皆様、本日はようこそお詣り下さいました。
このようにたくさんの方が妙佼先生のご冥福をお祈り下さって、大変お喜びだろうと思います。
またただ今は、体験の多い十日町の教会長さんが、今日は前座をつとめて下さいまして、妙佼先生のありし日のことを、非常になつかしくお話し下さいました。本当に当時のことがありのままに思い起こされました。今日の池田さんの説法の口調が、妙佼先生と同じような調子の説法でありまして、――随分久し振りに池田さんの説法を聞いたんですが――何か妙佼先生が話しているような感じがしました。「あんたは駄目だよ」とか「着物がないんだろ」なんていうことで「これ持っていきなさい」と着物のない人には着物を与え、また食物のない人には食物を与え、というように、妙佼先生は、もう顔色を見ると、すぐにその人の境涯がよくわかる。ですからすぐ図星を言われる。ですから大抵の人が、妙佼先生に一遍会うと、一遍に陥落してしまう。なかなか入会しないというような人でも、入会をしようという気持ちが出て来るわけであります。
遠い昔のことのような気が致しましたが、池田さんはなかなかよく覚えておられた。まあ、高松宮さまのお邸へ祀り込みに行くというときは、実際は妙佼先生が行った。宮さまの奥さまがおいでになって、そして学習院の恩師であるその先生もご婦人であります。そういう関係で、ご婦人がお祀り込みに行ったほうがいいだろうということで、私が行かないで妙佼先生がお祀り込みに行ったのであります。
私どもは一生懸命にご先祖さまのご供養を、真心をこめてやらせて頂いているつもりでありますけれども、その心の遣い方が、宮さまのこの奥さまの仏さまに対する態度が、妙佼先生は本当に「教えられた」と言って、非常に感心して帰ってこられた。当時の本部は妙佼殿の隣にあった旧本部の、わずか二十五坪の本部であります。その本部のご宝前に、九尺のご宝前がありますが、奥さまはそのご宝前の中をじっと、こうお立ちになって覗き込んでご覧になっておられました。そうしますると、そのとおりに大工さんに頼んで御殿の中にそのご宝前を造ったわけです。白木で、佼成会と同じように檜で、みなお造りになった。そしてお榊をちゃんと両側に、そして前のほうに花を置いて、もう本部と全く同じようにお飾りになって、ちゃんとしてあった。皆様、本日はようこそお詣り下さいました。
このようにたくさんの方が妙佼先生のご冥福をお祈り下さって、大変お喜びだろうと思います。
またただ今は、体験の多い十日町の教会長さんが、今日は前座をつとめて下さいまして、妙佼先生のありし日のことを、非常になつかしくお話し下さいました。本当に当時のことがありのままに思い起こされました。今日の池田さんの説法の口調が、妙佼先生と同じような調子の説法でありまして、――随分久し振りに池田さんの説法を聞いたんですが――何か妙佼先生が話しているような感じがしました。「あんたは駄目だよ」とか「着物がないんだろ」なんていうことで「これ持っていきなさい」と着物のない人には着物を与え、また食物のない人には食物を与え、というように、妙佼先生は、もう顔色を見ると、すぐにその人の境涯がよくわかる。ですからすぐ図星を言われる。ですから大抵の人が、妙佼先生に一遍会うと、一遍に陥落してしまう。なかなか入会しないというような人でも、入会をしようという気持ちが出て来るわけであります。
遠い昔のことのような気が致しましたが、池田さんはなかなかよく覚えておられた。まあ、高松宮さまのお邸へ祀り込みに行くというときは、実際は妙佼先生が行った。宮さまの奥さまがおいでになって、そして学習院の恩師であるその先生もご婦人であります。そういう関係で、ご婦人がお祀り込みに行ったほうがいいだろうということで、私が行かないで妙佼先生がお祀り込みに行ったのであります。
私どもは一生懸命にご先祖さまのご供養を、真心をこめてやらせて頂いているつもりでありますけれども、その心の遣い方が、宮さまのこの奥さまの仏さまに対する態度が、妙佼先生は本当に「教えられた」と言って、非常に感心して帰ってこられた。当時の本部は妙佼殿の隣にあった旧本部の、わずか二十五坪の本部であります。その本部のご宝前に、九尺のご宝前がありますが、奥さまはそのご宝前の中をじっと、こうお立ちになって覗き込んでご覧になっておられました。そうしますると、そのとおりに大工さんに頼んで御殿の中にそのご宝前を造ったわけです。白木で、佼成会と同じように檜で、みなお造りになった。そしてお榊をちゃんと両側に、そして前のほうに花を置いて、もう本部と全く同じようにお飾りになって、ちゃんとしてあった。そしてお土産にこのお菓子を持って行ったところ、そのお菓子の蓋をとられて、そして箱の端を上げて、ちょっと斜めにすかして、中のお菓子が見えるようにして、三方に――ちゃんと三方も買って来ておられた――白木の三方の上にちゃんと置いて仏さまにお供えされた。そういう一つひとつのことが全部、本部のご宝前と同じようにきちっと準備をされて、そしてもうご供養を待つだけの状態だったそうです。本当に初めて伺って、こんなに整ってちゃんと用意の出来た人というのは、私ども祀り込みは随分致しましたが、なかなかちゃんと出来ないものであります。本部に一遍おいでになっただけで、それがきしっとそのとおりのご宝前が、寸法から、すべてのものがきしっと出来ておったと。本当に素晴らしいお方ですねえと、妙佼先生はすっかり宮さまに敬服してしまった。
そしてお土産にこのお菓子を持って行ったところ、そのお菓子の蓋をとられて、そして箱の端を上げて、ちょっと斜めにすかして、中のお菓子が見えるようにして、三方に――ちゃんと三方も買って来ておられた――白木の三方の上にちゃんと置いて仏さまにお供えされた。そういう一つひとつのことが全部、本部のご宝前と同じようにきちっと準備をされて、そしてもうご供養を待つだけの状態だったそうです。本当に初めて伺って、こんなに整ってちゃんと用意の出来た人というのは、私ども祀り込みは随分致しましたが、なかなかちゃんと出来ないものであります。本部に一遍おいでになっただけで、それがきしっとそのとおりのご宝前が、寸法から、すべてのものがきしっと出来ておったと。本当に素晴らしいお方ですねえと、妙佼先生はすっかり宮さまに敬服してしまった。
まあ、この高松宮さまは、その当時、ご自分の健康が少しすぐれない、そういう問題をもっておいでになって、これもまた、妙佼殿のところで、初めてお目にかかって、そして身の上のいろいろのことをお話しになった。救われようというので、おいでなったのですが、宮さまにすれば誰も自分には本当のことを言ってくれない、お世辞を言ってくれたって人間が救われるもんじゃないと、あべこべに向こうから聞かされるわけです。お世辞では救われませんよと。是非本当のことを言ってください、私の一番欠点を話して下さいとおっしゃる。こういう注文を受けたのは、そのとき一遍だけです。
