•    無条件に行じよう

     皆さま本日はこのように大ぜい妙佼先生の十七回忌にお参りをいただきまして、まことにありがとう存じます。
     妙佼先生がご遷化されてもう十七回忌を迎えられたというのでありますが、ついこの間のような気がいたしているのであります。妙佼先生は常に私どもの身辺にいろいろの形で教えを垂れていられる。そういう意味で十七年もたっても、何か生きてらっしゃるような気もするほど、お互いさまにお慕いしていると思うのであります。十七回忌を迎えてよく考えてみましたら、妙佼先生はちょうど私と年が十七歳違っているのであります。ですから妙佼先生がお亡くなりになったときが、私のいまでございます。そういう意味で十七回忌という年は、たいへんなハンディだなあということをわからせてもらうわけであります。
     当時はいまと違いまして、昼夜常精進でやっても疲れもなく、張り切ってやれるような状態であったわけであります。ところが十七年たった今日になってみると、十七年前とは違った自分の体であることを思いますと、さきほどの放送にもありましたが、会長先生は背が高くて、妙佼先生は背が低い、その小さな体でしかも女性というハンディ、さらに年のハンディと三つのハンディをもっている。そういうこともおかまいなしに、火花を散らして一生懸命やり、あまりいたわるという気持ちもなく、そういう無理が先生の寿命をつめたということがいえると思うんであります。
     昨日お山で、特に妙佼先生に親しかった方々が、理事長さんにお招きをいただいて、二百人ほどお集りいただいたのです。いま第一線から引かれたもとの支部長さんとか、そういうお役はしなかったが特にご懇意であった方など二百名をお招きして、お山でお逮夜のご供養をさせてもらったのでございます。
     そしていろいろ語り合ったのですが、妙佼先生ご在世中、特に戦争前から戦争中、さらに戦後、日本の状態は現在のわれわれが想像してもぞっとするような社会情勢にあったわけであります。食べようと思っても物がない。ですから畑へ行って草を取ってきてゆでて食べる。あるいはナスをつくったり、トマトをつくったり、麦をつくるという時代でしたが、私どもは世俗的なことなど全く考えることのないような状態の法の精進ぶりでありました。しかし戦争も最後のころ東京に空襲が次から次にあるようになりますと、食糧が足りないことをヒシヒシと感じてまいります。そこで焼け跡を耕して菜っぱをつくったりおそばをつくったりして、当座のしのぎにいろいろ工夫をしてきたのであります。

  •    無条件に行じよう

     皆さま本日はこのように大ぜい妙佼先生の十七回忌にお参りをいただきまして、まことにありがとう存じます。
     妙佼先生がご遷化されてもう十七回忌を迎えられたというのでありますが、ついこの間のような気がいたしているのであります。妙佼先生は常に私どもの身辺にいろいろの形で教えを垂れていられる。そういう意味で十七年もたっても、何か生きてらっしゃるような気もするほど、お互いさまにお慕いしていると思うのであります。十七回忌を迎えてよく考えてみましたら、妙佼先生はちょうど私と年が十七歳違っているのであります。ですから妙佼先生がお亡くなりになったときが、私のいまでございます。そういう意味で十七回忌という年は、たいへんなハンディだなあということをわからせてもらうわけであります。
     当時はいまと違いまして、昼夜常精進でやっても疲れもなく、張り切ってやれるような状態であったわけであります。ところが十七年たった今日になってみると、十七年前とは違った自分の体であることを思いますと、さきほどの放送にもありましたが、会長先生は背が高くて、妙佼先生は背が低い、その小さな体でしかも女性というハンディ、さらに年のハンディと三つのハンディをもっている。そういうこともおかまいなしに、火花を散らして一生懸命やり、あまりいたわるという気持ちもなく、そういう無理が先生の寿命をつめたということがいえると思うんであります。
     昨日お山で、特に妙佼先生に親しかった方々が、理事長さんにお招きをいただいて、二百人ほどお集りいただいたのです。いま第一線から引かれたもとの支部長さんとか、そういうお役はしなかったが特にご懇意であった方など二百名をお招きして、お山でお逮夜のご供養をさせてもらったのでございます。
     そしていろいろ語り合ったのですが、妙佼先生ご在世中、特に戦争前から戦争中、さらに戦後、日本の状態は現在のわれわれが想像してもぞっとするような社会情勢にあったわけであります。食べようと思っても物がない。ですから畑へ行って草を取ってきてゆでて食べる。あるいはナスをつくったり、トマトをつくったり、麦をつくるという時代でしたが、私どもは世俗的なことなど全く考えることのないような状態の法の精進ぶりでありました。しかし戦争も最後のころ東京に空襲が次から次にあるようになりますと、食糧が足りないことをヒシヒシと感じてまいります。そこで焼け跡を耕して菜っぱをつくったりおそばをつくったりして、当座のしのぎにいろいろ工夫をしてきたのであります。

