Founder’s Dharma Guidance Text, “Gudo,” 1975 Ullambana Ceremony
目連尊者のお母さんの教訓
本日は盂蘭盆会、誠におめでとうございます。たいへん永い梅雨が続きましたが、さすがにお盆ともなりますと、お天気もこのように恵まれまして、みなさまのご参拝にもたいへんによかったと思います。
お盆をむかえますと、毎年のことでございますが、目連尊者のお話がいつも出てくるわけでございます。このお話も、もうみなさんは耳にタコができるほど、充分お分りのことと存じますが、人間のすべてを代表して、慳貪の罪というものを目連尊者のお母さんの話になぞらえて、現代のわれわれにも教えてくださっているようであります。
世界中が物騒な時代で、いつ、どうなるか分らない。ある一面からいうと、特に日本などは自由で、物も充分あって、まことに幸いといえば、これほどの幸いはないのじゃないかと思うのであります。ところが大衆はいっこうに安心がつかない状態にある。そういう状態を考えまして、どうしてこういうことになっているのかと、もういっぺん問い返してみると、いいと思うんであります。
その帰するところは、この盂蘭盆会の起こりのように、どうしても自分のこととか、自分の家族とかという、まことにみみっちいことばかりに全力を注いでしまって、人のためとか、社会のためとか、世のためとかということを考えない。そしてその行きつくところはというと、物があっても思想が自由であっても、なおかつ安心がつかない。こういう状態になっておるわけであります。
先般、アジア太平洋地域の宗教者が集まって、まずアジアのもっておるいろいろなトラブル──そういうものに対して、宗教者はどのようなことをしなければならないか、また何をなし得るかという問題で「アジア宗教者平和会議」の準備会をシンガポールで開いたわけであります。
シンガポールへ行ってみますと、東京の人口の五分の一しかないんですね。そして非常に政治家が大衆から信頼されているんです。恐らく今アジアで、政治家を信頼している国は、シンガポールだけじゃないかなあと、私この間行って、日本の大使からも話を聞いて、感じたわけであります。
今、アジアの宗教者が集まって平和会議を開こうという考えで、事を進めているわけです。アジアが治まらないと、世界が治まらない。そういう意味で非常に大切な会議じゃないかということで、是非開きたいという念願をもってまいったわけであります。目連尊者のお母さんの教訓
本日は盂蘭盆会、誠におめでとうございます。たいへん永い梅雨が続きましたが、さすがにお盆ともなりますと、お天気もこのように恵まれまして、みなさまのご参拝にもたいへんによかったと思います。
お盆をむかえますと、毎年のことでございますが、目連尊者のお話がいつも出てくるわけでございます。このお話も、もうみなさんは耳にタコができるほど、充分お分りのことと存じますが、人間のすべてを代表して、慳貪の罪というものを目連尊者のお母さんの話になぞらえて、現代のわれわれにも教えてくださっているようであります。
世界中が物騒な時代で、いつ、どうなるか分らない。ある一面からいうと、特に日本などは自由で、物も充分あって、まことに幸いといえば、これほどの幸いはないのじゃないかと思うのであります。ところが大衆はいっこうに安心がつかない状態にある。そういう状態を考えまして、どうしてこういうことになっているのかと、もういっぺん問い返してみると、いいと思うんであります。
その帰するところは、この盂蘭盆会の起こりのように、どうしても自分のこととか、自分の家族とかという、まことにみみっちいことばかりに全力を注いでしまって、人のためとか、社会のためとか、世のためとかということを考えない。そしてその行きつくところはというと、物があっても思想が自由であっても、なおかつ安心がつかない。こういう状態になっておるわけであります。
先般、アジア太平洋地域の宗教者が集まって、まずアジアのもっておるいろいろなトラブル──そういうものに対して、宗教者はどのようなことをしなければならないか、また何をなし得るかという問題で「アジア宗教者平和会議」の準備会をシンガポールで開いたわけであります。
シンガポールへ行ってみますと、東京の人口の五分の一しかないんですね。そして非常に政治家が大衆から信頼されているんです。恐らく今アジアで、政治家を信頼している国は、シンガポールだけじゃないかなあと、私この間行って、日本の大使からも話を聞いて、感じたわけであります。
今、アジアの宗教者が集まって平和会議を開こうという考えで、事を進めているわけです。アジアが治まらないと、世界が治まらない。そういう意味で非常に大切な会議じゃないかということで、是非開きたいという念願をもってまいったわけであります。シンガポールも全く私どもと同じ考えでいるのです。何と不思議なことだろうと思ったんですが、──日本の宗教連合会・日宗連というのがあります。これは私ども新宗連も加わって、日本の宗教全体が全部、スッポリと加入したという本質的な宗教の連合体とでもいいますか、それが二十五年前にできたのであります。くしくもその同じ年に、シンガポールでも連合体ができたというのです。またシンガポールには、そのなかに仏教が相当あるのですが、その仏教のなかでも、在家教団ができたのが、これまた不思議なことに佼成会の発足した年で、今から三十七年前だというのです。何と不思議なことだろうと思って、私は年を数えてみたんですが、間違いないんです。むこうのほうの話を聞きますと、まさにそういう不思議なご縁があるわけです。
そして、とにかくシンガポールの宗教者の連合体が団結をして、それこそ双手を上げて私どもを、待ちこがれて迎えてくれました。そして是非とも、アジアの宗教者を全部集めた平和会議を、一日も早く開いてほしいというのです。しかも宿はシンガポールがさせてもらいたいと──まあ、こういうことでたいへんな熱意をもって迎えられたのであります。
アジアでは、この間までタイという国などはほとんど仏教国でありまして、国教のような形になっていたのです。宗教が一つでありますから、非常にまとまっていて良い国であったわけです。
ところが最近、ベトナムが陥落致しますと、今度はタイに一番危険な空気が押し寄せてきた。それで信頼があるないということもさることながら、政治的に安定していない状態なんです。アジアの諸国がほとんどそういう状態なんであります。
