われわれの努力でご神示が実現へ
われわれは、七つのたとえにあるように仏さまからみれば『信解品』に書かれている窮子のように、二十年間も仏さまと親子の名のりができないでいるのです。
また『五百弟子受記品』に――。
ある人が友人の家に行き、寝ている間に友人が公用があってでかけるので、その人の衣のえりの裏に無価の宝珠をつけてでて行きました。ところが、その人はそんなことをしらずコジキをして毎日食べるだけにきゅうきゅうとしていたわけです。
そして何年間たって友人が、その人にあってみましたら、まだもとのままえりの裏に宝珠がある。それをみて友人は「あなたの衣の裏をごらんなさい」と、えりの裏に無価の宝珠があることを教えてあげるのです。
この宝珠を与えたのは仏さまで、公用があってでかけた、ということは、ほかにもまだ救ってあげなければならない人が大勢いるので、そちらへ行ったわけであります。そして再びあってみると、まだコジキをしている。これがわれわれの状態でございます。
そういう法門がここに厳然とあることを証明するために、妙佼先生は二十年間寿命を増益して、その役を果たしてくださったわけであります。ですから、妙佼先生は実にきびしかったのです。
きびしいということは、お互いさまにいまも同じでありますが、当時の人は、いま以上にもっと業障だったかもしれません。そういう人たちに目ざめさせようとするのですから、並みたいていの修行では目ざめられません。
ですから、いろいろとあとからあとから仏さまのお告げでやかましいことをいわれる。そのうちに「佼成会がもとになって、世界万国に法華経の思想が弘まる」と、いうご神示がありました。