宮さまは少し喘息の気があるということでした。そして自分の一番悪いところを言ってくれというから、あなたの一番悪いところは、神さまからの自然のお恵みを反対にお考えでしょう、とこう言ったら、その反対というのはどういうことですかと、真剣でお聞きになるわけです。その反対というのは、あなたにもしお子さんが生まれると嘆きを見なければならない運命であります。そのためにあなたにはお子さんを授けないのですが、その神さまのはからいに、あなたは不平をお持ちでしょうと、こう言ったら、はあっ、そのとおりですと。これも正直に、本当にもう全部隠しだてのない、そのままをズバリ受けとめられたんです。あなたが懺悔をなされば、喘息の気はすぐ治りますと、こういうことを私は言ったのであります。それから何回かお会いしましたが、妃殿下の喘息はピタッと治ってしまったんですね。ところが法門を聞いたり拝む機会が何回かあっても、本当にそれを用いない人にはそのてきめんの結果は出て来ないのであります。
ところが、純粋にお聞きになる方はそのように一遍でちゃんとそういうことで病気が治ってしまう。それほど一つの法則というものは、心の法則というものはちゃんと、法華経の法門に叶った気持ちになれば、一遍にご功徳が出るわけであります。
また恩師の方のご子息さんが、軍法会議でどうなるかというようなご心配のときがありました。それで来月の五日前にこの問題は呼び出しがあって話をするならば、必ず結果がいいでしょうと、こういうことを私は申し上げておったのであります。そうしましたら、ちょうどその月の二十八日に軍法会議がありまして、その結果が現れたわけであります。無罪になったわけであります。
そういうことで、その恩師の方も早速入会をして、そういう結果があったものですから、大変にお喜びになって、向こうから、宮さまから仏さまにお花代をたくさん頂戴したことがございます。
そのように、素直に聞いた人にはそういう不思議が現れたわけであります。まあ、この高松宮さまは、その当時、ご自分の健康が少しすぐれない、そういう問題をもっておいでになって、これもまた、妙佼殿のところで、初めてお目にかかって、そして身の上のいろいろのことをお話しになった。救われようというので、おいでなったのですが、宮さまにすれば誰も自分には本当のことを言ってくれない、お世辞を言ってくれたって人間が救われるもんじゃないと、あべこべに向こうから聞かされるわけです。お世辞では救われませんよと。是非本当のことを言ってください、私の一番欠点を話して下さいとおっしゃる。こういう注文を受けたのは、そのとき一遍だけです。
宮さまは少し喘息の気があるということでした。そして自分の一番悪いところを言ってくれというから、あなたの一番悪いところは、神さまからの自然のお恵みを反対にお考えでしょう、とこう言ったら、その反対というのはどういうことですかと、真剣でお聞きになるわけです。その反対というのは、あなたにもしお子さんが生まれると嘆きを見なければならない運命であります。そのためにあなたにはお子さんを授けないのですが、その神さまのはからいに、あなたは不平をお持ちでしょうと、こう言ったら、はあっ、そのとおりですと。これも正直に、本当にもう全部隠しだてのない、そのままをズバリ受けとめられたんです。あなたが懺悔をなされば、喘息の気はすぐ治りますと、こういうことを私は言ったのであります。それから何回かお会いしましたが、妃殿下の喘息はピタッと治ってしまったんですね。ところが法門を聞いたり拝む機会が何回かあっても、本当にそれを用いない人にはそのてきめんの結果は出て来ないのであります。
ところが、純粋にお聞きになる方はそのように一遍でちゃんとそういうことで病気が治ってしまう。それほど一つの法則というものは、心の法則というものはちゃんと、法華経の法門に叶った気持ちになれば、一遍にご功徳が出るわけであります。
また恩師の方のご子息さんが、軍法会議でどうなるかというようなご心配のときがありました。それで来月の五日前にこの問題は呼び出しがあって話をするならば、必ず結果がいいでしょうと、こういうことを私は申し上げておったのであります。そうしましたら、ちょうどその月の二十八日に軍法会議がありまして、その結果が現れたわけであります。無罪になったわけであります。
そういうことで、その恩師の方も早速入会をして、そういう結果があったものですから、大変にお喜びになって、向こうから、宮さまから仏さまにお花代をたくさん頂戴したことがございます。
そのように、素直に聞いた人にはそういう不思議が現れたわけであります。まあ今日は池田さんの功徳話を、皆さん少しお聞きになったわけですが、今申し上げた宮さまと同じように、池田さんもご自分のお子さんはつくらないけれども、立派な嫁さんも養子さんも頂戴して、お孫さんも二人いらっしゃるということであります。
池田さんには、岡山に行ってもらったときに、私も青年の指導のことなどで話をしてあげようと思って行ってみたら、今日のあの話の調子と同じで、旦那さまがもうあの世へ行っておるんですが、その旦那さんが、もう生身の身体はないけれども、不滅の魂になって、いつも傍にいますということで、あべこべにおのろけを聞かされて、私はびっくりして、この人も随分変わったなと思ったことがあります。
当時から、非常に青年部活動に熱心で、おそらく佼成会の教会で、青年部の活動が県知事さんからお褒めを頂いたというのは、岡山が最初だったという気がします。まあそのように、青年が非常に一生懸命に、街の清掃やら神社仏閣の掃除やら、いろいろのことに社会的活動を徹底してやってるというので、非常に青年の活動が素晴らしいことだというので、県知事さんから表彰状をもらったわけです。こういうことは、おそらく佼成会で一番早かったのじゃないかという気がします。私の記憶が間違っておれば何ですが、だいたいそのような気がします。
青年は純粋でありますから、遠回しに言っても駄目なんです。真っ直ぐにきしっとすぐにわかるように言えば、青年は直ちに実行に移します。ですから青年がついてこないような指導では駄目、青年がすぐ動くような指導であれば、この指導者としては及第であります。そういう意味で、池田さんは大変に向こうのほうで骨を折って頂いて成績を上げて頂いた。その後、信州の長野へ行って頂き、そして今度は十日町ということで、今は十日町の教会長をしてもらっております。ご存じのように私の生まれたところです。昔から言われるように、その土地の人というのはなかなか信仰ができないんですね。まあ聖者ではないけれども、昔の諺に〝聖者は故郷に入れられず〟という言葉があります。
信仰の指導者になるような人というのは、自分の土地からして追い出されるという、土地の人がそんなに信用するようになるということはない。しかし、お釈迦さまは自分でお悟りを開くと、直ちに自分のお国へお帰りになって、そして導きを始めたと、ここが他の人と違う、これはお徳が高いんです。いったんは出家をして自分が故郷を出たのでありますが、自分が悟りを開くというと、自分の生まれた地元の人を訪ねて導いたと、こういうふうになっております。まあ今日は池田さんの功徳話を、皆さん少しお聞きになったわけですが、今申し上げた宮さまと同じように、池田さんもご自分のお子さんはつくらないけれども、立派な嫁さんも養子さんも頂戴して、お孫さんも二人いらっしゃるということであります。
池田さんには、岡山に行ってもらったときに、私も青年の指導のことなどで話をしてあげようと思って行ってみたら、今日のあの話の調子と同じで、旦那さまがもうあの世へ行っておるんですが、その旦那さんが、もう生身の身体はないけれども、不滅の魂になって、いつも傍にいますということで、あべこべにおのろけを聞かされて、私はびっくりして、この人も随分変わったなと思ったことがあります。