日本という国は幸いにも、もう三十年間戦争がなくて、平和憲法のもとに「思想の自由」も、まったく自由放題なほどに自由にしていただいて、そして経済がどんどん発展してきた。こういうなかに生きておりますから、私どもは人間としてこれほど幸福なものはないような世の中を、三十年間ずーっと過してきたわけです。そして、そういう状態が続いてどんなことが出てきているかというと──本日のこの盂蘭盆会の話の一番の根源である、人間一人ひとりのエゴというもの──自分の都合だけを考えて、国のためとか、社会のためとかは考えなくなってしまう。そういうところに非常な不安感が生じてくるわけです。私はそのことをつくづくシンガポールにおいて反省させられたわけであります。シンガポールも全く私どもと同じ考えでいるのです。何と不思議なことだろうと思ったんですが、──日本の宗教連合会・日宗連というのがあります。これは私ども新宗連も加わって、日本の宗教全体が全部、スッポリと加入したという本質的な宗教の連合体とでもいいますか、それが二十五年前にできたのであります。くしくもその同じ年に、シンガポールでも連合体ができたというのです。またシンガポールには、そのなかに仏教が相当あるのですが、その仏教のなかでも、在家教団ができたのが、これまた不思議なことに佼成会の発足した年で、今から三十七年前だというのです。何と不思議なことだろうと思って、私は年を数えてみたんですが、間違いないんです。むこうのほうの話を聞きますと、まさにそういう不思議なご縁があるわけです。
そして、とにかくシンガポールの宗教者の連合体が団結をして、それこそ双手を上げて私どもを、待ちこがれて迎えてくれました。そして是非とも、アジアの宗教者を全部集めた平和会議を、一日も早く開いてほしいというのです。しかも宿はシンガポールがさせてもらいたいと──まあ、こういうことでたいへんな熱意をもって迎えられたのであります。
アジアでは、この間までタイという国などはほとんど仏教国でありまして、国教のような形になっていたのです。宗教が一つでありますから、非常にまとまっていて良い国であったわけです。
ところが最近、ベトナムが陥落致しますと、今度はタイに一番危険な空気が押し寄せてきた。それで信頼があるないということもさることながら、政治的に安定していない状態なんです。アジアの諸国がほとんどそういう状態なんであります。
日本という国は幸いにも、もう三十年間戦争がなくて、平和憲法のもとに「思想の自由」も、まったく自由放題なほどに自由にしていただいて、そして経済がどんどん発展してきた。こういうなかに生きておりますから、私どもは人間としてこれほど幸福なものはないような世の中を、三十年間ずーっと過してきたわけです。そして、そういう状態が続いてどんなことが出てきているかというと──本日のこの盂蘭盆会の話の一番の根源である、人間一人ひとりのエゴというもの──自分の都合だけを考えて、国のためとか、社会のためとかは考えなくなってしまう。そういうところに非常な不安感が生じてくるわけです。私はそのことをつくづくシンガポールにおいて反省させられたわけであります。善に徹した生き方にははかり知れない力がある
シンガポールでは、やはり自由ということ──人間は誰しもがみんな自由を望むわけです。不自由を望む人なんかいないわけです。ところが自由にしておくというと、みんなでたらめでうまく事が治まらない──そこで、たとえばタバコの吸いがらをですね、ポイッと投げ捨てる。吸いがらを外へ投げるということは、街をそれだけ汚すことであり、うっかりしていると火災にもなりかねない問題で、悪であります。こういう悪は見つかりしだい、五百ドルの罰金をとられるのです。罰金という言葉はあまり響きがよくありませんが、罰則がないと人間はやっぱり、勝手に何でもポンポン放り投げたりして、街を汚しても平気でいる。
五百ドルというとアメリカドルで十五万円ですが、むこうのはアメリカドルの半分ぐらいですから、七万五千円ぐらいになります。とにかく、それだけの罰金を徴収されるわけです。ですから、誰も簡単に捨てなくなってきたんですね。しかし、そんなに罰則、罰則とやったら反感を持つんではないかと思うのですが、二百三十万の国民が全く政府を信頼してですね。これでこそ人間らしい生活になるのだという心意気で、みなさんが政府の方針に参画してですね。もうまちがったことをした者は、片っぱしから捕まえて罰則にかける。まあ罰則がなければなおらんというのが、まことに心細い次第ですけれども、罰則がみんなの支持を受けて、罰するほうの政府に、ほんとうの信頼をもっているという状態は、私は非常にすばらしいことではないかと、そう思うわけです。日本の政治の流れを変えなきゃいかんというので、自民党はみっともない金権政治の汚なさを暴露して、そして今度は同じ自民党のなかでも、最も清潔な人であるという三木さんを選び出したわけです。
三木さんは政治の流れを変えるといって、たいへんに題目はすばらしいし、イメージ・チェンジにはまことにうまくいったんです。人気がなく、国民には信用のない政治家がいたけれど、与党が割合に地方選挙で、ある程度の成績をおさめて、まず一応、一安心という結果になったわけです。われわれは国のなかで、ごたごたが起きるのを望んでいるわけではありませんから、まあ政治がなだらかにうまくいってくれることを願っておりますけれども、いっこうにこれはまたはっきりできない。いろいろなこといってみても、なかなか国民一人ひとりの自覚が変わるということ、そして議員諸公の頭も切り換えると──洗脳しなきゃならんという、まったくそれは三木さんのお題目の通りの方向に変えて、きれいな踏み出しをしなけりゃならないと思うのであります。しかし、それはなかなか不可能なのであります。善に徹した生き方にははかり知れない力がある
シンガポールでは、やはり自由ということ──人間は誰しもがみんな自由を望むわけです。不自由を望む人なんかいないわけです。ところが自由にしておくというと、みんなでたらめでうまく事が治まらない──そこで、たとえばタバコの吸いがらをですね、ポイッと投げ捨てる。吸いがらを外へ投げるということは、街をそれだけ汚すことであり、うっかりしていると火災にもなりかねない問題で、悪であります。こういう悪は見つかりしだい、五百ドルの罰金をとられるのです。罰金という言葉はあまり響きがよくありませんが、罰則がないと人間はやっぱり、勝手に何でもポンポン放り投げたりして、街を汚しても平気でいる。
五百ドルというとアメリカドルで十五万円ですが、むこうのはアメリカドルの半分ぐらいですから、七万五千円ぐらいになります。とにかく、それだけの罰金を徴収されるわけです。ですから、誰も簡単に捨てなくなってきたんですね。しかし、そんなに罰則、罰則とやったら反感を持つんではないかと思うのですが、二百三十万の国民が全く政府を信頼してですね。これでこそ人間らしい生活になるのだという心意気で、みなさんが政府の方針に参画してですね。もうまちがったことをした者は、片っぱしから捕まえて罰則にかける。まあ罰則がなければなおらんというのが、まことに心細い次第ですけれども、罰則がみんなの支持を受けて、罰するほうの政府に、ほんとうの信頼をもっているという状態は、私は非常にすばらしいことではないかと、そう思うわけです。日本の政治の流れを変えなきゃいかんというので、自民党はみっともない金権政治の汚なさを暴露して、そして今度は同じ自民党のなかでも、最も清潔な人であるという三木さんを選び出したわけです。