  •  このように戦争がたけなわになって危険になればなるほど、時間もなければ手間もないのに、さきほど玉村(杉並教会長)さんがおっしゃったように、ご命日というと、不便の中を皆さん時間までにおいでになって、とにかく家の中へ入りきれず外にいるような状態であったわけです。
     時間がなく、国民が一億一心で戦争に全力をあげなくちゃならんというときも、皆さんに、ちゃんとお参りをきちんとするようでないとご守護がいただけないんだと、こういうことですからたいへんな要求であったような気がするのであります。ところが無理な要求のようではあるけれども、その当時の人はそれをちゃんと信じてやってきたのであります。
     きょうは、妙佼先生のご命日だから少し耳の痛いことを申しあげたいと思いますが、ご命日の九時の読経の始まったときには、この聖堂の四階がいっぱいでなくまばらであるということは、いまの信者数、そして組織、そして皆さんの教学、こういういろいろの整ったときにあたり、また自分で車を持っている方もいれば、時間もあり余ってその使い方をどうするかという時代であります。したがって自分の心意気によってどういうふうにでもなると思うのであります。そのように考えますと、現在はいかに堕落しているか、やっぱり信仰心がゆるんでいるということがいえると思うんであります。それをゆるんでいるというようなことを教会長さんがおっしゃらないところが、現在の状態だと思うんです。
     そこで、ご命日のお参りにちゃんとご供養の時間までに来ないということは、ほんとうの信者とはいえないですね。物もなければ時間もない、手間もない、どうしようもないという時代にそれを皆さんが実行していたんですね。
     ですから、昨晩お集まりくださった方々は、いま教会長でご苦労してくださっている方々でして、私とだいたい同じくらいの年輩の方々は、子どもさんから、うちの親は薄情でどうにもならないと、いまの時代なら追放されるくらい、子どもというものを忘れて精進された方々なのです。

  •  このように戦争がたけなわになって危険になればなるほど、時間もなければ手間もないのに、さきほど玉村(杉並教会長)さんがおっしゃったように、ご命日というと、不便の中を皆さん時間までにおいでになって、とにかく家の中へ入りきれず外にいるような状態であったわけです。
     時間がなく、国民が一億一心で戦争に全力をあげなくちゃならんというときも、皆さんに、ちゃんとお参りをきちんとするようでないとご守護がいただけないんだと、こういうことですからたいへんな要求であったような気がするのであります。ところが無理な要求のようではあるけれども、その当時の人はそれをちゃんと信じてやってきたのであります。
     きょうは、妙佼先生のご命日だから少し耳の痛いことを申しあげたいと思いますが、ご命日の九時の読経の始まったときには、この聖堂の四階がいっぱいでなくまばらであるということは、いまの信者数、そして組織、そして皆さんの教学、こういういろいろの整ったときにあたり、また自分で車を持っている方もいれば、時間もあり余ってその使い方をどうするかという時代であります。したがって自分の心意気によってどういうふうにでもなると思うのであります。そのように考えますと、現在はいかに堕落しているか、やっぱり信仰心がゆるんでいるということがいえると思うんであります。それをゆるんでいるというようなことを教会長さんがおっしゃらないところが、現在の状態だと思うんです。
     そこで、ご命日のお参りにちゃんとご供養の時間までに来ないということは、ほんとうの信者とはいえないですね。物もなければ時間もない、手間もない、どうしようもないという時代にそれを皆さんが実行していたんですね。
     ですから、昨晩お集まりくださった方々は、いま教会長でご苦労してくださっている方々でして、私とだいたい同じくらいの年輩の方々は、子どもさんから、うちの親は薄情でどうにもならないと、いまの時代なら追放されるくらい、子どもというものを忘れて精進された方々なのです。

  •    厳しい修行を受けてこそ

     昨晩お山で、妙佼先生がお亡くなりになる年の一月のご挨拶の一部を聞いたのですが、それを聞くと、人間の根性というものは、自分で修行しようと思ったって、そのうちに自分のわがままなほうに心が傾いてしまう。そこで道場へお参りをして、支部長さんや先輩のご指導をいただいて常に心に磨きをかける。そういう修行をしていないと、人間はだんだんと楽を好んで堕落してしまう。そういうお言葉が録音の中にありました。
     そういう他力本願でなくって、ほんとうに自分で実践していくところに救いがあるんだという心構え、これを皆さんに「そんなことじゃだめだ。そんな修行ではだめだ」とバリバリいわれたわけであります。
     ですから、いまの、私どものような甘い考えでいますと、妙佼先生をお慕いするのはけっこうですが、ほんとうのお慕いということになると、朝のご供養を怠けるとか、ご命日の読経の時間に間に合わんというようなことでは、心の構えが違ってやせんかと思うのであります。
     それは、たとえば家を捨てて家族というものに執われてはならない。こういうご指導です。ですから、時間がない。手間はない。物はないという時代でも、自分の家業にまた妻子に執われがあったんでは、ほんとうの法華経行者としての考え方ではない。こういう立場をとってビシビシご指導されたわけであります。
     ですから、いまは亡き妙佼先生のことを考えますと、ほんとうに慈母のように思われるのであります。そして仰せになったことが次々と実現して、まったくお見通しであった。神さまのみ心を間違いなく伝えてくださるお方であった。このように妙佼先生を思い起こすと後光がさしている。そういう気持ちでございます。
     ところが、現在の自分の生活の中に妙佼先生がおいでになったら、「お前たちの修行はなんだ」と、こういうことで顔色を変えて怒りなさると思うんです。そういうことを昨晩の録音から強く腹にこたえたような感じがするわけです。
     私ども、だれも、人間の皮をかぶって生きているうちは、どんなに精進したといってもロクなことはできない、たかがしれているんだと、そこで神さまのご指導どおりの行ないをすることが先決だ、救われはそこにあるんだという心の姿勢が大事なのであります。いま妙佼先生がお出ましになって一人ひとりに会われたら、みんな顔を赤らめ仰天するのじゃないかと思うのであります。
     そういう意味で、十七回忌を迎えた今日、一人が一人を導くということを考えてみると、たいへんおおらかな無理のない言葉でして、これをソロバンではじくとすぐに倍になる。これは無理かというと一人ぐらいは導けるだろうという安堵感があるのであります。

