真の法華経行者になろう
その後、満十三年。きょう十四回忌を迎えたわけでございます。その十四回忌を迎えまして、日鑛が少し緊張しまして、回向文で自分の名前を読みあげる際にコウイチ……ニチコウと口ごもりました。
これは、一面から申しますと、妙佼先生が「あなたは日鑛になれましたか」と、浩一のときの修行がどうであったかを、あやかったのかも知れません。そのように妙佼先生は不思議な人でした。
きょうは、妙佼先生の御前に皆さんお役の人が集まっているはずでございますので、先ほども申しましたように、十万億の供養をした仏さまの子として、福徳淳厚なる者が、過去の約束を守るために今世生まれてきて、佼成会に入会している、という解釈のできる人は手をたたいていただきたいと思います。(拍手)
きょうおいでになった方が全員、手をたたいてくださいましたので、これで一万人ぐらいの人が自覚できたわけであります。これが八ヶ所に集まりますと、八万の大士が一応勢ぞろいすることになるのでございます。
せっかくお参りして、まわりのふんい気に手をたたいてみたけれど、どうもご法がわからない。帰る途中でグチがはじまる、というようなことではダメです。
しかし、これも一面から申しますと、あまり一直線に進んでしまいますと、きのう、きょう入会した人が、幹部を置いて行くかもしれません。そういう意味で、多少のジクザク行動もいいのかもしれません。
が、願わくは、仏さまの本願のごとく。皆さんがしっかりと法華経行者になっていただくことを、妙佼先生は願っていると思うのであります。
で、あればこそ、妙佼先生が予言なされたことが、次から次へと実現しているわけであります。
どうか、そういう意味で、皆さま、この妙佼先生のお写真に心から誓願をたてて「しっかり行じます」――そうした決じょうを新たにしてお帰りいただきまして、ご精進くだされば、必ず「法華経の経力はいかなることもかなわぬことはない」と、いわれるように幸せになることは明らかでございますので、一生懸命にご精進ください。
そして、きょう代表として説法された渋沢教会長さんのように、一人残らずの人が、ほんとうに幸せになって「どうぞ、妙佼先生安らかにお休みください」と、いう心境になっていただきたいことをお願い申しあげまして、本日のご説法にかえたいと思います。ありがとうございました。