ直して、どうかするとゆるみがきて怠けたりする自分を正し、自分の都合というものを先きに考えないで、まずご法を中心に考える。このことが妙佼先生のご法話の中にじつに顕著に現われているんですね。
昨日私は録音で伺いまして、これは私の心の態勢がやっぱり十七年間たってゆるんだ。そばにいて常に叱咤してもらわないと、これはゆるんでいた。帰依三宝を説きながら、仏に帰依するならば法に帰依する、法に帰依するならば、法というものを第一において、あとの自分の私生活の問題などは第二義に考えるべきだ。こういう姿勢でないということは、これは十七回忌をもって魂の入れかえをしなけりゃならんということであろうと、決意を新たにしたわけでございます。
どうかそういう意味で、妙佼先生をお慕いし、妙佼先生の御霊に安らかにお眠りくださいという、阿耨多羅三藐三菩提の法蓮華の坐に坐して、等正覚を成じてもらいたいというこの願いは、私どもが帰依三宝の中の法に帰依するという面を、もう少し心に銘記して実行するということほど、安らかにお眠りいただける道はないと考えておるのでございます。
どうか、ともどもに手をとりまして、一人が一人を導く、そして自分の信仰状態を口にいい表わして、お導きをし、人さまが喜んでくれるような状態にお手どりができれば、自分の救われということは考えなくとも、ちゃんと仏さまが救うとおっしゃってるんですから間違いありません。どうか信じて行じていただきたいと思うわけでございます。
きょうは、妙佼先生のご供養におでましをいただきまして、このように真心からのご供養をちょうだいいたしまして、まことにありがとうございました。