  •    厳しい修行を受けてこそ

     昨晩お山で、妙佼先生がお亡くなりになる年の一月のご挨拶の一部を聞いたのですが、それを聞くと、人間の根性というものは、自分で修行しようと思ったって、そのうちに自分のわがままなほうに心が傾いてしまう。そこで道場へお参りをして、支部長さんや先輩のご指導をいただいて常に心に磨きをかける。そういう修行をしていないと、人間はだんだんと楽を好んで堕落してしまう。そういうお言葉が録音の中にありました。
     そういう他力本願でなくって、ほんとうに自分で実践していくところに救いがあるんだという心構え、これを皆さんに「そんなことじゃだめだ。そんな修行ではだめだ」とバリバリいわれたわけであります。
     ですから、いまの、私どものような甘い考えでいますと、妙佼先生をお慕いするのはけっこうですが、ほんとうのお慕いということになると、朝のご供養を怠けるとか、ご命日の読経の時間に間に合わんというようなことでは、心の構えが違ってやせんかと思うのであります。
     それは、たとえば家を捨てて家族というものに執われてはならない。こういうご指導です。ですから、時間がない。手間はない。物はないという時代でも、自分の家業にまた妻子に執われがあったんでは、ほんとうの法華経行者としての考え方ではない。こういう立場をとってビシビシご指導されたわけであります。
     ですから、いまは亡き妙佼先生のことを考えますと、ほんとうに慈母のように思われるのであります。そして仰せになったことが次々と実現して、まったくお見通しであった。神さまのみ心を間違いなく伝えてくださるお方であった。このように妙佼先生を思い起こすと後光がさしている。そういう気持ちでございます。
     ところが、現在の自分の生活の中に妙佼先生がおいでになったら、「お前たちの修行はなんだ」と、こういうことで顔色を変えて怒りなさると思うんです。そういうことを昨晩の録音から強く腹にこたえたような感じがするわけです。
     私ども、だれも、人間の皮をかぶって生きているうちは、どんなに精進したといってもロクなことはできない、たかがしれているんだと、そこで神さまのご指導どおりの行ないをすることが先決だ、救われはそこにあるんだという心の姿勢が大事なのであります。いま妙佼先生がお出ましになって一人ひとりに会われたら、みんな顔を赤らめ仰天するのじゃないかと思うのであります。
     そういう意味で、十七回忌を迎えた今日、一人が一人を導くということを考えてみると、たいへんおおらかな無理のない言葉でして、これをソロバンではじくとすぐに倍になる。これは無理かというと一人ぐらいは導けるだろうという安堵感があるのであります。

  •    迷いのない信仰を

     現在はたいへん不安だといってるけど、反面経済的に恵まれ、時間的に恵まれ、家族構成のいろいろの中に恵まれ、信仰は理論にピッタリと鵜の毛で突くほどのすきのない、さようごもっともな教学をみんな勉強してるわけで、そういうものを全部自分のものにしているけれども、その当時は、いったい佼成会が世の中を救うという使命があるのか、そんな役割のある教団なのかしら、こういう疑ぐりもあったわけです。
     それも、いも屋のばあさんに牛乳屋のおやじが親方なんだからたいしたことはないじゃないかというハンディもあったわけです。そういう中にあって全然疑ぐらずに、妙佼先生のご指導をそのままに実践した人は、次から次へとふしぎに救われて、まったく迷いがなかったのであります。
     ところがいまはあまり救われているものだから、どうだとかこうだとか、世間がちょっと何とかいったとか、マスコミが何かちょっと書いたとかいうと、へそのあたりがおかしな気持ちになって、ヨタヨタして腹の中に迷いを生じているわけです。
     これはやはり信仰の寸心が、ちゃんと法華経を行ずるという姿勢がたいへんゆるんできてるんじゃないかと思うのであります。ですからそこのところが大事でして、決して一般の人の考え方をまるっきり無視するわけにもいかない。われわれも人間の皮をかぶっているので迷いはつきものだではすまされない。
     それは、法華経というものをほんとうに行じている者には必ず功徳がある、とおっしゃられているわけなのです。いつかも申し上げましたように、もうすでに、この佼成会がもとになって世界万国に法華経が広まるんだ、と、これは、昭和四十五年に京都会議で、法華経を基盤とした異体同心の精神、そして自分を捨ててほんとうに世の中をよくしようという、末法時代を救済するところの菩薩、この菩薩道の実践教団によってこういうことがもたれたということは、多くの識者が皆お認めいただいたわけであります。
     ですから、これから私たちの修行の最後の仕上げでありますけれども、世界万国に法華経を、仏さまのお出ましのときと同じような気持ちで、僅か三十二年の間になし遂げられたということは、とにかく予言のとおり世界万国に一応行き渡るところまで行ったわけであります。
     そういう問題がいくつもありますので、もうこの辺で疑ぐらずに信じてもいいんじゃないかという時代だと思うのです。そこの信じ方が足りないところに、マスコミからの苦言もあり、こうあるべきだといういろいろの問題もそこにあるわけです。