三木さんは政治の流れを変えるといって、たいへんに題目はすばらしいし、イメージ・チェンジにはまことにうまくいったんです。人気がなく、国民には信用のない政治家がいたけれど、与党が割合に地方選挙で、ある程度の成績をおさめて、まず一応、一安心という結果になったわけです。われわれは国のなかで、ごたごたが起きるのを望んでいるわけではありませんから、まあ政治がなだらかにうまくいってくれることを願っておりますけれども、いっこうにこれはまたはっきりできない。いろいろなこといってみても、なかなか国民一人ひとりの自覚が変わるということ、そして議員諸公の頭も切り換えると──洗脳しなきゃならんという、まったくそれは三木さんのお題目の通りの方向に変えて、きれいな踏み出しをしなけりゃならないと思うのであります。しかし、それはなかなか不可能なのであります。それはやっぱり、目連尊者のお母さんも個人エゴで、自己のエゴというものをみんな人間はもっておる。それを自由に野放しにすれば、かくの如くなるぞということを如実に見せておるわけであります。それにくらべて、罰金を一つひとつ取り上げて、悪というものに対しては、万民がこれを憎んで直そうという、お互いが自戒自粛しようという国民、これは、たとえ国は小さくともすばらしい国民なのであります。
日本の国は資源がないといいますが、シンガポールも日本以上に資源がないのです。もっとも顕著なものは、飲み水が六十パーセントしか自分の国では補えないというのです。それでマレーシアのほうから水を買っているわけです。ですからわれわれが石油を買うのと同じように、シンガポールでは毎日の洗濯から飲み水まで、水を買わなければならん──それも四十パーセントも買っているわけですから、たいへんなことであります。そういう国でありますから、勝手なことをいって、それこそ自由放題になっておったら、これは国が治まらないと思うんであります。
ところが悪条件のところの人は何をいっているかというと、宗教団体では日本の宗教界を学べというし、経済界では日本がアジアの第一等国だから、その日本に学べと──こういうことをいってむこうの人は日本人をたいへん高く評価しているわけです。その国へ行って、私どもはいろいろと歓待されながら、準備会議を三日間やりました。終ってから二日ばかり余裕がありましたので、街を見物させていただいたり、一般のいろいろな方々とも多少お付き合いをさせていただきました。
そういうことをしてみると、人間というものがほんとうに善と悪とをはっきりとして、善にむかって進み出したならば、たとえ力が弱くともそれはすばらしいものだなあ──と私はそう思わずにはいられないような体験をさせていただいたわけであります。
この宗教連合会のこと、またちょっと悪いことをすると罰金をとられるということ、そして今、非常に真剣に貿易をやっておる……二百三十万ぐらいの国民ですから、ある程度景気はよろしゅうございます。そして日本は建築材料が最近非常に高騰したりしまして──過去十年から五年前の時代に比べると、最近は建築ブームも少々静かになっておりますが──シンガポールでは今、徹底的に街の改造やらなんやらで、建築ブームがたいへんなものです。それはやっぱり、目連尊者のお母さんも個人エゴで、自己のエゴというものをみんな人間はもっておる。それを自由に野放しにすれば、かくの如くなるぞということを如実に見せておるわけであります。それにくらべて、罰金を一つひとつ取り上げて、悪というものに対しては、万民がこれを憎んで直そうという、お互いが自戒自粛しようという国民、これは、たとえ国は小さくともすばらしい国民なのであります。
日本の国は資源がないといいますが、シンガポールも日本以上に資源がないのです。もっとも顕著なものは、飲み水が六十パーセントしか自分の国では補えないというのです。それでマレーシアのほうから水を買っているわけです。ですからわれわれが石油を買うのと同じように、シンガポールでは毎日の洗濯から飲み水まで、水を買わなければならん──それも四十パーセントも買っているわけですから、たいへんなことであります。そういう国でありますから、勝手なことをいって、それこそ自由放題になっておったら、これは国が治まらないと思うんであります。
ところが悪条件のところの人は何をいっているかというと、宗教団体では日本の宗教界を学べというし、経済界では日本がアジアの第一等国だから、その日本に学べと──こういうことをいってむこうの人は日本人をたいへん高く評価しているわけです。その国へ行って、私どもはいろいろと歓待されながら、準備会議を三日間やりました。終ってから二日ばかり余裕がありましたので、街を見物させていただいたり、一般のいろいろな方々とも多少お付き合いをさせていただきました。
そういうことをしてみると、人間というものがほんとうに善と悪とをはっきりとして、善にむかって進み出したならば、たとえ力が弱くともそれはすばらしいものだなあ──と私はそう思わずにはいられないような体験をさせていただいたわけであります。
この宗教連合会のこと、またちょっと悪いことをすると罰金をとられるということ、そして今、非常に真剣に貿易をやっておる……二百三十万ぐらいの国民ですから、ある程度景気はよろしゅうございます。そして日本は建築材料が最近非常に高騰したりしまして──過去十年から五年前の時代に比べると、最近は建築ブームも少々静かになっておりますが──シンガポールでは今、徹底的に街の改造やらなんやらで、建築ブームがたいへんなものです。そういう勢いのなかで、今度は宗教家は宗教家として、お互いが協力をする。日本の宗教連合体は世界第一に整っている。これは私、よその国へ行っても自慢をしているのであります。日本は大して自慢するものはないんですけれども、宗教の数が日本は世界一であります。十八万も宗教団体があるんですから──。文部省に報告されているのをみると──県をまたがって抱括されているところのいくつもの支部がある──そういう宗教団体は三百七十九あるんです(包括法人)。自分のところだけで宗教団体として届け出ているものは実に全国で約十八万もあるわけです(単位法人)。世界でこんなに宗教法人の多いところはありませんね。
そういう状態の国で、十八万の宗教団体が一丸となって、日本宗教連盟という形でもって統一されて、その人たちが世界平和のために貢献しようと立ち上がっているんだと──これはどこの国よりも日本は勝っていますぞと、ヨーロッパへ行っても、アメリカへ行っても、アジアへ行っても、これは堂々と私は威張ってくるのであります。
ところが今度、シンガポールへ行ってみますと、シンガポールでも二十五年前から連合体ができて、団結していると、そしてその団結ぶりが罰則が社会にはきちんとあるのとは裏腹にですね、これは罰則も何もないけれども、自発的に非常にみなさんが、他宗教と実にうまく、仲良く団結されているんです。そういう勢いのなかで、今度は宗教家は宗教家として、お互いが協力をする。日本の宗教連合体は世界第一に整っている。これは私、よその国へ行っても自慢をしているのであります。日本は大して自慢するものはないんですけれども、宗教の数が日本は世界一であります。十八万も宗教団体があるんですから──。文部省に報告されているのをみると──県をまたがって抱括されているところのいくつもの支部がある──そういう宗教団体は三百七十九あるんです(包括法人)。自分のところだけで宗教団体として届け出ているものは実に全国で約十八万もあるわけです(単位法人)。世界でこんなに宗教法人の多いところはありませんね。
