私ども佼成会の幹部といたしましても、そういう点はやはり世俗的に考え、皆さんのお布施だけお願いしては悪いから、少し何かでもうけて、世界をお救いする幾らかにでもなればという、幾らか安易な、商売気のような、ほんとうの仏さまの澄み切った気持ちでないところが幹部にあった。これはおおいにマスコミのいわれたことを反省して、これを神の声として、私ども聞かなくてはならんと思うのであります。
そういうふうに考えますと、十七回忌という大きな時間でしたが、それをまだきのう、きょうのように甘えて、妙佼先生のご注意をいただけるというような安易な気持ちでいたところが、もうここまで来たら、世間の批判にもちゃんとこたえ得るような信者にならなくちゃならない。こういうことがここに、十七回忌の直前に、マスコミのいさめの言葉をいただくということは、ほんとうにお互いさま心して、反省懺悔して、法華経行者としての心意気をあらためて取り直さなくちゃならない。そのように私は考えてるのであります。