  •    迷いのない信仰を

     現在はたいへん不安だといってるけど、反面経済的に恵まれ、時間的に恵まれ、家族構成のいろいろの中に恵まれ、信仰は理論にピッタリと鵜の毛で突くほどのすきのない、さようごもっともな教学をみんな勉強してるわけで、そういうものを全部自分のものにしているけれども、その当時は、いったい佼成会が世の中を救うという使命があるのか、そんな役割のある教団なのかしら、こういう疑ぐりもあったわけです。
     それも、いも屋のばあさんに牛乳屋のおやじが親方なんだからたいしたことはないじゃないかというハンディもあったわけです。そういう中にあって全然疑ぐらずに、妙佼先生のご指導をそのままに実践した人は、次から次へとふしぎに救われて、まったく迷いがなかったのであります。
     ところがいまはあまり救われているものだから、どうだとかこうだとか、世間がちょっと何とかいったとか、マスコミが何かちょっと書いたとかいうと、へそのあたりがおかしな気持ちになって、ヨタヨタして腹の中に迷いを生じているわけです。
     これはやはり信仰の寸心が、ちゃんと法華経を行ずるという姿勢がたいへんゆるんできてるんじゃないかと思うのであります。ですからそこのところが大事でして、決して一般の人の考え方をまるっきり無視するわけにもいかない。われわれも人間の皮をかぶっているので迷いはつきものだではすまされない。
     それは、法華経というものをほんとうに行じている者には必ず功徳がある、とおっしゃられているわけなのです。いつかも申し上げましたように、もうすでに、この佼成会がもとになって世界万国に法華経が広まるんだ、と、これは、昭和四十五年に京都会議で、法華経を基盤とした異体同心の精神、そして自分を捨ててほんとうに世の中をよくしようという、末法時代を救済するところの菩薩、この菩薩道の実践教団によってこういうことがもたれたということは、多くの識者が皆お認めいただいたわけであります。
     ですから、これから私たちの修行の最後の仕上げでありますけれども、世界万国に法華経を、仏さまのお出ましのときと同じような気持ちで、僅か三十二年の間になし遂げられたということは、とにかく予言のとおり世界万国に一応行き渡るところまで行ったわけであります。
     そういう問題がいくつもありますので、もうこの辺で疑ぐらずに信じてもいいんじゃないかという時代だと思うのです。そこの信じ方が足りないところに、マスコミからの苦言もあり、こうあるべきだといういろいろの問題もそこにあるわけです。

  •  私ども佼成会の幹部といたしましても、そういう点はやはり世俗的に考え、皆さんのお布施だけお願いしては悪いから、少し何かでもうけて、世界をお救いする幾らかにでもなればという、幾らか安易な、商売気のような、ほんとうの仏さまの澄み切った気持ちでないところが幹部にあった。これはおおいにマスコミのいわれたことを反省して、これを神の声として、私ども聞かなくてはならんと思うのであります。
     そういうふうに考えますと、十七回忌という大きな時間でしたが、それをまだきのう、きょうのように甘えて、妙佼先生のご注意をいただけるというような安易な気持ちでいたところが、もうここまで来たら、世間の批判にもちゃんとこたえ得るような信者にならなくちゃならない。こういうことがここに、十七回忌の直前に、マスコミのいさめの言葉をいただくということは、ほんとうにお互いさま心して、反省懺悔して、法華経行者としての心意気をあらためて取り直さなくちゃならない。そのように私は考えてるのであります。

  •  私ども佼成会の幹部といたしましても、そういう点はやはり世俗的に考え、皆さんのお布施だけお願いしては悪いから、少し何かでもうけて、世界をお救いする幾らかにでもなればという、幾らか安易な、商売気のような、ほんとうの仏さまの澄み切った気持ちでないところが幹部にあった。これはおおいにマスコミのいわれたことを反省して、これを神の声として、私ども聞かなくてはならんと思うのであります。
     そういうふうに考えますと、十七回忌という大きな時間でしたが、それをまだきのう、きょうのように甘えて、妙佼先生のご注意をいただけるというような安易な気持ちでいたところが、もうここまで来たら、世間の批判にもちゃんとこたえ得るような信者にならなくちゃならない。こういうことがここに、十七回忌の直前に、マスコミのいさめの言葉をいただくということは、ほんとうにお互いさま心して、反省懺悔して、法華経行者としての心意気をあらためて取り直さなくちゃならない。そのように私は考えてるのであります。