当時から、非常に青年部活動に熱心で、おそらく佼成会の教会で、青年部の活動が県知事さんからお褒めを頂いたというのは、岡山が最初だったという気がします。まあそのように、青年が非常に一生懸命に、街の清掃やら神社仏閣の掃除やら、いろいろのことに社会的活動を徹底してやってるというので、非常に青年の活動が素晴らしいことだというので、県知事さんから表彰状をもらったわけです。こういうことは、おそらく佼成会で一番早かったのじゃないかという気がします。私の記憶が間違っておれば何ですが、だいたいそのような気がします。
青年は純粋でありますから、遠回しに言っても駄目なんです。真っ直ぐにきしっとすぐにわかるように言えば、青年は直ちに実行に移します。ですから青年がついてこないような指導では駄目、青年がすぐ動くような指導であれば、この指導者としては及第であります。そういう意味で、池田さんは大変に向こうのほうで骨を折って頂いて成績を上げて頂いた。その後、信州の長野へ行って頂き、そして今度は十日町ということで、今は十日町の教会長をしてもらっております。ご存じのように私の生まれたところです。昔から言われるように、その土地の人というのはなかなか信仰ができないんですね。まあ聖者ではないけれども、昔の諺に〝聖者は故郷に入れられず〟という言葉があります。
信仰の指導者になるような人というのは、自分の土地からして追い出されるという、土地の人がそんなに信用するようになるということはない。しかし、お釈迦さまは自分でお悟りを開くと、直ちに自分のお国へお帰りになって、そして導きを始めたと、ここが他の人と違う、これはお徳が高いんです。いったんは出家をして自分が故郷を出たのでありますが、自分が悟りを開くというと、自分の生まれた地元の人を訪ねて導いたと、こういうふうになっております。先ほど日蓮聖人の話も出ましたが、日蓮聖人なども大変なご苦労をなされたわけでありますが、やっぱりこういう聖者はなかなかその故郷の人に、現世に賛歎されるようなことはない。誕生寺にお詣りしますると、小松原において眉間に傷を受けられて、そして山の奥のほうに逃れ、誕生寺の手前の沢の中に入って傷を癒されたというところがあります。不思議にもあそこの土の中には、カルシウム分が非常に強くて、傷がすぐ治るような土だというんですね。
いずれにしても清澄山で法華経を表に出して、堂々と声明したことによって追われてあの沢に入らたという、あそこへ参りますと、そのお聖人さまのご苦労の跡があの山の細い道の中に偲ばれるわけです。また、その砂を傷につけたとか、そういうことも伺いましたが、まあそのように、聖者はなかなか地元の者に喜ばれるようにならないのであります。
それと同じように、私の生まれた町などでも、なかなかそれは、そう皆さんが簡単にはそういかなかった。しかし幸いにも現在の時代であります。私がこの三十三年に――妙佼先生の亡くなられた明くる年でございますね。――理事長と二人でブラジルへ、日本移民五十周年のお祝いにお招きを頂いて、その当時の文化人十名ということで、お招きを頂いた。十名の中へ私も入れて頂いてブラジルを訪問したのであります。そこから帰ったときに初めて十日町で私の話を聞こうという機運が起こった。そして十日町の有志の方に、初めてそういうことからお説法をさせてもらった、そのときから私の後援会なんてものをつくって下さるようになった。
まあ、そういうことで一応形をつくったのですけれども、なかなか十日町の教会は、そう簡単に伸びなかったわけであります。まあ池田さんが行って頑張っているから、まあ、ようやく落ち着いたということと、また、信者の皆さんが集まることには事欠かない、ちゃんとした道場もできた、そういうことになっておるわけであります。先ほど日蓮聖人の話も出ましたが、日蓮聖人なども大変なご苦労をなされたわけでありますが、やっぱりこういう聖者はなかなかその故郷の人に、現世に賛歎されるようなことはない。誕生寺にお詣りしますると、小松原において眉間に傷を受けられて、そして山の奥のほうに逃れ、誕生寺の手前の沢の中に入って傷を癒されたというところがあります。不思議にもあそこの土の中には、カルシウム分が非常に強くて、傷がすぐ治るような土だというんですね。
いずれにしても清澄山で法華経を表に出して、堂々と声明したことによって追われてあの沢に入らたという、あそこへ参りますと、そのお聖人さまのご苦労の跡があの山の細い道の中に偲ばれるわけです。また、その砂を傷につけたとか、そういうことも伺いましたが、まあそのように、聖者はなかなか地元の者に喜ばれるようにならないのであります。
それと同じように、私の生まれた町などでも、なかなかそれは、そう皆さんが簡単にはそういかなかった。しかし幸いにも現在の時代であります。私がこの三十三年に――妙佼先生の亡くなられた明くる年でございますね。――理事長と二人でブラジルへ、日本移民五十周年のお祝いにお招きを頂いて、その当時の文化人十名ということで、お招きを頂いた。十名の中へ私も入れて頂いてブラジルを訪問したのであります。そこから帰ったときに初めて十日町で私の話を聞こうという機運が起こった。そして十日町の有志の方に、初めてそういうことからお説法をさせてもらった、そのときから私の後援会なんてものをつくって下さるようになった。
まあ、そういうことで一応形をつくったのですけれども、なかなか十日町の教会は、そう簡単に伸びなかったわけであります。まあ池田さんが行って頑張っているから、まあ、ようやく落ち着いたということと、また、信者の皆さんが集まることには事欠かない、ちゃんとした道場もできた、そういうことになっておるわけであります。今日はいろいろの話が出まして、この佼成会がかつて日蓮宗から破門されたという話まで出ましたが、ただそれだけを聞いておると何が何だかわからないようですけれども、その佼成会の目指すところは、本当に日蓮聖人のみ心であり、法華経の真精神にのっとった布教をして頂きたいということ。まあ、そういうところから身延の一番の総本山であるところから、私どもの考えを率直に申し上げたところ、最初はたいへん歓迎されたんであります。昭和二十三年に、今の旧本部ですね、あの本部ができると、戦後ですから――二十年に戦争が終わったわけですから――ほうぼうから、外国の人までが新しい宗教が東京にあるというのでおいでになった。ところが、そういう私どもの申し上げることが、日蓮宗の癇に障りまして、また日蓮宗の本願人というような身延の町の旅館の方などが、佼成会に大勢入会してしまった。そういうことから破門という、同じ門下でありながら導くとは何事だとういので怒られたのです。そのことはもう門下協議会のできたときから、教義をどういうふうにするか、本尊をどういうふうにするか、この本尊観、行法観、そういうものを決めないと争いが起きるんじゃないか、私が前もってそのことを申し上げたんですが、まあ、そんなことは構わない。一緒にやればいいという皆さんの声が多かったものですから、そのままでやっていた。
