世界宗教としての自覚を
京都会議にきた人で、ルッカーという哲学博士ですが、婦人で、六十四歳で私より一つ若く偉い人ですね。顔を見ると私よりうんと若いけれども、この方は結婚をしないで哲学の勉強をして、カソリックの人ですが、キリスト教の方々は大変なところに直面していなさるなあと思ったのですが、女性には絶対に説法をさせないんだそうであります。今日の説法は渋沢さんがいたしましたがね。ところがカソリックは二百年の伝統を持って女性には説法を、あいならぬという、これは男女不平等ですね。ところがルッカー婦人が非常に清らかな修行をしながら、整然たる理論をつきつけて、とうとう十五年前に、婦人第一号、ルッカー婦人なんですね。なかなかすばらしい人なんです、その方が平和会議で京都に来たわけです。そして最後のお祈りを、この普門館でやったわけです。このことを終生これほどのことはもう私にはこないといって喜んでおられた。そういう気持ちなものですから、去年の十一月、ニューヨークに於て、私どもの役員会で、この次は西ドイツがよいのでないかということになったものだから一生懸命に、十一月から今日まで活動したのだけれど、なかなかみなさんが賛成をしてくれそうにないので、応援に来てくれということで行ったわけであります。
そして行ってお話しをすると、これまたふしぎなことに、私は言葉が通じないから通訳を通じての話なんですが、京都会議の話しをして、宗教協力の肝心かなめのことを、必要性を徐々に話しをすると、お会いするみなさんが「あなたの言うことならわかる。それじゃ協力いたします。七十四年、西ドイツということはそりゃまことに時宜を得てる。われわれはできるだけのことはいたしますから、ぜひ西ドイツでやるように、あなたもひとつお骨折りを願いたい」というので、まことに変わった空気になりました。
ルッカー婦人はびっくりぎょうてんして、平和会議の事務総長ジャック博士と西ドイツのそういう人のところへ回ったけれど、うまくいかなかった。それが私が行なったら最初から皆さんが受け入れてくれるようになった。次から次への協力するということを皆さんが誓ってくれる。それでおもしろく展開をしましてね、毎日毎日、朝から晩まであっちこっちと、行なったわけであります。