  •    心に歓喜をもって精進を

     私どもは一生懸命お題目を唱え、そして人さまをお導きさせていただく、このことによって自分の業障さもよくわからせてもらうし、人さまの因縁ということが、信行の実践によって救われていくという形態も、つまびらかに目の前に現われて、真直ぐに信じて精進する人はみるみるうちに救われていく、疑惑を持ち不平をいっている人は一向に救われない。お題目を唱え、朝夕のご供養も怠けないで、お導きもしている。しかしあの人はよく信じてない、どこか心がいつもとげとげして突き当ってくる。そういう人は中々救われない。
     一方、あまり理屈はわからないが、ありがたいありがたいとまっしぐらに菩薩行をする。ああしろといわれればありがとうございます。こうしろといわれればありがとうございます。小言をいえばご功徳をちょうだいしたというんで、何でも感謝でもってもりもり進んでいく、こういう人が救われていくんですね。これをみてると法華経というものは生きているんだ、仏説というものは生きていて、呼吸をしてるんだということを、皆さんが味わっていらっしゃると思うのです。これは導きをした人ですよ。お導きもしないで、きょうは妙佼先生の十七回忌、ありがたい先生のご命日だからお参りしましょうというので、首に縄つけて引っ張って来られる思いで来られた方もあるかと思いますが、そういう方でも、お参りに来れば来ただけの功徳はあります。
     ですが、心に歓喜を持った人と、不平を持った人とでは、そこに差が出てきている。こういうふうに法華経は全く生きているわけです。そういういろいろのことを体験してみますと、これはもう、疑ぐりなさいといっても疑ぐる余地はないわけですね。信じるよりほかに道にないということになります。
     ──口にいい表わして救いとなる──
     昨日、五時半からラジオの放送を聞いておりますと、増谷文雄先生のお話しがあったわけです、先生は生まれながらにお寺の長男として生まれている。ですからすべての儀式とか法則にのっとって小さいときから仏教の影響を受けてるわけですけれども、お参りしていても信じられない人がいるように、因縁をかなぐり捨てて、お寺の坊主をきらって東大へ入学したのであります。
     それは、どうも念仏宗が南無阿弥陀仏を称えていれば極楽往生するという。そんなことをいうからお寺の坊主はきらいだと、どうしても好きになれなかったというのです。
     ところが、師事した姉崎先生から何をやるかというのでせんさくしたときに、仏教とキリスト教の比較対照学をやることになったんです。そうしているうちに、称名念仏という安易な成仏論に疑惑があったもんですから、仏になるという体質は、とても凡夫の手に届かないところであるという気がするんです。われわれは罪悪深重で、罪が深くてどうにも救いようのない人間だというふうに増谷先生は、少年から青年時代にそういう気持ちが非常に強かったのであります。

  •    心に歓喜をもって精進を

     私どもは一生懸命お題目を唱え、そして人さまをお導きさせていただく、このことによって自分の業障さもよくわからせてもらうし、人さまの因縁ということが、信行の実践によって救われていくという形態も、つまびらかに目の前に現われて、真直ぐに信じて精進する人はみるみるうちに救われていく、疑惑を持ち不平をいっている人は一向に救われない。お題目を唱え、朝夕のご供養も怠けないで、お導きもしている。しかしあの人はよく信じてない、どこか心がいつもとげとげして突き当ってくる。そういう人は中々救われない。
     一方、あまり理屈はわからないが、ありがたいありがたいとまっしぐらに菩薩行をする。ああしろといわれればありがとうございます。こうしろといわれればありがとうございます。小言をいえばご功徳をちょうだいしたというんで、何でも感謝でもってもりもり進んでいく、こういう人が救われていくんですね。これをみてると法華経というものは生きているんだ、仏説というものは生きていて、呼吸をしてるんだということを、皆さんが味わっていらっしゃると思うのです。これは導きをした人ですよ。お導きもしないで、きょうは妙佼先生の十七回忌、ありがたい先生のご命日だからお参りしましょうというので、首に縄つけて引っ張って来られる思いで来られた方もあるかと思いますが、そういう方でも、お参りに来れば来ただけの功徳はあります。
     ですが、心に歓喜を持った人と、不平を持った人とでは、そこに差が出てきている。こういうふうに法華経は全く生きているわけです。そういういろいろのことを体験してみますと、これはもう、疑ぐりなさいといっても疑ぐる余地はないわけですね。信じるよりほかに道にないということになります。
     ──口にいい表わして救いとなる──
     昨日、五時半からラジオの放送を聞いておりますと、増谷文雄先生のお話しがあったわけです、先生は生まれながらにお寺の長男として生まれている。ですからすべての儀式とか法則にのっとって小さいときから仏教の影響を受けてるわけですけれども、お参りしていても信じられない人がいるように、因縁をかなぐり捨てて、お寺の坊主をきらって東大へ入学したのであります。
     それは、どうも念仏宗が南無阿弥陀仏を称えていれば極楽往生するという。そんなことをいうからお寺の坊主はきらいだと、どうしても好きになれなかったというのです。
     ところが、師事した姉崎先生から何をやるかというのでせんさくしたときに、仏教とキリスト教の比較対照学をやることになったんです。そうしているうちに、称名念仏という安易な成仏論に疑惑があったもんですから、仏になるという体質は、とても凡夫の手に届かないところであるという気がするんです。われわれは罪悪深重で、罪が深くてどうにも救いようのない人間だというふうに増谷先生は、少年から青年時代にそういう気持ちが非常に強かったのであります。

