この万灯行列は皆さんご承知のように、お金持ちの立派な万灯と、貧者の一灯─貧乏ではあるけれども自分の頭の毛を売ってまで、お釈迦さまの説法に歩きなさる足元を照らそうとする真心の灯火、その真心をお釈迦さまはお喜びになりおほめになられました。
風が吹いたら立派な万灯の灯火は消えたけれども、貧者の真心であげたところの灯火は、どんな風にも消されなかったという諺も残っております。そのように私どもの真心の灯火というものは、格好よく立派に大げさなことをすることだけが、決して喜こばしいことではないのです。
私どもといたしましては、このご法を説くお釈迦さまの足元をよく照らして、どこまでもこのご法が弘まるようにという意味が、きょうの万灯行列にあるわけであります。
法の弘まるところ、法の弘める場所を明らかにしておくということは、そういう大きな一つの信念・信心から出てくるところの、身をもっての布施が一番大事である。こういうことも含めた万灯行列になるわけであります。どうかきょうは、そういうことをもう一ぺん思いおこして、法華経を弘める役目というものがいかに大事なものであるか、そしてその役目を果そうというところに真の救いがあるということを信じて、行じていただきたいと思います。