そういう状態の国で、十八万の宗教団体が一丸となって、日本宗教連盟という形でもって統一されて、その人たちが世界平和のために貢献しようと立ち上がっているんだと──これはどこの国よりも日本は勝っていますぞと、ヨーロッパへ行っても、アメリカへ行っても、アジアへ行っても、これは堂々と私は威張ってくるのであります。
ところが今度、シンガポールへ行ってみますと、シンガポールでも二十五年前から連合体ができて、団結していると、そしてその団結ぶりが罰則が社会にはきちんとあるのとは裏腹にですね、これは罰則も何もないけれども、自発的に非常にみなさんが、他宗教と実にうまく、仲良く団結されているんです。まず誰かが「無償の奉仕」に徹しなければ
──「陰徳あれば陽報あり」──今回の会議は幹部が十一カ国から集まったわけであります。まず歓迎会が前の晩に行なわれたのであります。歓迎会のお当番が決っておりまして、儀式が終ると、さっそくお寺の方へご案内いただいて、仏教連合会の会長をしていなさる方のお寺へ行ったわけです。
また、このお寺がふるっているわけです。私どもの普門館と同じ「普」ですね、「普覚寺」というんですね。なかなかすばらしい大きいお寺です。そのお寺へ参りますと、お寺のお坊さんが、それこそ腕をふるって、真剣になってご馳走をこしらえて、十一カ国から集まったお客さまを賄うわけであります。品物が何品出るのかと勘定してみますと、何と十一品出たわけです。七品ぐらい食べた時に、もうお腹がいっぱいになって、あとはお手上げだと言っているのに、まあそんなことを言わずに、これからだというわけでですね、十一品出されたわけです。たくさんご馳走になったんであります。
ところが、この中に魚とか肉とかは一つもない。食べてみると肉のように感じたり、魚のように感じたりして食べていたんですが、上手につくられていて、お米の粉や麦の粉や、いろいろの工夫をされて、油でねったり、いろいろのやり方でもって、それを肉のようにして食べさせてくださるわけです。茸は入っておりましたけれども、野菜はあらゆるものを使いまして、そして山海の珍味のように食べさせるわけであります。
そしてまたお給仕がふるっているんです。一つのテーブルにみなさんが、だいたい七人ぐらいずつで座って、その間を縫うようにして小さいお子さん方がお給仕に出てまいりました。みんな檀家のお嬢さん方なんです。男の子も混っておりました。
お寺さんや神さまのところでは、お酒は禁じられておって飲ませない。ジュースなんです。冷たいジュースを後から後から……おいしいお料理をいただきながら、また追加が出てくるもんですから……まごまごしているというと、子供さんがちょろちょろと出てきて、何をするのかというと、ジュースをもってきて、ちょっと減るとすぐについでくれる。飲みきれないうちについでくれるわけです。これがまた実に真心がこもっていて、よくまめに子供さんがやってくれるわけです。こうして一晩を過ごしたんですが、早く終わるはずだったのが、何と十時頃まで歓待を受けまして、もう第一夜で、なるほどこれはたいへんなことだというわけで、予定を見てみますと、毎晩、今日は仏教、明日はキリスト教と、その次はイスラム教、そして今度はシーク教というように、毎晩会議が終わるとお夕飯をいただくために、その宗教連合会の会長さんのお寺へご案内をいただくわけであります。まあ毎日毎日、これではかなわんなあと思うほど、ありがたいんですけれども、四日も五日も続くとなると、弱音を吐くほどに歓待を受けました。まず誰かが「無償の奉仕」に徹しなければ
──「陰徳あれば陽報あり」──今回の会議は幹部が十一カ国から集まったわけであります。まず歓迎会が前の晩に行なわれたのであります。歓迎会のお当番が決っておりまして、儀式が終ると、さっそくお寺の方へご案内いただいて、仏教連合会の会長をしていなさる方のお寺へ行ったわけです。
また、このお寺がふるっているわけです。私どもの普門館と同じ「普」ですね、「普覚寺」というんですね。なかなかすばらしい大きいお寺です。そのお寺へ参りますと、お寺のお坊さんが、それこそ腕をふるって、真剣になってご馳走をこしらえて、十一カ国から集まったお客さまを賄うわけであります。品物が何品出るのかと勘定してみますと、何と十一品出たわけです。七品ぐらい食べた時に、もうお腹がいっぱいになって、あとはお手上げだと言っているのに、まあそんなことを言わずに、これからだというわけでですね、十一品出されたわけです。たくさんご馳走になったんであります。
ところが、この中に魚とか肉とかは一つもない。食べてみると肉のように感じたり、魚のように感じたりして食べていたんですが、上手につくられていて、お米の粉や麦の粉や、いろいろの工夫をされて、油でねったり、いろいろのやり方でもって、それを肉のようにして食べさせてくださるわけです。茸は入っておりましたけれども、野菜はあらゆるものを使いまして、そして山海の珍味のように食べさせるわけであります。
そしてまたお給仕がふるっているんです。一つのテーブルにみなさんが、だいたい七人ぐらいずつで座って、その間を縫うようにして小さいお子さん方がお給仕に出てまいりました。みんな檀家のお嬢さん方なんです。男の子も混っておりました。
お寺さんや神さまのところでは、お酒は禁じられておって飲ませない。ジュースなんです。冷たいジュースを後から後から……おいしいお料理をいただきながら、また追加が出てくるもんですから……まごまごしているというと、子供さんがちょろちょろと出てきて、何をするのかというと、ジュースをもってきて、ちょっと減るとすぐについでくれる。飲みきれないうちについでくれるわけです。これがまた実に真心がこもっていて、よくまめに子供さんがやってくれるわけです。こうして一晩を過ごしたんですが、早く終わるはずだったのが、何と十時頃まで歓待を受けまして、もう第一夜で、なるほどこれはたいへんなことだというわけで、予定を見てみますと、毎晩、今日は仏教、明日はキリスト教と、その次はイスラム教、そして今度はシーク教というように、毎晩会議が終わるとお夕飯をいただくために、その宗教連合会の会長さんのお寺へご案内をいただくわけであります。まあ毎日毎日、これではかなわんなあと思うほど、ありがたいんですけれども、四日も五日も続くとなると、弱音を吐くほどに歓待を受けました。そういうことで、みなさんがたいへん喜んでくださったわけです。このことをどうして心がけたのかを聞いてみましたら、びっくりしたのであります。──これはあんたが教えたんだと──京都で会議を開いた時に、会議が終ると東京へ行って、そして普門館でご馳走をしてくれたでしょう。(拍手)
