譬諭品第三にありますように、「今此の三界は皆是れ我が有なり。其の中の衆生は悉く吾が子なり」と、この宇宙はみんな自分のものであると、こうお釈迦さまはおっしゃっておられる。仏さまの方からしては、キリスト教徒だからとかイスラム教徒だからとか、そんなことはちっとも差別をしておられない。悉くが我が子なんだと、こうおっしゃっておられる。そして、「而も今此の処は諸の患難多し。唯我一人のみ能く救護を為す」と。この娑婆というところはなかなか苦労の多いところなんだ、たいへんな苦の娑婆だと。
たしかに苦はあるようでございます。考えようによっては……。しかし、その苦はどういうところから起こってきているのかと言うと、それは自分自身の心から起こってきているのである。だから、自分自身の心をよくよく吟味をしてみなさいと。そうして自分の心を吟味してみるというと、やっぱり「諸苦の所因は貪欲これ本なり、若し貪欲を滅すれば依止する所なし」と。あってもあっても、いや、あればあるほど欲をかきたいのが人間なんですね。
その貪欲をほどほどにすればいいということ、これがちゃんと分かったならば苦の因縁なんてものはない。無なんですよ。この世界はみんな無なんです。やはり諸法は無我なんです。我というものはないんです。〝オレがオレが〟というような我はないんだ。仏さまは私共がどういう考え方になって、どういうことに注意して行じたらどういう結果が出てくるかということを、実に合理的に、理論的に、もう、ビシッと教えて下さっているわけであります。苦が出てくるというのは、三毒というものを持って生まれてきているからなんだから、貪欲、瞋恚、愚痴という三毒というものをなくしてしまえばなんの苦もなくなるんだと、こういうわけであります。