当時の門下協議会は、いろいろの教団の、今新宗連に入っておる妙智会とか仏所護念会などの方々も、皆一緒にやろうということで出来たんですが、あの日本山の妙法寺の藤井日達先生までが、そういうことでひとつ一緒になって戦後の混乱を、法華経によって日本を正そうということで協力をはかったんです。この目的はよろしいのであります。皆、思い思いの形でやっていいということでやりましたところが、身延の沢の方々が、佼成会に皆入会しちゃった。それは佼成会のほうがわかり易くて、そして修行のし方がはっきりしてていいと、こういうことで身辺の沢の方が皆入会した。そこで身延の沢の人まで導くとはけしからん、大本願人、本願人というような檀那方を皆導いたもんですから、怒られて破門ということになった。なるほど今日、池田さんの記憶では二十三年から一緒にやろうということが始まったのですからその二年後ですか、昭和二十五年には破門ということになった。
今日はいろいろの話が出まして、この佼成会がかつて日蓮宗から破門されたという話まで出ましたが、ただそれだけを聞いておると何が何だかわからないようですけれども、その佼成会の目指すところは、本当に日蓮聖人のみ心であり、法華経の真精神にのっとった布教をして頂きたいということ。まあ、そういうところから身延の一番の総本山であるところから、私どもの考えを率直に申し上げたところ、最初はたいへん歓迎されたんであります。昭和二十三年に、今の旧本部ですね、あの本部ができると、戦後ですから――二十年に戦争が終わったわけですから――ほうぼうから、外国の人までが新しい宗教が東京にあるというのでおいでになった。ところが、そういう私どもの申し上げることが、日蓮宗の癇に障りまして、また日蓮宗の本願人というような身延の町の旅館の方などが、佼成会に大勢入会してしまった。そういうことから破門という、同じ門下でありながら導くとは何事だとういので怒られたのです。そのことはもう門下協議会のできたときから、教義をどういうふうにするか、本尊をどういうふうにするか、この本尊観、行法観、そういうものを決めないと争いが起きるんじゃないか、私が前もってそのことを申し上げたんですが、まあ、そんなことは構わない。一緒にやればいいという皆さんの声が多かったものですから、そのままでやっていた。
当時の門下協議会は、いろいろの教団の、今新宗連に入っておる妙智会とか仏所護念会などの方々も、皆一緒にやろうということで出来たんですが、あの日本山の妙法寺の藤井日達先生までが、そういうことでひとつ一緒になって戦後の混乱を、法華経によって日本を正そうということで協力をはかったんです。この目的はよろしいのであります。皆、思い思いの形でやっていいということでやりましたところが、身延の沢の方々が、佼成会に皆入会しちゃった。それは佼成会のほうがわかり易くて、そして修行のし方がはっきりしてていいと、こういうことで身辺の沢の方が皆入会した。そこで身延の沢の人まで導くとはけしからん、大本願人、本願人というような檀那方を皆導いたもんですから、怒られて破門ということになった。なるほど今日、池田さんの記憶では二十三年から一緒にやろうということが始まったのですからその二年後ですか、昭和二十五年には破門ということになった。
破門の声を聞きながら、あの第二道場が建設されたわけであります。勢いよく伸びるときというのは面白いですね。外から破門なんかされるというと勢いがついてきて、そして第二道場が、最初はあれが一階にするつもりで設計をしたんです。一階にしようとしましたら、木造建築では、そんな三百畳なんていう広いものは許可にならない。それでしょうがないものですから、鉄筋にしたらいいですかとこう聞いたら、鉄筋にすればいいという、それじゃというので今度は設計を改めてやることになりましたら、鉄筋の一階建てではもったいない。それじゃ二階にしようか、まあ新興宗教の設計というのは、そういう会の勢いのいい時というのは、普通、一階建てるのもたいへんなのが、いきなり二階になっちゃった。そして二階を建ててみたらたちまち一杯になったもんだから、その上にもう一階上げるというんで三階になって、今現在は三階であります。何か最近、このような建物などが、後から後から設計が変わっていくようなことでしたから、手入れをしなくてはならんようなこともあるらしいんでありまするが、まあそのように、その当時はもう一年一年に二階から三階をつけなくてはならんということになるほど、どんどん入会があったわけです。
そういうときには、池田さんも自分の病気のことを言っておりましたが、だいたい佼成会の最高幹部は肺病患者なんです。肺病患者か精神病者、そういう人ばっかり入ったんです。そういう病気が、入るとピタッと治っていっちまう。勢い幹部さんはだいたい肺病患者が多いんです。私みたいに肺病でないのは半端なほうなんです。本当に真剣にやった人というのは、肺病の人が多かった。で、肺病といわれると、ちょうど今、ガンと宣告されるのと同じように、もう、病気が肺って言われたらもう治らない病気だと、不治の病気だと思っていたんですね当時は。ところが肺病の人が、佼成会に来ると、ハイと言いなさい。まことに簡単だね。ハイって言って人の言うことを聞けばすぐ治ると、まあ、そういうことで〝ハイ〟〝ハイ〟と、もう池田さんは嫌だとかやめたいとか思ったことは一遍もないと言っておられる。まあ、ですから肺病が治ったんです。喀血までしたけれどね。そういうふうに、これは言うことがそのとおりになっていっちゃうんだ。破門の声を聞きながら、あの第二道場が建設されたわけであります。勢いよく伸びるときというのは面白いですね。外から破門なんかされるというと勢いがついてきて、そして第二道場が、最初はあれが一階にするつもりで設計をしたんです。一階にしようとしましたら、木造建築では、そんな三百畳なんていう広いものは許可にならない。それでしょうがないものですから、鉄筋にしたらいいですかとこう聞いたら、鉄筋にすればいいという、それじゃというので今度は設計を改めてやることになりましたら、鉄筋の一階建てではもったいない。それじゃ二階にしようか、まあ新興宗教の設計というのは、そういう会の勢いのいい時というのは、普通、一階建てるのもたいへんなのが、いきなり二階になっちゃった。そして二階を建ててみたらたちまち一杯になったもんだから、その上にもう一階上げるというんで三階になって、今現在は三階であります。何か最近、このような建物などが、後から後から設計が変わっていくようなことでしたから、手入れをしなくてはならんようなこともあるらしいんでありまするが、まあそのように、その当時はもう一年一年に二階から三階をつけなくてはならんということになるほど、どんどん入会があったわけです。