あの新しい大きな大殿堂で、あらゆるご馳走を私どもは頂戴して帰ってきて、今度日本のあの代表が来たら、どのようにしてもてなすかというので心待ちに待っていたのだというわけです。
私は理屈ではないなあと思いました。やっぱりアジア人はアジア人で集まってみなければだめだなあという感じがしたのであります。まるっきりお付き合いがご親戚のような感じでもって、むこうの人は真剣に私どもを供応するという心づかいをしてくれているわけです。そんなふうですから、毎日の会議も実に和やかにですね、──いろいろの問題がたくさんでるわけです。最近はほんとうにたいへんな時代ですから、あの問題はどうするのか、この問題はどうかと、出る問題をみんな、それも大事だなあ、これも大事だなあと、項目をあげますと十七項目にもなったわけです。そんなに討議するわけにはいかんのです。分科会が十七だなんて、──京都では三つの会議に分かれたんですね。ルーベンでは四つですか、十七もあったら、これはたいへんで、どうにもならんわけです。こう思いましたところが、起草委員会というのが──これを整理してうまくやろうという委員会を設けたわけです。その方々が整理をさあっとやって、これとこれとは同じ場所でできるということで、これをまたさらに整理してうまいこと、四つの分科会にしようということに決まったわけです。
そういうことで一つひとつ信頼をもって、お互いが話し合うことになりますと、ややっこしい問題がいっぺんにすーっと整理がついてね、うまくいくわけです。その本はというと、やっぱり誰かが施しをしてみせるということが、まず先決なんです。
私はそういう意味で、本日十五日に、みなさんにこのことをご披露させていただくわけです。世界会議には、みなさんから特別のご支援をいただいて、ご奉仕までいただいておるもんですから、私どもは、代表だということで行かせていただいているわけです。それでも、むこうでは平和の使者として、神さまが遣わした人たちが来るなんていって、まあたいへんにオーバーに歓迎をしてくださったわけであります。そういうことで、みなさんがたいへん喜んでくださったわけです。このことをどうして心がけたのかを聞いてみましたら、びっくりしたのであります。──これはあんたが教えたんだと──京都で会議を開いた時に、会議が終ると東京へ行って、そして普門館でご馳走をしてくれたでしょう。(拍手)
あの新しい大きな大殿堂で、あらゆるご馳走を私どもは頂戴して帰ってきて、今度日本のあの代表が来たら、どのようにしてもてなすかというので心待ちに待っていたのだというわけです。
私は理屈ではないなあと思いました。やっぱりアジア人はアジア人で集まってみなければだめだなあという感じがしたのであります。まるっきりお付き合いがご親戚のような感じでもって、むこうの人は真剣に私どもを供応するという心づかいをしてくれているわけです。そんなふうですから、毎日の会議も実に和やかにですね、──いろいろの問題がたくさんでるわけです。最近はほんとうにたいへんな時代ですから、あの問題はどうするのか、この問題はどうかと、出る問題をみんな、それも大事だなあ、これも大事だなあと、項目をあげますと十七項目にもなったわけです。そんなに討議するわけにはいかんのです。分科会が十七だなんて、──京都では三つの会議に分かれたんですね。ルーベンでは四つですか、十七もあったら、これはたいへんで、どうにもならんわけです。こう思いましたところが、起草委員会というのが──これを整理してうまくやろうという委員会を設けたわけです。その方々が整理をさあっとやって、これとこれとは同じ場所でできるということで、これをまたさらに整理してうまいこと、四つの分科会にしようということに決まったわけです。
そういうことで一つひとつ信頼をもって、お互いが話し合うことになりますと、ややっこしい問題がいっぺんにすーっと整理がついてね、うまくいくわけです。その本はというと、やっぱり誰かが施しをしてみせるということが、まず先決なんです。
私はそういう意味で、本日十五日に、みなさんにこのことをご披露させていただくわけです。世界会議には、みなさんから特別のご支援をいただいて、ご奉仕までいただいておるもんですから、私どもは、代表だということで行かせていただいているわけです。それでも、むこうでは平和の使者として、神さまが遣わした人たちが来るなんていって、まあたいへんにオーバーに歓迎をしてくださったわけであります。まことにもったいないような会議を三日間、歓迎会やらお別れの会やらで、一週間むこうにおりましたけれども、そういうことになる本はというと、人間のエゴを捨てるということなんです。今、申し上げましたように国が違っても、人種が違っても、そんなことは全然おかまいなしで、まったくそれは、日本の神道でいう「八紘一宇」の精神、ほんとうに自分のうちの家族をお互いが愛するような、そういうように一つの国のような感じで話し合いができる──その本はというと、人間の欲望、エゴ、そういうものをスパッと捨てれば、たちまちにそこに極楽が現われてくるわけです。こういうことを私は今度の会議で、シンガポールのみなさま方の心意気と、宗教団体の幹部のみなさまのすべての行動を通して、ほんとうに大きな教訓をいただいてきたような感じがするのであります。
むこうにいわせると、それは日本の宗教団体が教えたんだといっているんですけれども、私どものほうはそれほどにはまいりませんで、あの普門館でやる時でも、どういう形にするか──日本宗教連盟がみんなでもってやるということになると、経費を頭割りにしなきゃならない。そうすると、東京まで来て、みんなをホテルに泊める。百何十人も泊めるというのは、たいへんなお金がかかると──その分配を出すといっても、出そうもない。苦肉の策で最後にはしようがないから佼成会におっつけてしまおうというんで、こちらのほうでも──むしろ任せてくれれば、こっちでやろうと──これはやっぱり、みなさんの応援がありますから気が強いわけです。どうせいろいろなことをやるのに、寄り合い所帯じゃ、うまくいかんから、うち一本やりでやらせてくれるのならやりよいということで、佼成会だけでやったわけです。(拍手)
そして、みなさんで稚児さんを出したり、いろいろなことをやって、百人もおいでになった方をあの普門館にお招きをして、大会を開いて、世界の平和の祈願を第一番にやったと──こういうことで、非常にこれはみなさんが力を入れてやってくださった。その真心というものが、来られた方々の心に、りっぱに届いているわけであります。まことにもったいないような会議を三日間、歓迎会やらお別れの会やらで、一週間むこうにおりましたけれども、そういうことになる本はというと、人間のエゴを捨てるということなんです。今、申し上げましたように国が違っても、人種が違っても、そんなことは全然おかまいなしで、まったくそれは、日本の神道でいう「八紘一宇」の精神、ほんとうに自分のうちの家族をお互いが愛するような、そういうように一つの国のような感じで話し合いができる──その本はというと、人間の欲望、エゴ、そういうものをスパッと捨てれば、たちまちにそこに極楽が現われてくるわけです。こういうことを私は今度の会議で、シンガポールのみなさま方の心意気と、宗教団体の幹部のみなさまのすべての行動を通して、ほんとうに大きな教訓をいただいてきたような感じがするのであります。