  •  ところが、バイブルの中にこういう言葉があるそうです。「それ人は、心に信じて義とせられ、口にいい表わして救いとなる」と、彼はこれを見て、ほんとうの人間の本義とせられるものは、心に信ずることから始まってくる、口にいい表わすことによって救われる。と、スキッと胸におちたのであります。
     そこで自分は仏教なんか信じないと思ってたが、やっぱり俺は仏教徒なんだなあとわかったというのです。そして最近になって生まれながらの自分に対する仏の慈悲というものが、何ともいわれないありがたさを感じられるようになったというのであります。
     そういうことをちゃんと教えてくださったのは、やはり文字の力、言葉の力、いい表わす力というのであります。これを聞いて私も一つの力を得たのであります。
     たとえばことしのスローガンで、一人が一人を導こう、と。お導きをするには朝夕のご供養をしないとだめだというのは、「信じて義とせられ」と、五種法師の働きを信じて、これがほんとうの自分の道であると考えていることであります。
    「口にいい表わして救いとなる」というのは、人さまをお導きするのには、どうしても仏さまの教えというものがわかってもらわなければ入会してもらえないですね。信仰とはこういうもので、こういうふうにすればこうなるんですよ、と口でいい表わすと相手が信じて、「それじゃ入会させてもらいましょう。そういうありがたい教えにお導きいただきます」となりましょう。
     佼成会の信者さんが救われていることは、口にいい表わしているから救われているのです。お導きさせていただいてるから救われているのです。私どもがおすすめすることによって救われるというのが、どういうわけで救われるのか、そこがわからない。それはキリスト教においても仏教においても、自分の信じたことを口にいい表わすところに救いとなってるのです。お導きをした人はこのことがようく得心がいくと思うんです。
     私どもがそれほど勉強もしないで、ただひたすらに、心に信じて義となし、口にいい表わして一人が一人を導く、こういう所作をしただけで、三十五年の間に佼成会は今日のようになっているわけであります。
     ところが仏教を知らないで、亡くなったときだけお寺さんをたのんでお葬式をしてもらう。年回がくると法要をしてもらう。だけれども仏教というものの救いをちっとも味わってないのですね。そういうところに救われたという意識がないのです。

  •  ところが、バイブルの中にこういう言葉があるそうです。「それ人は、心に信じて義とせられ、口にいい表わして救いとなる」と、彼はこれを見て、ほんとうの人間の本義とせられるものは、心に信ずることから始まってくる、口にいい表わすことによって救われる。と、スキッと胸におちたのであります。
     そこで自分は仏教なんか信じないと思ってたが、やっぱり俺は仏教徒なんだなあとわかったというのです。そして最近になって生まれながらの自分に対する仏の慈悲というものが、何ともいわれないありがたさを感じられるようになったというのであります。
     そういうことをちゃんと教えてくださったのは、やはり文字の力、言葉の力、いい表わす力というのであります。これを聞いて私も一つの力を得たのであります。
     たとえばことしのスローガンで、一人が一人を導こう、と。お導きをするには朝夕のご供養をしないとだめだというのは、「信じて義とせられ」と、五種法師の働きを信じて、これがほんとうの自分の道であると考えていることであります。
    「口にいい表わして救いとなる」というのは、人さまをお導きするのには、どうしても仏さまの教えというものがわかってもらわなければ入会してもらえないですね。信仰とはこういうもので、こういうふうにすればこうなるんですよ、と口でいい表わすと相手が信じて、「それじゃ入会させてもらいましょう。そういうありがたい教えにお導きいただきます」となりましょう。
     佼成会の信者さんが救われていることは、口にいい表わしているから救われているのです。お導きさせていただいてるから救われているのです。私どもがおすすめすることによって救われるというのが、どういうわけで救われるのか、そこがわからない。それはキリスト教においても仏教においても、自分の信じたことを口にいい表わすところに救いとなってるのです。お導きをした人はこのことがようく得心がいくと思うんです。
     私どもがそれほど勉強もしないで、ただひたすらに、心に信じて義となし、口にいい表わして一人が一人を導く、こういう所作をしただけで、三十五年の間に佼成会は今日のようになっているわけであります。
     ところが仏教を知らないで、亡くなったときだけお寺さんをたのんでお葬式をしてもらう。年回がくると法要をしてもらう。だけれども仏教というものの救いをちっとも味わってないのですね。そういうところに救われたという意識がないのです。

  •  ですから、戦後いろいろの宗教家が、もう仏教の時代は終ったとか、神国として日本という国は敗けた。神も仏もないんだなんていう人があったのであります。いまでもかなりの人が、お伊勢さまとかお寺参りとか年回供養をしていながら、神も仏もないと思って好きなことをいって、迷っているのです。
     情報化時代とかいいまして、情報があんまりはやるものだから、よけいに、生きがいとか、未来に対する子どもや孫の時代にどうなるかというようなことも、全然想像も及ばず非常に悩んでいるのです。
     物はあるし、時間はあるし、たいへん豊かな生活の中にありながら苦しんでる人がたくさんいるのです。このことは、心に信じたことをいい表わそうという修行をしないところに、仏教の救いが現われてこないからです。
     四十八年次の一つのスローガンとして出したということは、これは私がこういうスローガンでひとつ今度はやりましょうということでして、信行の実践を徹底して、まず最初に信行の実践をした。そしてこれを徹底するという年をまた一年やった。この信行の実践を徹底するということになりますと、いい表わして救いとなるところまで行ってみないと、信行が実践されているのかどうかということで、いい表わし方は同じことなんですけれども、最初は信行の実践ということから、徹底ということがくっついてきた。その次に一人が一人を導こうということになってきた。
     これはまさに、「心に信じて義となり、口にいい表わして救いとなる」ということを、みんなにやってもらいたいということにほかならないのであります。

