そういう意味で、何と言っても毎日のようにお目にかかる、宗教の本部として、全国から、または世界じゅうからおいでになる方々を受け入れるところの、旗本の一番ひざ元の信者さん、特にきょうお集まりいただきました幹部の皆さま方。皆さま方の行動が菩薩行としてどなたにも崇高に、尊厳に見えるか見えないかということが今後の問題でございます。内省において大安心を持っておれば、目は心の窓だと言われるわけであります。心がちゃんと穏やかでありますれば、目の方にすっきりとした窓があらわれるわけであります。
どうかそういう意味で、皆さまの信心をこの法輪閣という閣の中から、また、本部の雰囲気にお運び願ったすべての方に──信心のある人もない人も──信仰というもの、仏教というもののあり方を示すのはここであります。法輪を転ずることが可能であるかどうかということにかかっておると思うのであります。
ある宗教家が「庭野さん、もうこんな大きな普門館を建てたからあともう建てなさるな」と、これは今日もう百二歳になっておる──よく世間の人が、高いところから飛びおりるのを、清水の舞台から飛びおりるようだなんて言うんですが、清水の百二歳の大西良慶先生がこの普門館をごらんになってびっくりされて、「会長はえらいものを建てたなあ」と、「もう建物は建てなさるな」と言われたのでありますが、世界を舞台にしてやるためには、法輪閣というものが必要であると考えまして、お年寄りの意見も聞かずに黙ってここへ建ててしまいました。現在百二歳でかくしゃくとしておりますので、これが落成したらまた一遍大西良慶先生をお招きして「ちょっとお言葉に逆らいましたけれども、日本的で、清水の舞台を思わせる、しかも外国の方が来たら一遍目を覚ましていただく法輪閣をつくりました」と報告をいたしたいと、こんなふうに考えておるわけでございます。(拍手)
どうかそういう意味で、いま拍手をした方々は大いにご寄進を願いまして、内装が本当に二十世紀の宗教建築としてすばらしいものだというように仕上げていただきたいと念願をいたしておるものでございます。
いよいよ今後も、この法輪閣が荘厳に、そして尊厳さを持ったところの宗教建築としての落成を目指して、皆さま方の一段とご協力をお願い申し上げましてごあいさつにかえます。ありがとうございました。(拍手)