ですから、戦後いろいろの宗教家が、もう仏教の時代は終ったとか、神国として日本という国は敗けた。神も仏もないんだなんていう人があったのであります。いまでもかなりの人が、お伊勢さまとかお寺参りとか年回供養をしていながら、神も仏もないと思って好きなことをいって、迷っているのです。
情報化時代とかいいまして、情報があんまりはやるものだから、よけいに、生きがいとか、未来に対する子どもや孫の時代にどうなるかというようなことも、全然想像も及ばず非常に悩んでいるのです。
物はあるし、時間はあるし、たいへん豊かな生活の中にありながら苦しんでる人がたくさんいるのです。このことは、心に信じたことをいい表わそうという修行をしないところに、仏教の救いが現われてこないからです。
四十八年次の一つのスローガンとして出したということは、これは私がこういうスローガンでひとつ今度はやりましょうということでして、信行の実践を徹底して、まず最初に信行の実践をした。そしてこれを徹底するという年をまた一年やった。この信行の実践を徹底するということになりますと、いい表わして救いとなるところまで行ってみないと、信行が実践されているのかどうかということで、いい表わし方は同じことなんですけれども、最初は信行の実践ということから、徹底ということがくっついてきた。その次に一人が一人を導こうということになってきた。
これはまさに、「心に信じて義となり、口にいい表わして救いとなる」ということを、みんなにやってもらいたいということにほかならないのであります。