ですから今日、池田さんが説法して下さったように、妙佼先生がご存命中のときは、それこそ人の顔を見ればすぐに、あんた導いたかい、というようなことを言われる。なぜそういうことを言うのかというと、お導きをすると佼成会の教えがわかるんだ。導かないとわからない。法華経というものを読誦してそして朝夕、本当に生きてる親に仕えるように自分のご先祖さまを大事にちゃんとお給仕ができると、病気も治っていろいろの悩みごとも解決する。こういう体験をした人は、あんた疑いなさいと言っても疑わない。ところがいくら有り難い、有り難いと言っても、有り難い結果が出ていなければ信じませんよ。ですから信ずるためには、人さまをお導きして自分のお導きのお子さんまでが救われる、親のほうが業障でなかなか心が変わらんでいると、お子さんのほうが先駆けして一歩先に悟って功徳をどんどん頂いてることがある、そうなると、やっぱり救われるんだなあと、私の話で、それを聞いた人がこんなに救われる、ここで自分も心を変えなくちゃならないというので、お後からお先きの人ができるもんだから、痩せ我慢でみんな頑張っているんです。佼成会の幹部は、だいたいそういう状態なんです。
まあ最近ちょっとお導きができないって言っているから、私、今年の春から、いろいろのところで盛んに申し上げたら、ようやく教会で、四桁、一千名以上の導きのできそうな教会がだいぶできたそうだから、今度は相当、そういう意味では伸びると思いますけれども。