毒薬変じて薬となる
また、今日のように物質的には非常に恵まれ、大変に医学が進んで長生きができるようになりましたが、どんな薬でも、栄養ばかりではありません。「毒薬変じて薬となる」――ということがございます。ですから、薬は元来、毒のものです。これは、皆さん、一応覚えておいていただきたいと思います。
とかく、日本人は薬を飲まなくてはいられない国民で、世界中でも日本人ほど薬を飲む国民はいないそうでございます。
私が子どものころは、おじいさんが南庭という名をもらって、いなかでお医者をやっておりましたから、薬のことはよく教えてくれました。
山へ草を取りに行って、カマなどで手を切ってもすぐに、草をとって、その草をもんででてくるツユを傷へつけますと、傷は化膿しないですぐになおりました。
また、バラですが、バラは花が咲きますと赤い実がなります。バラの実は、普通の人がそのまま飲みますと下痢を起こします。
ところが、それをせんじて飲ませますと、下痢はピタリととまります。そのように、薬というものは元来、毒のものなんです。こういうこともよく考えなくてはならないと思います。
妙佼先生のご命日に、なんの因縁があってそんな話をするのか――こう思いなさるかもしれませんが、お互いさまに因縁のいい人はあまりおりません。
渋沢さんにいたしましても、岩船家に生まれ、静子という名です。ですから表面からみますと非常に静かです。ところが、岩船に静子と申しますと、岩船が木性に金性です。そして静子というのが、金金で、木金金金と金ばかり三つです。それに十九画。そういう因縁があります。
それから、妙佼先生は、長沼政ですから同じように、長沼の長は火性ですが、沼は金であります。そして、政も金で、火金金となり、九画です。
そういう因縁をもった静子さんには、きついことばもでたり、きつく聞こえたり、また、きついことをいわなければなかなかまともになれないわけです。因縁の悪い人というのは、そういう点でたいへん損をしているわけです。
いま、佼成会では、私がつけた名前の人がどんどんおとなになって、お子さんが授かっている人も、あちこちに大勢できました。
最初からいい名前をつけていただいたような人は、親が信仰をしておりますから、ものごとをすべて、善意に解釈します。
しかし、悪いことがなく、現在のように救われているときは、あまり幸せだと思いません。人間というものは始末が悪いもので、苦しいときには一生懸命神さまに祈願しますが、「のどもと過ぎれば熱さ忘れる」で、ある程度なんでもなくなってしまいますと、精進を怠る、というのが現状ではないかと思います。