  •  ですから、戦後いろいろの宗教家が、もう仏教の時代は終ったとか、神国として日本という国は敗けた。神も仏もないんだなんていう人があったのであります。いまでもかなりの人が、お伊勢さまとかお寺参りとか年回供養をしていながら、神も仏もないと思って好きなことをいって、迷っているのです。
     情報化時代とかいいまして、情報があんまりはやるものだから、よけいに、生きがいとか、未来に対する子どもや孫の時代にどうなるかというようなことも、全然想像も及ばず非常に悩んでいるのです。
     物はあるし、時間はあるし、たいへん豊かな生活の中にありながら苦しんでる人がたくさんいるのです。このことは、心に信じたことをいい表わそうという修行をしないところに、仏教の救いが現われてこないからです。
     四十八年次の一つのスローガンとして出したということは、これは私がこういうスローガンでひとつ今度はやりましょうということでして、信行の実践を徹底して、まず最初に信行の実践をした。そしてこれを徹底するという年をまた一年やった。この信行の実践を徹底するということになりますと、いい表わして救いとなるところまで行ってみないと、信行が実践されているのかどうかということで、いい表わし方は同じことなんですけれども、最初は信行の実践ということから、徹底ということがくっついてきた。その次に一人が一人を導こうということになってきた。
     これはまさに、「心に信じて義となり、口にいい表わして救いとなる」ということを、みんなにやってもらいたいということにほかならないのであります。

  •    帰依三宝こそ導きの原点

     この間、富山県で明るい社会づくり大会をやりまして、そのあとで北陸三県の教会長さん教区長さんと、いろいろの現況をお伺いしたわけでございます。そのとき福井の教会長さんが、最初にこのスローガンを聞いたとき、会長先生から、「導きというのはたいへんだ、と、そういう考え方で行くと中々入会してくれない。全力をあげてやってみようと、うのみに信じてしまって、自分の心の中にひっかかるところなく、パッと出ていくと導ける」とご指導いただいたのですが、どうも導きができないのでゆうつになり、だからスローガンを出されるたびにヒヤヒヤということで、腹の中でもんだそうでございます。
     そして、聞いてみるとよそさんでは導きがあるようだ、ということでたいへんな悩みになってしまいました。そこでじっと反省してみると、会長先生があのときおっしゃったのはこれだな、「たいへんだと思ったら、子どもが全然動きませんよ」と前杖をつかれているんだ。これだ、私がいたらないために信者さんがご守護をいただけない。これは自分が仏さまのお光りをエボナイトになって止めている。これはたいへんだというので、支部長さんに集まっていただき、懺悔をしたのです。
     私がこういう根性であったもんだから、導きができないのは私の責任でした、と支部長の前で涙を流して懺悔したのです。
     そうしたところが、支部長さん全部が、いや教会長さん、私どもがいたらないために、教会長さんにそんな切ない思いをさせて申し訳けありません、懺悔をして歩きます。というので支部長さんが信者さんところへ懺悔して歩いたそうです。そうしたら、昨年は十八世帯ぐらいしか導けなかったのに、懺悔をしたらたちまちに百八十世帯導けた。そして次の月には二百世帯導けたということです。
     そういうことで話しがにぎやかになり、お蔭さまで向こうのほうの教会では、先生のいわれたように、一人が一人を導くというこの軌道に乗って、各教会が去年の導きの十倍ぐらいの成績が上がりそうですからご安心ください、ということでございます。
     私はほんとうに救われて帰ってきましたが、私はそこでこういう話しをさせていただきました。「支部長さん、あなたのおっしゃったことがちゃんと法華経に書いてございます。懺悔滅罪ということがいわれているが、われわれの業があるためにお導きができない。自分の精進もできない。そういう人間はほんとうの導きも出てこない。そこで懺悔するならば、『端坐して実相を思え衆罪は霜露の如し慧日能く消除す』、ほんとうの懺悔をして自分がそこへ行ったら、朝露が、お日さまが上ったら消えるようにちゃんと消えて、あなたのいわれることは、ちゃんとお釈迦さまはお見通しですよ、ほんとうにありがたいですね」というので、一生懸命ご奮闘くださることを約束して帰ってきたのであります。