そういうときには、池田さんも自分の病気のことを言っておりましたが、だいたい佼成会の最高幹部は肺病患者なんです。肺病患者か精神病者、そういう人ばっかり入ったんです。そういう病気が、入るとピタッと治っていっちまう。勢い幹部さんはだいたい肺病患者が多いんです。私みたいに肺病でないのは半端なほうなんです。本当に真剣にやった人というのは、肺病の人が多かった。で、肺病といわれると、ちょうど今、ガンと宣告されるのと同じように、もう、病気が肺って言われたらもう治らない病気だと、不治の病気だと思っていたんですね当時は。ところが肺病の人が、佼成会に来ると、ハイと言いなさい。まことに簡単だね。ハイって言って人の言うことを聞けばすぐ治ると、まあ、そういうことで〝ハイ〟〝ハイ〟と、もう池田さんは嫌だとかやめたいとか思ったことは一遍もないと言っておられる。まあ、ですから肺病が治ったんです。喀血までしたけれどね。そういうふうに、これは言うことがそのとおりになっていっちゃうんだ。そんな、常識からすれば無茶な話ですね。肺病患者はハイと言わないから肺病になったなんて、ちょっとこれは語呂合わせみたいですけれども、実際は肺病になる人というのは、なかなか頭のいい人で、神経の細かい人で、なかなか信じないんですね。で、その信じない人が信じるような気持ちになると、病気は一遍に治る。ですからこの一念三千もそうですね。自分の一念がはっきりすれば目の前の条件が変わるんですけれども、自分が本物にならんでおって、相手を本物にしようと思って導こうとするから、なかなかうまくいかない。導きの親のほうが早くまず、仏さまのみ教えのとおりの気持ちになって、そして導きのお子さん方の手取りをする、そうすると皆さんが、ちゃんと素直に聞いてくれる。ですから、そこのところをはっきりと今日は池田さんが自分の体験を通して当時はこうであったと、いうことであります。
そんな、常識からすれば無茶な話ですね。肺病患者はハイと言わないから肺病になったなんて、ちょっとこれは語呂合わせみたいですけれども、実際は肺病になる人というのは、なかなか頭のいい人で、神経の細かい人で、なかなか信じないんですね。で、その信じない人が信じるような気持ちになると、病気は一遍に治る。ですからこの一念三千もそうですね。自分の一念がはっきりすれば目の前の条件が変わるんですけれども、自分が本物にならんでおって、相手を本物にしようと思って導こうとするから、なかなかうまくいかない。導きの親のほうが早くまず、仏さまのみ教えのとおりの気持ちになって、そして導きのお子さん方の手取りをする、そうすると皆さんが、ちゃんと素直に聞いてくれる。ですから、そこのところをはっきりと今日は池田さんが自分の体験を通して当時はこうであったと、いうことであります。
今日のように教学の研修などやってる暇がない。そういうことなしに、今日入会したら、明日からもう手取りをしろということでやってきた。これも外国の方がみんなこの問題で私に――ついこの間来た人もこれについて聞いておりましたが――その幹部を決めるのにたいへん難しいでしょうと言うんですが、私のほうとしては、幹部にするのにちっとも難しくない。ハイ、ハイと言って素直に聞いて、そうするともう、今日入会したら明日から布教師に取り立てているんだ、その中で何人かを導いた体験をして、そして自分の心を直したら相手が直ったという、この体験をちゃんとした人は、すぐに幹部にしても使えるんだ。役に立つんだと、こういう乱暴なことを言うと、もうこのヨーロッパのキリスト教の方々などは、とてもそんな無茶なことを、というようなお考えでいらっしゃる。ところが十五年間私が国際問題の、この日本の委員長というお役をおおせつかって十五年、まあそのままです。
そうするもんだから、最近では外国の方がとにかく佼成会の真似をしよう、佼成会にならおうということで、最近は佼成会を見る目がちがってきたんです。ですから皆さんはよほどしっかりしてもらわんと、外国の人がこれからどんどん日本へやって来る。私はいつかも申し上げたと思うんですが、日蓮聖人のお言葉の中にも、この月氏の国――つまり今のインドですが――その月氏の仏法が日本に来て、日本に来たものは、今度はインドに帰ることになる瑞兆があるというようなことを申されておりますが、それが今現在アメリカにおいて、日本からさらに東のほうへ行きますると、何ですね、アメリカの人が佼成会の教えを何とか勉強して覚えようという、そういう機運が出てきた。しかし、日本のほうではまだそれを一生懸命に求めようというところまではいっていない。皆さんが一生懸命に導こうとして手を取れば、手取りが徹底すれば入るけれども、構わんでおけば入らない。ところがアメリカのほうでは、向こうで自分達が、神父さん達が真剣で、その法華経の教義を勉強している。そして初めての人が、まだ信仰のない人が導けるかなあと、導けるとするならばというんで、なかなか合理的にですね、そんな功徳のある信仰ならばというので、もうアメリカのほうでは一生懸命に聞きたいという人が出てきたんです。日本のほうで、皆さんの導きのし方がぐずぐずしているというと、あべこべに向こうから今度はお導きを受けるようになってしまうから、本家本元がぐらついちゃいけない。
今日のように教学の研修などやってる暇がない。そういうことなしに、今日入会したら、明日からもう手取りをしろということでやってきた。これも外国の方がみんなこの問題で私に――ついこの間来た人もこれについて聞いておりましたが――その幹部を決めるのにたいへん難しいでしょうと言うんですが、私のほうとしては、幹部にするのにちっとも難しくない。ハイ、ハイと言って素直に聞いて、そうするともう、今日入会したら明日から布教師に取り立てているんだ、その中で何人かを導いた体験をして、そして自分の心を直したら相手が直ったという、この体験をちゃんとした人は、すぐに幹部にしても使えるんだ。役に立つんだと、こういう乱暴なことを言うと、もうこのヨーロッパのキリスト教の方々などは、とてもそんな無茶なことを、というようなお考えでいらっしゃる。ところが十五年間私が国際問題の、この日本の委員長というお役をおおせつかって十五年、まあそのままです。
そうするもんだから、最近では外国の方がとにかく佼成会の真似をしよう、佼成会にならおうということで、最近は佼成会を見る目がちがってきたんです。ですから皆さんはよほどしっかりしてもらわんと、外国の人がこれからどんどん日本へやって来る。私はいつかも申し上げたと思うんですが、日蓮聖人のお言葉の中にも、この月氏の国――つまり今のインドですが――その月氏の仏法が日本に来て、日本に来たものは、今度はインドに帰ることになる瑞兆があるというようなことを申されておりますが、それが今現在アメリカにおいて、日本からさらに東のほうへ行きますると、何ですね、アメリカの人が佼成会の教えを何とか勉強して覚えようという、そういう機運が出てきた。しかし、日本のほうではまだそれを一生懸命に求めようというところまではいっていない。皆さんが一生懸命に導こうとして手を取れば、手取りが徹底すれば入るけれども、構わんでおけば入らない。ところがアメリカのほうでは、向こうで自分達が、神父さん達が真剣で、その法華経の教義を勉強している。そして初めての人が、まだ信仰のない人が導けるかなあと、導けるとするならばというんで、なかなか合理的にですね、そんな功徳のある信仰ならばというので、もうアメリカのほうでは一生懸命に聞きたいという人が出てきたんです。日本のほうで、皆さんの導きのし方がぐずぐずしているというと、あべこべに向こうから今度はお導きを受けるようになってしまうから、本家本元がぐらついちゃいけない。