むこうにいわせると、それは日本の宗教団体が教えたんだといっているんですけれども、私どものほうはそれほどにはまいりませんで、あの普門館でやる時でも、どういう形にするか──日本宗教連盟がみんなでもってやるということになると、経費を頭割りにしなきゃならない。そうすると、東京まで来て、みんなをホテルに泊める。百何十人も泊めるというのは、たいへんなお金がかかると──その分配を出すといっても、出そうもない。苦肉の策で最後にはしようがないから佼成会におっつけてしまおうというんで、こちらのほうでも──むしろ任せてくれれば、こっちでやろうと──これはやっぱり、みなさんの応援がありますから気が強いわけです。どうせいろいろなことをやるのに、寄り合い所帯じゃ、うまくいかんから、うち一本やりでやらせてくれるのならやりよいということで、佼成会だけでやったわけです。(拍手)
そして、みなさんで稚児さんを出したり、いろいろなことをやって、百人もおいでになった方をあの普門館にお招きをして、大会を開いて、世界の平和の祈願を第一番にやったと──こういうことで、非常にこれはみなさんが力を入れてやってくださった。その真心というものが、来られた方々の心に、りっぱに届いているわけであります。昔から「陰徳あれば陽報あり」といわれています。日本宗教連盟のいろいろな思惑も表に出さんで、陰にかくれた徳を積ませていただくということなんです。おいでになった方々に喜んでいただけるように、平和への祈願を込めて、そしてみなさんに心ばかりのレセプションを開いて喜んでもらった。これを受けた方々は、一生のうちにあんなすばらしい大殿堂の新築の香りの高いところで、あのように違う宗教の団体が来て、それをもてなす。──私どもは、ほんとうにこれはもう考え直さなくちゃいけないというので、心を入れかえて宗教協力の貴さというものを味あわせてもらったというんです。あなたのところが手本なんですよ──と言われて、はあーそうなんですかというわけです。考えてみると、目に見えないところで、人さまに喜んでもらおうということで、施しをさせてもらった。それが今まさに生きて、世界中の宗教者がそういう考えに徐々になりつつある。
特にアジアの方は膚に感ずるほど──やはりものの考え方が、アジア人というのは、その点よろしいんですね。言葉が通じなくても、身体でもう通じてしまって、そして口をきかなくても、意味が分っちゃってるんですね。昔から「陰徳あれば陽報あり」といわれています。日本宗教連盟のいろいろな思惑も表に出さんで、陰にかくれた徳を積ませていただくということなんです。おいでになった方々に喜んでいただけるように、平和への祈願を込めて、そしてみなさんに心ばかりのレセプションを開いて喜んでもらった。これを受けた方々は、一生のうちにあんなすばらしい大殿堂の新築の香りの高いところで、あのように違う宗教の団体が来て、それをもてなす。──私どもは、ほんとうにこれはもう考え直さなくちゃいけないというので、心を入れかえて宗教協力の貴さというものを味あわせてもらったというんです。あなたのところが手本なんですよ──と言われて、はあーそうなんですかというわけです。考えてみると、目に見えないところで、人さまに喜んでもらおうということで、施しをさせてもらった。それが今まさに生きて、世界中の宗教者がそういう考えに徐々になりつつある。
特にアジアの方は膚に感ずるほど──やはりものの考え方が、アジア人というのは、その点よろしいんですね。言葉が通じなくても、身体でもう通じてしまって、そして口をきかなくても、意味が分っちゃってるんですね。欲の入れ物には底がない
──せめて足ることを知る心に──こういうことが順々に進んでおる。これを見まして、私はいかに人間のエゴというものが恐ろしいものかを痛感しました、と同時に私達が不安に感じていることも、仏さまがおっしゃるように「諸苦の所因は貪欲これ本なり」で、「貪欲を滅すれば依止するところなし」で、まことに心配がないわけなんです。ところが貪欲で物事を考えていくと、こんなに救われて、戦争なんか日本には起こりそうもない──こういう条件のなかにあっても、どうも安心がつかないなんてことになるわけです。そういう人が今、日本にはたくさんいるんです。
日本の国民はお医者さんの説からいいますとたいへんに病人が多い──なぜ病人になるかという、その病気の原因をだんだんと探求してみると、心の悩みからきている病気が非常に多い。そういうことを聞きますと、この狭い窮屈なところでも頑張って、政府を信じ、そして自分の善と悪とをはっきりとわきまえて、国民が踏み出す──こういう生き生きとした状態になれば、それは小さい国であっても、実にものすごい迫力をもって立ち向かうことができるのです。こういうように、日本人がここでいっぺんにですね、ふんどしの締め直しをして立ち直るということになれば、ぜいたく病の病人なんかいなくなるわけです。日本人の半分以上が病気だという統計が出ているわけです。
私どもの会が創立したのは、条件の悪い昭和十三年、その当時は実際に栄養が足りないために、どんどん倒れていく。そして肋膜なんていう病気、あるいは肺病なんて病気になる人は、栄養をとって養生をしておれば治るんです。しかし、栄養が足りないところに、さらに労働は欠かすことができない──どんどん戦争に持ち込もうというわけで、もう一億総動員で働かなくちゃならんという時代で、追いまくられておりますから、どんどん倒れてしまうような条件のなかにあったわけです。
そういった条件のなかでも、それを乗り越えて信仰をするような、気持のすばらしい人には、「衆生を悦ばしめんが為の故に無量の神力を現じたもう」とお経にあるように、どんどん病気が治ったんですね、その当時は……。ですから心を直すということが、いかに大事なことかということを、その時も、私どもは体験をしておるわけであります。欲の入れ物には底がない
──せめて足ることを知る心に──こういうことが順々に進んでおる。これを見まして、私はいかに人間のエゴというものが恐ろしいものかを痛感しました、と同時に私達が不安に感じていることも、仏さまがおっしゃるように「諸苦の所因は貪欲これ本なり」で、「貪欲を滅すれば依止するところなし」で、まことに心配がないわけなんです。ところが貪欲で物事を考えていくと、こんなに救われて、戦争なんか日本には起こりそうもない──こういう条件のなかにあっても、どうも安心がつかないなんてことになるわけです。そういう人が今、日本にはたくさんいるんです。