  •    帰依三宝こそ導きの原点

     この間、富山県で明るい社会づくり大会をやりまして、そのあとで北陸三県の教会長さん教区長さんと、いろいろの現況をお伺いしたわけでございます。そのとき福井の教会長さんが、最初にこのスローガンを聞いたとき、会長先生から、「導きというのはたいへんだ、と、そういう考え方で行くと中々入会してくれない。全力をあげてやってみようと、うのみに信じてしまって、自分の心の中にひっかかるところなく、パッと出ていくと導ける」とご指導いただいたのですが、どうも導きができないのでゆうつになり、だからスローガンを出されるたびにヒヤヒヤということで、腹の中でもんだそうでございます。
     そして、聞いてみるとよそさんでは導きがあるようだ、ということでたいへんな悩みになってしまいました。そこでじっと反省してみると、会長先生があのときおっしゃったのはこれだな、「たいへんだと思ったら、子どもが全然動きませんよ」と前杖をつかれているんだ。これだ、私がいたらないために信者さんがご守護をいただけない。これは自分が仏さまのお光りをエボナイトになって止めている。これはたいへんだというので、支部長さんに集まっていただき、懺悔をしたのです。
     私がこういう根性であったもんだから、導きができないのは私の責任でした、と支部長の前で涙を流して懺悔したのです。
     そうしたところが、支部長さん全部が、いや教会長さん、私どもがいたらないために、教会長さんにそんな切ない思いをさせて申し訳けありません、懺悔をして歩きます。というので支部長さんが信者さんところへ懺悔して歩いたそうです。そうしたら、昨年は十八世帯ぐらいしか導けなかったのに、懺悔をしたらたちまちに百八十世帯導けた。そして次の月には二百世帯導けたということです。
     そういうことで話しがにぎやかになり、お蔭さまで向こうのほうの教会では、先生のいわれたように、一人が一人を導くというこの軌道に乗って、各教会が去年の導きの十倍ぐらいの成績が上がりそうですからご安心ください、ということでございます。
     私はほんとうに救われて帰ってきましたが、私はそこでこういう話しをさせていただきました。「支部長さん、あなたのおっしゃったことがちゃんと法華経に書いてございます。懺悔滅罪ということがいわれているが、われわれの業があるためにお導きができない。自分の精進もできない。そういう人間はほんとうの導きも出てこない。そこで懺悔するならば、『端坐して実相を思え衆罪は霜露の如し慧日能く消除す』、ほんとうの懺悔をして自分がそこへ行ったら、朝露が、お日さまが上ったら消えるようにちゃんと消えて、あなたのいわれることは、ちゃんとお釈迦さまはお見通しですよ、ほんとうにありがたいですね」というので、一生懸命ご奮闘くださることを約束して帰ってきたのであります。

  •  そういうような意味で、一つ一つ、お経本にあること、バイブルにあることが、私どもの心の中に見つめ直して、どうかするとゆるみがきて怠けたりする自分を正し、自分の都合というものを先きに考えないで、まずご法を中心に考える。このことが妙佼先生のご法話の中にじつに顕著に現われているんですね。
     昨日私は録音で伺いまして、これは私の心の態勢がやっぱり十七年間たってゆるんだ。そばにいて常に叱咤してもらわないと、これはゆるんでいた。帰依三宝を説きながら、仏に帰依するならば法に帰依する、法に帰依するならば、法というものを第一において、あとの自分の私生活の問題などは第二義に考えるべきだ。こういう姿勢でないということは、これは十七回忌をもって魂の入れかえをしなけりゃならんということであろうと、決意を新たにしたわけでございます。
     どうかそういう意味で、妙佼先生をお慕いし、妙佼先生の御霊に安らかにお眠りくださいという、阿耨多羅三藐三菩提の法蓮華の坐に坐して、等正覚を成じてもらいたいというこの願いは、私どもが帰依三宝の中の法に帰依するという面を、もう少し心に銘記して実行するということほど、安らかにお眠りいただける道はないと考えておるのでございます。
     どうか、ともどもに手をとりまして、一人が一人を導く、そして自分の信仰状態を口にいい表わして、お導きをし、人さまが喜んでくれるような状態にお手どりができれば、自分の救われということは考えなくとも、ちゃんと仏さまが救うとおっしゃってるんですから間違いありません。どうか信じて行じていただきたいと思うわけでございます。
     きょうは、妙佼先生のご供養におでましをいただきまして、このように真心からのご供養をちょうだいいたしまして、まことにありがとうございました。

  •  そういうような意味で、一つ一つ、お経本にあること、バイブルにあることが、私どもの心の中に見つめ直して、どうかするとゆるみがきて怠けたりする自分を正し、自分の都合というものを先きに考えないで、まずご法を中心に考える。このことが妙佼先生のご法話の中にじつに顕著に現われているんですね。
     昨日私は録音で伺いまして、これは私の心の態勢がやっぱり十七年間たってゆるんだ。そばにいて常に叱咤してもらわないと、これはゆるんでいた。帰依三宝を説きながら、仏に帰依するならば法に帰依する、法に帰依するならば、法というものを第一において、あとの自分の私生活の問題などは第二義に考えるべきだ。こういう姿勢でないということは、これは十七回忌をもって魂の入れかえをしなけりゃならんということであろうと、決意を新たにしたわけでございます。
     どうかそういう意味で、妙佼先生をお慕いし、妙佼先生の御霊に安らかにお眠りくださいという、阿耨多羅三藐三菩提の法蓮華の坐に坐して、等正覚を成じてもらいたいというこの願いは、私どもが帰依三宝の中の法に帰依するという面を、もう少し心に銘記して実行するということほど、安らかにお眠りいただける道はないと考えておるのでございます。
     どうか、ともどもに手をとりまして、一人が一人を導く、そして自分の信仰状態を口にいい表わして、お導きをし、人さまが喜んでくれるような状態にお手どりができれば、自分の救われということは考えなくとも、ちゃんと仏さまが救うとおっしゃってるんですから間違いありません。どうか信じて行じていただきたいと思うわけでございます。
     きょうは、妙佼先生のご供養におでましをいただきまして、このように真心からのご供養をちょうだいいたしまして、まことにありがとうございました。