まず信仰者から一大決意で〝自己変革〟を
どうか、そういう意味で、お盆がまいりまして──正月は、今年こそはというので、たいへんスタートはうまくやったわけであります。しかし、だんだんと晩酌を飲んだりしているうちに、一年の計を決めたのが、少しばかり途中で狂ってしまって、お導きをしよう、仏性開顕をしようというようなことも、去年からみなさんの耳に入っているはずでございます。ところがいよいよとなってみると、どうも、今日も明日も、それほど別にあかぬけてやらなくとも、なんとかうまく治まっていくもんだから、まあまあと半年過ぎてしまったと、あとの半年は寝て暮らすことになったらば、これはたいへんです。
まあこのへんでひとつ目を覚まして、後の半年をいかにするかと、こういうことが、この盂蘭盆会の意義ではなかろうかとも思うわけです。
ですから、ここからまた出発をして、一人が一人を導く。まず人さまを導けるだけの、どなたが見ても感心して、あなたの弟子にしてくださいという人ができるような歩み方をしなけりゃならん年だと──こういう心意気をもつのが、佼成会の本年の心意気ではないかと、私は考えておるわけであります。
先般、九州の佐賀県の明社大会にまいりました。旅館に着いて、二人のお給仕の方がおいでになったのですが、このお二人の話を聞いてみると、これは宗教家が気をつけなければならないことだなあと感じる一コマがあったわけです。
立正佼成会の会長が来るんだというわけで、そんな宗教家なんていう窮屈な人のお給仕なんかするのはいやだというので、クジ引きをしたというんです。そうしたところが、女中さんが一人では粗相があってはいけないというんで、二人あてようということになったそうです。ところが、どうしても私はそんな面倒くさいことはいやだから代わってほしいというので、女中頭のところへ行って押しつけた。女中頭はそれはなかなかできた人で、ああそうかと、それじゃ仕方がないから、私が引き受けようというので引き受けてくださった。それからもう一人の人はお姉さんがついてくださるんなら、私は後についていくんだから大丈夫だというので、結局女中頭と二人が決まったわけです。
いよいよ私が行きまして、お夕飯になって、お給仕をしてくださる。お給仕をしていただくというのは、浅からざるご因縁だから、ひとつお姉さん方のご因縁を聞かしていただきたいというので、お名前の鑑定をはじめた。ところが、スラスラッと正直に述べて、こうこう、こういうわけで、こういう運命を通ってきたでしょうというと、その通りでございます。そんなことまで分るんですかと感心しているわけです。──そして、いろいろと話を聞いたところが、今の物語になって、当番を押しつけられたんだと、しかし、会ってみたら、まことにけっこうな会長さんで、これなら何もそんな代わるほどの面倒をする必要はなかったというわけで、いろいろ話をしているうちに、そのお二人はその晩のうちに入会をして、そして、もう明朝から勤行をともにさせてくださいというわけで、お経をちゃんと後についてあげるわけです。