ですから今日、池田さんが説法して下さったように、妙佼先生がご存命中のときは、それこそ人の顔を見ればすぐに、あんた導いたかい、というようなことを言われる。なぜそういうことを言うのかというと、お導きをすると佼成会の教えがわかるんだ。導かないとわからない。法華経というものを読誦してそして朝夕、本当に生きてる親に仕えるように自分のご先祖さまを大事にちゃんとお給仕ができると、病気も治っていろいろの悩みごとも解決する。こういう体験をした人は、あんた疑いなさいと言っても疑わない。ところがいくら有り難い、有り難いと言っても、有り難い結果が出ていなければ信じませんよ。ですから信ずるためには、人さまをお導きして自分のお導きのお子さんまでが救われる、親のほうが業障でなかなか心が変わらんでいると、お子さんのほうが先駆けして一歩先に悟って功徳をどんどん頂いてることがある、そうなると、やっぱり救われるんだなあと、私の話で、それを聞いた人がこんなに救われる、ここで自分も心を変えなくちゃならないというので、お後からお先きの人ができるもんだから、痩せ我慢でみんな頑張っているんです。佼成会の幹部は、だいたいそういう状態なんです。
まあ最近ちょっとお導きができないって言っているから、私、今年の春から、いろいろのところで盛んに申し上げたら、ようやく教会で、四桁、一千名以上の導きのできそうな教会がだいぶできたそうだから、今度は相当、そういう意味では伸びると思いますけれども。ですから今日、池田さんが説法して下さったように、妙佼先生がご存命中のときは、それこそ人の顔を見ればすぐに、あんた導いたかい、というようなことを言われる。なぜそういうことを言うのかというと、お導きをすると佼成会の教えがわかるんだ。導かないとわからない。法華経というものを読誦してそして朝夕、本当に生きてる親に仕えるように自分のご先祖さまを大事にちゃんとお給仕ができると、病気も治っていろいろの悩みごとも解決する。こういう体験をした人は、あんた疑いなさいと言っても疑わない。ところがいくら有り難い、有り難いと言っても、有り難い結果が出ていなければ信じませんよ。ですから信ずるためには、人さまをお導きして自分のお導きのお子さんまでが救われる、親のほうが業障でなかなか心が変わらんでいると、お子さんのほうが先駆けして一歩先に悟って功徳をどんどん頂いてることがある、そうなると、やっぱり救われるんだなあと、私の話で、それを聞いた人がこんなに救われる、ここで自分も心を変えなくちゃならないというので、お後からお先きの人ができるもんだから、痩せ我慢でみんな頑張っているんです。佼成会の幹部は、だいたいそういう状態なんです。
まあ最近ちょっとお導きができないって言っているから、私、今年の春から、いろいろのところで盛んに申し上げたら、ようやく教会で、四桁、一千名以上の導きのできそうな教会がだいぶできたそうだから、今度は相当、そういう意味では伸びると思いますけれども。毎日ラジオやテレビを聴いておりますると、いろいろな問題が報道されておりますが、こんな問題は、法華経というお経を体得して、法華経のとおりの気持ちで修行したら一遍に解決のつくことだが、と思うようなことが、解決がつかんでゴタゴタしているわけよ。ですから、今のような時期こそ、仏さまの出世本懐の一大事を悟らなくてはいけないんです。一大事の因縁をもって仏さまが世に出られて、そしてこの私どもに『仏知見を開かしめ 清浄なることを得せしめんと欲するが故に』お出ましになり、そしてその『衆生に仏知見を示さん』がためにお出ましになり、また『仏知見を悟らしめん』がためにお出ましになり、さらに『仏知見の道に入らしめんと欲するが故に』世に出現したんだという、この一大事の因縁をもってお出ましになった。仏さまは二千五百年も前にこの世にお出ましになって、そして仏さまの教えというものはこういうもんだということをも、明らかにこの法華経の中でお示しになっておられる。そのお示しになったことをスカッとこう信じてしまえば、一遍にいろいろの問題が解決してしまう。この問題はこういう気持ちでこうやれば治るとか、こういうことが言えるわけなんです。そういうことが、皆さんちょっと躊躇しているもんだから、ちょっと導きができない。ところがそれをやってみたら、ほうぼうの教会で今年はたいへんに不思議に、急に伸びたというような報告も今あるわけです。
毎日ラジオやテレビを聴いておりますると、いろいろな問題が報道されておりますが、こんな問題は、法華経というお経を体得して、法華経のとおりの気持ちで修行したら一遍に解決のつくことだが、と思うようなことが、解決がつかんでゴタゴタしているわけよ。ですから、今のような時期こそ、仏さまの出世本懐の一大事を悟らなくてはいけないんです。一大事の因縁をもって仏さまが世に出られて、そしてこの私どもに『仏知見を開かしめ 清浄なることを得せしめんと欲するが故に』お出ましになり、そしてその『衆生に仏知見を示さん』がためにお出ましになり、また『仏知見を悟らしめん』がためにお出ましになり、さらに『仏知見の道に入らしめんと欲するが故に』世に出現したんだという、この一大事の因縁をもってお出ましになった。仏さまは二千五百年も前にこの世にお出ましになって、そして仏さまの教えというものはこういうもんだということをも、明らかにこの法華経の中でお示しになっておられる。そのお示しになったことをスカッとこう信じてしまえば、一遍にいろいろの問題が解決してしまう。この問題はこういう気持ちでこうやれば治るとか、こういうことが言えるわけなんです。そういうことが、皆さんちょっと躊躇しているもんだから、ちょっと導きができない。ところがそれをやってみたら、ほうぼうの教会で今年はたいへんに不思議に、急に伸びたというような報告も今あるわけです。
今年は妙佼先生が亡くなられて、二十九年ですか。その長い間の、もう二十九年も経っているんですから、妙佼先生はもう霊界のほうが長くなった。まあ佼成会の活動というのは二十年間、私の手伝いをして下さった。佼成会の今日の基盤をつくってくださったのは妙佼先生です。その妙佼先生が、二十年、佼成会で法を説いて下さった。霊界へ行ってもう二十九年というんですから、この世で法を説いた時間よりも霊界のほうが九年も長いから、妙佼先生はせっかちだから、もう霊界のほうは渡りをつけて、ちゃんとみんないいあんばいにしてなさる。ですからいつ霊界に行ってもいい、霊界のほうでは準備は整っているよ、もう。妙佼先生が先に行っているから、ですから世の中が嫌になった人は、サッサと霊界へ行ってみるといい。霊界へ行くと、霊界のほうでは、もうちゃんと妙佼先生が、さあさあいらっしゃい、いらっしゃい、生院徳の戒名はもらってきましたか、ええもらってきましたと。さあこちらへこちらへと、そのように霊界へ行けば、もう肩身が広いんだ。霊界へ行くまで佼成会の有難味のわからない人がたくさんいるような気がするんだ、私は。それでなくっちゃ、導きができないって話はない。
今日のような状態で、世の中が法を聞かなくては納まらない条件が、教育の問題とか、学校に登校しない子供がいるとか、校内暴力があるとか、まあ、つまらんことのようだけれど、自分の身に関係のある、自分たちの心がけが悪かったことが、子供にそのまま反映してるようなことだから、この今、子供さんを育て盛りの、生み盛りの奥さん方がみな、その気持ちが変われば、そうすれば条件が一遍に変わる。ですから、それができないってことは、これは皆さん、本当に信じていないんだ、まだ。みんな池田さんのような気持ちになっちまえば、そうすりゃ一遍に大丈夫だ。
