いままでは、世界中の人が私どもが提唱したことに耳をかして「相談してみよう。話し合ってみよう」と、いうことはありませんでしたが、第二次世界大戦が終わり、日本中焼土と化し、広島や長崎で何十万という人間がいっぺんに損害を受け、そして戦争をしない憲法をつくり、平和に徹して一生懸命にがんばってきました。
そういうわれわれの素直な努力。平和に徹した国民が二十五年間で、こんなに豊かになりました。そうしたことを外国の人がごらんになって、宗教家も、やはり日本の宗教家のいうことも一理ある――こうなりまして耳を傾けはじめたわけであります。
まだ、とても世界万国をこの法華経によって……ということではございませんが、皆さんが一つの原動力になって、お互いにかみしもをぬいで、一介の人間になって「宗教の本義とはなんぞや」を、謙虚な気持ちで、神さま、仏さまの前で、しっかりと考え直してみようではないか、というのでそもそもはじまった世界会議ですから、これは、妙佼先生に神さまがご降臨になってお告げくださいましたことが、少しずつ実現の一途をたどりつつあることは事実だと私は思うのであります。
いよいよそうなってまいりますと、皆さんあまり甘えて「お役が重荷になって大変だ」と、いわれないと思います。これが難信難解のところです。
仏さまのお説のとおりに実行すれば、仕方がないほど幸せになるのです。そのとおりお役を果たさないと、法華経の経力はあらわれません。
ですから、われわれが「一心に仏を見たてまつらんと欲して。自ら身命を惜しまず。寸暇もたいせつに、仏さまのみ心を体して、仏さまの本願成就のために働かせていただきます。尽くさせていただきます」――この誓願を私どものほうでたてなければ、できないことでございます。
それら、いろいろの問題を考え合わせますと、凡夫が想像もつかない神さまのおはからいを、妙佼先生のからだを通じて私どもにくださったのであります。
そして、私どもに課せられた世界万国に対して法を弘める、という使命を命令されて遷化されたわけであります。