初め人間は一人だった
私共一行を、最初から最後まで側にいていろいろと面倒みて下さった方、この方はクレミントという名前の司教さんだったんですが、この方が、ロシア正教のバイブルの一節を教えてくれた。どの宗教も同じようなことになるもんだなあと思ったんですが、「初め、人間は一人であった」と。これは宇宙の成り立ちを教えてるんですが、初めは一人であった。一人からだんだんと増えてきたんだと。「だから宗教は一つだ」と、こういう言葉がロシア正教のバイブルの中にあるんだそうです。なかなか面白いですね。こういう言葉で、ロシア正教では万教同根ということを教えているんだそうです。
信仰心の篤いソ連の人々
ザゴロスという大修道院へもご案内頂いたのですが、「これは300年前の建物」、「これは150年前」「これは100年前」と説明を受けたんですが、その中に入ってみますと〝信は荘厳より生ず〟というのはこのことだと思いましたね。なるほど、まさしくここから信心が起こるんだなあと。柱など、どれもこれもみんな金ピカでまぶしいほどでした。いろいろな絵も飾ってあったんですが、額縁まで金ピカ。
そしてまた、そこでのお祈りの声が、また何ともいえないいい声なんです。革命後はしばらく信教の自由というのはなかったらしいんですが、最近はこの信教の自由というのも大事だということになってきているんだそうです。今年、ロシア正教の学校、神父さんを養成する学校なんですが、そこへ入学した若者が100名いるそうです。去年は90名、今年は100名。
私はまた修道院と言うものですから西ヨーロッパの修道院を連想いたしまして、てっきり女性の尼さんの学校かと勘違いしておりましたら、全員男性なんですね。そして、どういう基準で選考されるのかと申しますと、声のよさも一つの基準になるんだそうです。そのように、何千万というロシア正教の信者の中から、声のいい人だけが選ばれて入学してくる。その方々がこの日のお祈りをやっておられたのですから、それはすばらしいものでした。
小さな、佼成会でいえばお経典ですが、これを手に持ちまして、肩には金ピカの凄い袈裟をかけているんですが、長いものですからその端を手に巻いてお祈りをなされる。音頭を取られる方が、また一段とすばらしい声で音頭を取られる。その両側に黒い服を着た方々が20人くらい居並びまして、一斉に唱和なされる。その声がまたすばらしいんです。
ここの建物は鉄筋かと思っておりましたら、木造だというんですね。木造だとすると、いったいどんな手入れをしてるのか。300年経っているというのに全然毀れたところがなくて、ピカピカなんです。相当なお金をかけなければとてもあれほどきれいにはしてられないはずです。それを見まして、ソ連の方々の信仰心の篤さというものがよく分かりましたね。