今日は、妙佼先生が、今お焼香しているうちに「親爺、しっかり言いなさいよ」というようなことを言っておった。まあ、この法華経という教えは本当に不思議なことであります。もうこんなにどこからどこまで行きわたっているものかと思うほど、仏さまの手は回っております。今は冗談のようなことを申し上げましたけれども、妙佼先生が霊界へ行っているんだから、霊界のほうは、もうせっかちな妙佼先生が一人いたら、皆さんの百倍も二百倍も手を広げて、向こうのほうの準備は整えてあると思います。ですけれども、こっちのほうも一つ負けずに精進して、そして霊界へ送り込んでも恥ずかしくない人間をこれから教化してやらなくちゃいけない。そうしないと日本の国は本当の平和な幸せな国にならないですよ。今年は妙佼先生が亡くなられて、二十九年ですか。その長い間の、もう二十九年も経っているんですから、妙佼先生はもう霊界のほうが長くなった。まあ佼成会の活動というのは二十年間、私の手伝いをして下さった。佼成会の今日の基盤をつくってくださったのは妙佼先生です。その妙佼先生が、二十年、佼成会で法を説いて下さった。霊界へ行ってもう二十九年というんですから、この世で法を説いた時間よりも霊界のほうが九年も長いから、妙佼先生はせっかちだから、もう霊界のほうは渡りをつけて、ちゃんとみんないいあんばいにしてなさる。ですからいつ霊界に行ってもいい、霊界のほうでは準備は整っているよ、もう。妙佼先生が先に行っているから、ですから世の中が嫌になった人は、サッサと霊界へ行ってみるといい。霊界へ行くと、霊界のほうでは、もうちゃんと妙佼先生が、さあさあいらっしゃい、いらっしゃい、生院徳の戒名はもらってきましたか、ええもらってきましたと。さあこちらへこちらへと、そのように霊界へ行けば、もう肩身が広いんだ。霊界へ行くまで佼成会の有難味のわからない人がたくさんいるような気がするんだ、私は。それでなくっちゃ、導きができないって話はない。
今日のような状態で、世の中が法を聞かなくては納まらない条件が、教育の問題とか、学校に登校しない子供がいるとか、校内暴力があるとか、まあ、つまらんことのようだけれど、自分の身に関係のある、自分たちの心がけが悪かったことが、子供にそのまま反映してるようなことだから、この今、子供さんを育て盛りの、生み盛りの奥さん方がみな、その気持ちが変われば、そうすれば条件が一遍に変わる。ですから、それができないってことは、これは皆さん、本当に信じていないんだ、まだ。みんな池田さんのような気持ちになっちまえば、そうすりゃ一遍に大丈夫だ。
今日は、妙佼先生が、今お焼香しているうちに「親爺、しっかり言いなさいよ」というようなことを言っておった。まあ、この法華経という教えは本当に不思議なことであります。もうこんなにどこからどこまで行きわたっているものかと思うほど、仏さまの手は回っております。今は冗談のようなことを申し上げましたけれども、妙佼先生が霊界へ行っているんだから、霊界のほうは、もうせっかちな妙佼先生が一人いたら、皆さんの百倍も二百倍も手を広げて、向こうのほうの準備は整えてあると思います。ですけれども、こっちのほうも一つ負けずに精進して、そして霊界へ送り込んでも恥ずかしくない人間をこれから教化してやらなくちゃいけない。そうしないと日本の国は本当の平和な幸せな国にならないですよ。今のような状態でいきますというと、幸せをこのように仏さまが下さっておるのに、それに感謝がなくて、そしていくら金儲けとはいえ、世界中のデパートを日本の品で埋めるほど品物を売って、そして貿易の不均衡だというので、世界中から文句を言われているほど儲けていながら、まだ日本人の感覚では金持ちになった気がしない。向こうのほうでは、もう貯金ができてこんなに金持ちなんだから、少しは困る人に施してくれてもいいだろうと言って、世界中の人がそういう気持ちなんです。ところが日本のほうでは、まだ貧乏の哲学だけできておるから、金持ちになったという気がしないんだな、今になっても。こんなに幸せでも、まだ幸せになったと思ってない。これがいけないんですよ。一番いけないことは、神さまがこのように日本という国は神国であって、神さま仏さまのご加護で、戦後わずか四十年の間にこんなに幸せを与えて下さった、何も困らない国になった。焼け野原になったところが、こんなに早く、こんなに幸せになったということは不思議だというので、外国の人は不思議の目で見ている。それでまだ日本人は、ちっとも金持ちになったという考えがない。ですから施そうという気持ちがない。そういうところに不信を抱いているわけ。
今のような状態でいきますというと、幸せをこのように仏さまが下さっておるのに、それに感謝がなくて、そしていくら金儲けとはいえ、世界中のデパートを日本の品で埋めるほど品物を売って、そして貿易の不均衡だというので、世界中から文句を言われているほど儲けていながら、まだ日本人の感覚では金持ちになった気がしない。向こうのほうでは、もう貯金ができてこんなに金持ちなんだから、少しは困る人に施してくれてもいいだろうと言って、世界中の人がそういう気持ちなんです。ところが日本のほうでは、まだ貧乏の哲学だけできておるから、金持ちになったという気がしないんだな、今になっても。こんなに幸せでも、まだ幸せになったと思ってない。これがいけないんですよ。一番いけないことは、神さまがこのように日本という国は神国であって、神さま仏さまのご加護で、戦後わずか四十年の間にこんなに幸せを与えて下さった、何も困らない国になった。焼け野原になったところが、こんなに早く、こんなに幸せになったということは不思議だというので、外国の人は不思議の目で見ている。それでまだ日本人は、ちっとも金持ちになったという考えがない。ですから施そうという気持ちがない。そういうところに不信を抱いているわけ。
それから中曽根内閣もいろいろのことを言って、みんなの顔色ばかりうかがっているものだから、靖国法案など、ああいうことで出しちゃいかんと言っておるのに出してしまう。私は今度はそんなつまらんことを言わんほうがいいですよと言うんですけれども、中曽根さんがどうしても公式参拝という、みんなの顔色を見ていると、この法をわかっている人間というものと、わからない、利害のことを言っている人と違うんですね。我々のほうは欲がない。人間は一人しかないんです。人間は一人で一人しかない。ところが、欲で、恩給をもらおうというような人達は、欲と二人なんです。一人人間がいたと思ったら二人ずつになっているんだ。ですから欲の考えでもって、とにかく靖国神社に総理が来て拝んだという、それを取り付けようというんでせっついている。選挙のとき票を入れるのはこっちですよなんて、たった一人でいるのに三人いるように見えてる。そういうふうに見てるから、みんなの言うことを聞いて、公式参拝と言ったんですね。