日本の国民はお医者さんの説からいいますとたいへんに病人が多い──なぜ病人になるかという、その病気の原因をだんだんと探求してみると、心の悩みからきている病気が非常に多い。そういうことを聞きますと、この狭い窮屈なところでも頑張って、政府を信じ、そして自分の善と悪とをはっきりとわきまえて、国民が踏み出す──こういう生き生きとした状態になれば、それは小さい国であっても、実にものすごい迫力をもって立ち向かうことができるのです。こういうように、日本人がここでいっぺんにですね、ふんどしの締め直しをして立ち直るということになれば、ぜいたく病の病人なんかいなくなるわけです。日本人の半分以上が病気だという統計が出ているわけです。
私どもの会が創立したのは、条件の悪い昭和十三年、その当時は実際に栄養が足りないために、どんどん倒れていく。そして肋膜なんていう病気、あるいは肺病なんて病気になる人は、栄養をとって養生をしておれば治るんです。しかし、栄養が足りないところに、さらに労働は欠かすことができない──どんどん戦争に持ち込もうというわけで、もう一億総動員で働かなくちゃならんという時代で、追いまくられておりますから、どんどん倒れてしまうような条件のなかにあったわけです。
そういった条件のなかでも、それを乗り越えて信仰をするような、気持のすばらしい人には、「衆生を悦ばしめんが為の故に無量の神力を現じたもう」とお経にあるように、どんどん病気が治ったんですね、その当時は……。ですから心を直すということが、いかに大事なことかということを、その時も、私どもは体験をしておるわけであります。今日のような時代でこんなにぜいたくで横着なことをいっても、それが通るような時代に、そんなに病気になるはずがないのに、たくさんの人が病気になっておる。これは「欲の入れ物には底がない」という言葉がありますが、底がない、桶の底が抜けている。あるいは袋の底がない、これはいくら入れても溜まりませんね。欲の入れ物には底がないんだそうであります。
ですから、まず私ども信仰者は欲を離れるということが無理であるならば、欲の入れ物の底だけでも入れたらいいんです。貯金と同じように、このくらいでいいというような底が入っていれば、どんどん入れたらいっぱいになってしまう。いっぱいになったら、もうこれぐらいで、ひとつほどほどにということになるわけです。欲を捨てるということが、この盂蘭盆会の一番の大事な意味ではないでしょうか。(拍手)
目連尊者の物語を聞いて、ああなるほど、お盆というのはこういうものかということで大切にする。それも一つの方法でありましょう。しかし仏教というものは、現実のなかで生きている私どもに対する教えなんです。みなさんに因縁という関係を教えるのには、先祖との関係から教えるのが一番いいわけです。これはもう誰でも親のない人もいなければ、そのまた親のいない人もないわけで、みんな先祖になっているわけですから、その意味では、先祖供養ということには誰も腹を立てる人はいないし、文句をいう人もありません。
しかし仏教の本来はどうかというと、生き方を上手に生きる──もう一歩いうと、生きてしまっておるんだから、死に方を上手に死ねというのが、仏教の奥義である。生き方を上手に生きなさいということを、もう一歩いうと死に方を上手に死ななくてはならない。「臨終のことを習うて、後に他事を習うべし」という日蓮聖人の言葉は、それをいっておるわけです。生きているんだから必ず死ぬのであります。その死ぬのにですね、為すべきことをちゃんとして、安心して死ねるようなことにならなければいけない。それを教えたのが仏教なんです。
生死という──お経を読んでみると、第一番に仏さまは四諦の法門を説いて、「生・老・病・死を度し、涅槃を究竟せしめ」と、最初に出てきます。この生・老・病・死です。生まれてから死ぬまでのことです。これが一番基本なんです。そこで、その基本のなかに、今申し上げたような、まことにこれは不思議なほどに──「陰徳あれば陽報あり」なんてことを習ってもですね、なかなか隠れた徳を積んだって表にあらわれるもんかというような気がするから、隠れた功徳を積むという気持が薄いんですね。今日のような時代でこんなにぜいたくで横着なことをいっても、それが通るような時代に、そんなに病気になるはずがないのに、たくさんの人が病気になっておる。これは「欲の入れ物には底がない」という言葉がありますが、底がない、桶の底が抜けている。あるいは袋の底がない、これはいくら入れても溜まりませんね。欲の入れ物には底がないんだそうであります。
ですから、まず私ども信仰者は欲を離れるということが無理であるならば、欲の入れ物の底だけでも入れたらいいんです。貯金と同じように、このくらいでいいというような底が入っていれば、どんどん入れたらいっぱいになってしまう。いっぱいになったら、もうこれぐらいで、ひとつほどほどにということになるわけです。欲を捨てるということが、この盂蘭盆会の一番の大事な意味ではないでしょうか。(拍手)
目連尊者の物語を聞いて、ああなるほど、お盆というのはこういうものかということで大切にする。それも一つの方法でありましょう。しかし仏教というものは、現実のなかで生きている私どもに対する教えなんです。みなさんに因縁という関係を教えるのには、先祖との関係から教えるのが一番いいわけです。これはもう誰でも親のない人もいなければ、そのまた親のいない人もないわけで、みんな先祖になっているわけですから、その意味では、先祖供養ということには誰も腹を立てる人はいないし、文句をいう人もありません。
しかし仏教の本来はどうかというと、生き方を上手に生きる──もう一歩いうと、生きてしまっておるんだから、死に方を上手に死ねというのが、仏教の奥義である。生き方を上手に生きなさいということを、もう一歩いうと死に方を上手に死ななくてはならない。「臨終のことを習うて、後に他事を習うべし」という日蓮聖人の言葉は、それをいっておるわけです。生きているんだから必ず死ぬのであります。その死ぬのにですね、為すべきことをちゃんとして、安心して死ねるようなことにならなければいけない。それを教えたのが仏教なんです。
生死という──お経を読んでみると、第一番に仏さまは四諦の法門を説いて、「生・老・病・死を度し、涅槃を究竟せしめ」と、最初に出てきます。この生・老・病・死です。生まれてから死ぬまでのことです。これが一番基本なんです。そこで、その基本のなかに、今申し上げたような、まことにこれは不思議なほどに──「陰徳あれば陽報あり」なんてことを習ってもですね、なかなか隠れた徳を積んだって表にあらわれるもんかというような気がするから、隠れた功徳を積むという気持が薄いんですね。ところが、こちらは全然忘れてしまっているようなことでも、真心でやらせてもらったことは、みなさんが恩に受けて、そして今度こちらが行った時には──われわれもあの時のようにお返しをさせてもらいたいんだと──こういう気持でですね、宗教者から返ってきたんですね。そのお言葉を聞いて、ほんとうにそれはもう、お布施のご功徳というものは実に貴いもんだなあ──とつくづく感じたしだいなんです。提婆達多品に「布施を勤行せしに身心倦きことなかりき」──布施さえ勤行しておれば、信心のかなわんことはないと、こうおおせになっております。