佼成会へ来たらちゃんとお数珠を持って「南無妙法蓮華経」と唱えなければならない。靖国神社へ行ったら、神社なんだから柏手を打って、そして玉串奉奠をして、そして拝む。ところがそれをしないから宗教法人法にかかわらんなんていい加減な言い訳けをする。人の言葉のあやを横に置いて、神道を侮辱しているんですね。そういうことをしているもんだから、中国から早速、軍国主義の復活じゃないか、という心配の声が届く。中国が言い出すというと、アジアのずっと、大東亜戦争で痛めつけられた国が、みんな鵜の目鷹の目でいる。中国さんとはだいぶ上手にお付き合いしていると思った。そういうことを言われてくると、私どももそのとおりだ、日本がまた大国になる、大国になったらまた、元のように軍事国家になるんじゃないか、こういうつまらない因縁が、みんな頭を持ち上げるようにしちゃった。それから中曽根内閣もいろいろのことを言って、みんなの顔色ばかりうかがっているものだから、靖国法案など、ああいうことで出しちゃいかんと言っておるのに出してしまう。私は今度はそんなつまらんことを言わんほうがいいですよと言うんですけれども、中曽根さんがどうしても公式参拝という、みんなの顔色を見ていると、この法をわかっている人間というものと、わからない、利害のことを言っている人と違うんですね。我々のほうは欲がない。人間は一人しかないんです。人間は一人で一人しかない。ところが、欲で、恩給をもらおうというような人達は、欲と二人なんです。一人人間がいたと思ったら二人ずつになっているんだ。ですから欲の考えでもって、とにかく靖国神社に総理が来て拝んだという、それを取り付けようというんでせっついている。選挙のとき票を入れるのはこっちですよなんて、たった一人でいるのに三人いるように見えてる。そういうふうに見てるから、みんなの言うことを聞いて、公式参拝と言ったんですね。
佼成会へ来たらちゃんとお数珠を持って「南無妙法蓮華経」と唱えなければならない。靖国神社へ行ったら、神社なんだから柏手を打って、そして玉串奉奠をして、そして拝む。ところがそれをしないから宗教法人法にかかわらんなんていい加減な言い訳けをする。人の言葉のあやを横に置いて、神道を侮辱しているんですね。そういうことをしているもんだから、中国から早速、軍国主義の復活じゃないか、という心配の声が届く。中国が言い出すというと、アジアのずっと、大東亜戦争で痛めつけられた国が、みんな鵜の目鷹の目でいる。中国さんとはだいぶ上手にお付き合いしていると思った。そういうことを言われてくると、私どももそのとおりだ、日本がまた大国になる、大国になったらまた、元のように軍事国家になるんじゃないか、こういうつまらない因縁が、みんな頭を持ち上げるようにしちゃった。こういうところが、ちょっとした、みんなの顔色を見ているようなことじゃ駄目なんです。みなさんの導きでもそうですね。顔色見てるんじゃなしに、本当に心底からこの人をお救いさせてもらおうという気持ちで話をすれば、ちゃんと入会するんですよ。ところが、もう遠回しに、こうサーッと、それこそ毛羽根でなでたようなことを言ったって、それでは因縁は悟れないんです。本当のことをズバリ、あんたは因縁が悪いから、人一倍精進しなければダメですよと、こう言えば、ピシッピシッと結果が出るんですね。やってごらんなさい、必ずよくなりますからとハッキリ言えば、そうですかというんで入ってくる。入って来たらそのとおりにピシッとやらせればちゃんと治る。そういうことを怠っているんだ、ちょっとね。いいあんばいのようなことを言ってると、中曽根さんの今度の靖国参拝のあれと同じように、みんながいい顔をして何とかゴマ化そうというような言葉になると、それは話がちっとも進まない。ですからみなさん、もっとピシッと言ったらいいんですよ。法華経は大功徳のある教えですよ。仏教というものは、かくすればかくなると、こういうふうにちゃんとご文にちゃんとあります。法華経というお経文を読んでごらんなさい。法華三部経の中には、こうすればこうなるということがちゃんと書いてあります。こういうふうにピシッと言えば、導きはどんどんできてくる。
こういうところが、ちょっとした、みんなの顔色を見ているようなことじゃ駄目なんです。みなさんの導きでもそうですね。顔色見てるんじゃなしに、本当に心底からこの人をお救いさせてもらおうという気持ちで話をすれば、ちゃんと入会するんですよ。ところが、もう遠回しに、こうサーッと、それこそ毛羽根でなでたようなことを言ったって、それでは因縁は悟れないんです。本当のことをズバリ、あんたは因縁が悪いから、人一倍精進しなければダメですよと、こう言えば、ピシッピシッと結果が出るんですね。やってごらんなさい、必ずよくなりますからとハッキリ言えば、そうですかというんで入ってくる。入って来たらそのとおりにピシッとやらせればちゃんと治る。そういうことを怠っているんだ、ちょっとね。いいあんばいのようなことを言ってると、中曽根さんの今度の靖国参拝のあれと同じように、みんながいい顔をして何とかゴマ化そうというような言葉になると、それは話がちっとも進まない。ですからみなさん、もっとピシッと言ったらいいんですよ。法華経は大功徳のある教えですよ。仏教というものは、かくすればかくなると、こういうふうにちゃんとご文にちゃんとあります。法華経というお経文を読んでごらんなさい。法華三部経の中には、こうすればこうなるということがちゃんと書いてあります。こういうふうにピシッと言えば、導きはどんどんできてくる。
今日は池田さんの説法を聞いておって、なるほど、池田さんがちょうど妙佼先生のような調子でやったので、妙佼先生がいた時分のことを思い出して、ずいぶん乱暴な説き方のようだけれど、それは慈悲がこもっておるから、決して乱暴と思わないで、皆さんが喜んで入会した。ですから一年に倍ぐらいどんどん伸びていった。ですから二階屋を建てて、第二道場が二階で建ったけれども間に合わなくてすぐに三階を乗せるというような、ものすごい勢いでどんどん伸びたものです。ところが今日になって、世界中から評判がよくなって、日本の国の中でも外のいろいろの宗教の方も、みな佼成会に学びたいというようなことをおっしゃるようになった。そうなってから導きができないというのは、これはどうかしている。これはよほど、妙佼先生が霊界でじだんだ踏んでると思うんですよ。「何してる、親爺」と言って怒ってる。
ですから、今日は妙佼先生に叱られないように、みんなに本当のことを申し上げたんですが。
どうか、いよいよ時が来たということを、皆さんがピシッとこう腹に納めて頂いて、勇猛精進頂くようにお願い申し上げまして、今日の説法を終わりと致します。
ご清聴、有り難うございました。今日は池田さんの説法を聞いておって、なるほど、池田さんがちょうど妙佼先生のような調子でやったので、妙佼先生がいた時分のことを思い出して、ずいぶん乱暴な説き方のようだけれど、それは慈悲がこもっておるから、決して乱暴と思わないで、皆さんが喜んで入会した。ですから一年に倍ぐらいどんどん伸びていった。ですから二階屋を建てて、第二道場が二階で建ったけれども間に合わなくてすぐに三階を乗せるというような、ものすごい勢いでどんどん伸びたものです。ところが今日になって、世界中から評判がよくなって、日本の国の中でも外のいろいろの宗教の方も、みな佼成会に学びたいというようなことをおっしゃるようになった。そうなってから導きができないというのは、これはどうかしている。これはよほど、妙佼先生が霊界でじだんだ踏んでると思うんですよ。「何してる、親爺」と言って怒ってる。
ですから、今日は妙佼先生に叱られないように、みんなに本当のことを申し上げたんですが。
どうか、いよいよ時が来たということを、皆さんがピシッとこう腹に納めて頂いて、勇猛精進頂くようにお願い申し上げまして、今日の説法を終わりと致します。
ご清聴、有り難うございました。