まあそういう意味で、目連尊者にとってお困りのお母さんであったなあと思えるわけです。自分の子だけ偉い人にしようと思って──。今、教育ママだなんていいますが、それだけではいかんのです。教育ママは、それだけの意味があるわけです。
目連尊者のような立派な人を産んだお母さんですから、われわれ以上にあかぬけた立派な心持ちをもっていたに相違ないんです。ところがその人がほんとうのギリギリのところで何をしたかというと、世のため人のためということよりも、わが子のためという考えのほうが強かったと。そこのところが餓鬼道に落ちて苦しんでいる本なのですが──その姿を神通力でごらんになって、目連尊者がびっくりしたと、物語はこうなっておるわけであります。
これはやはり、みな仏さまのお慈悲によって、仏さまの大慈大悲によって、目連尊者のような神通力をもって、ご先祖さまの状態をごらんになったという一つの話にのせて、われわれに教訓をたれておるのだと思うのであります。
ところが、こちらは全然忘れてしまっているようなことでも、真心でやらせてもらったことは、みなさんが恩に受けて、そして今度こちらが行った時には──われわれもあの時のようにお返しをさせてもらいたいんだと──こういう気持でですね、宗教者から返ってきたんですね。そのお言葉を聞いて、ほんとうにそれはもう、お布施のご功徳というものは実に貴いもんだなあ──とつくづく感じたしだいなんです。提婆達多品に「布施を勤行せしに身心倦きことなかりき」──布施さえ勤行しておれば、信心のかなわんことはないと、こうおおせになっております。
まあそういう意味で、目連尊者にとってお困りのお母さんであったなあと思えるわけです。自分の子だけ偉い人にしようと思って──。今、教育ママだなんていいますが、それだけではいかんのです。教育ママは、それだけの意味があるわけです。
目連尊者のような立派な人を産んだお母さんですから、われわれ以上にあかぬけた立派な心持ちをもっていたに相違ないんです。ところがその人がほんとうのギリギリのところで何をしたかというと、世のため人のためということよりも、わが子のためという考えのほうが強かったと。そこのところが餓鬼道に落ちて苦しんでいる本なのですが──その姿を神通力でごらんになって、目連尊者がびっくりしたと、物語はこうなっておるわけであります。
これはやはり、みな仏さまのお慈悲によって、仏さまの大慈大悲によって、目連尊者のような神通力をもって、ご先祖さまの状態をごらんになったという一つの話にのせて、われわれに教訓をたれておるのだと思うのであります。
まず信仰者から一大決意で〝自己変革〟を
どうか、そういう意味で、お盆がまいりまして──正月は、今年こそはというので、たいへんスタートはうまくやったわけであります。しかし、だんだんと晩酌を飲んだりしているうちに、一年の計を決めたのが、少しばかり途中で狂ってしまって、お導きをしよう、仏性開顕をしようというようなことも、去年からみなさんの耳に入っているはずでございます。ところがいよいよとなってみると、どうも、今日も明日も、それほど別にあかぬけてやらなくとも、なんとかうまく治まっていくもんだから、まあまあと半年過ぎてしまったと、あとの半年は寝て暮らすことになったらば、これはたいへんです。
まあこのへんでひとつ目を覚まして、後の半年をいかにするかと、こういうことが、この盂蘭盆会の意義ではなかろうかとも思うわけです。
ですから、ここからまた出発をして、一人が一人を導く。まず人さまを導けるだけの、どなたが見ても感心して、あなたの弟子にしてくださいという人ができるような歩み方をしなけりゃならん年だと──こういう心意気をもつのが、佼成会の本年の心意気ではないかと、私は考えておるわけであります。先般、九州の佐賀県の明社大会にまいりました。旅館に着いて、二人のお給仕の方がおいでになったのですが、このお二人の話を聞いてみると、これは宗教家が気をつけなければならないことだなあと感じる一コマがあったわけです。
立正佼成会の会長が来るんだというわけで、そんな宗教家なんていう窮屈な人のお給仕なんかするのはいやだというので、クジ引きをしたというんです。そうしたところが、女中さんが一人では粗相があってはいけないというんで、二人あてようということになったそうです。ところが、どうしても私はそんな面倒くさいことはいやだから代わってほしいというので、女中頭のところへ行って押しつけた。女中頭はそれはなかなかできた人で、ああそうかと、それじゃ仕方がないから、私が引き受けようというので引き受けてくださった。それからもう一人の人はお姉さんがついてくださるんなら、私は後についていくんだから大丈夫だというので、結局女中頭と二人が決まったわけです。
いよいよ私が行きまして、お夕飯になって、お給仕をしてくださる。お給仕をしていただくというのは、浅からざるご因縁だから、ひとつお姉さん方のご因縁を聞かしていただきたいというので、お名前の鑑定をはじめた。ところが、スラスラッと正直に述べて、こうこう、こういうわけで、こういう運命を通ってきたでしょうというと、その通りでございます。そんなことまで分るんですかと感心しているわけです。──そして、いろいろと話を聞いたところが、今の物語になって、当番を押しつけられたんだと、しかし、会ってみたら、まことにけっこうな会長さんで、これなら何もそんな代わるほどの面倒をする必要はなかったというわけで、いろいろ話をしているうちに、そのお二人はその晩のうちに入会をして、そして、もう明朝から勤行をともにさせてくださいというわけで、お経をちゃんと後についてあげるわけです。まず信仰者から一大決意で〝自己変革〟を
どうか、そういう意味で、お盆がまいりまして──正月は、今年こそはというので、たいへんスタートはうまくやったわけであります。しかし、だんだんと晩酌を飲んだりしているうちに、一年の計を決めたのが、少しばかり途中で狂ってしまって、お導きをしよう、仏性開顕をしようというようなことも、去年からみなさんの耳に入っているはずでございます。ところがいよいよとなってみると、どうも、今日も明日も、それほど別にあかぬけてやらなくとも、なんとかうまく治まっていくもんだから、まあまあと半年過ぎてしまったと、あとの半年は寝て暮らすことになったらば、これはたいへんです。
まあこのへんでひとつ目を覚まして、後の半年をいかにするかと、こういうことが、この盂蘭盆会の意義ではなかろうかとも思うわけです。
ですから、ここからまた出発をして、一人が一人を導く。まず人さまを導けるだけの、どなたが見ても感心して、あなたの弟子にしてくださいという人ができるような歩み方をしなけりゃならん年だと──こういう心意気をもつのが、佼成会の本年の心意気ではないかと、私は考えておるわけであります。先般、九州の佐賀県の明社大会にまいりました。旅館に着いて、二人のお給仕の方がおいでになったのですが、このお二人の話を聞いてみると、これは宗教家が気をつけなければならないことだなあと感じる一コマがあったわけです。
立正佼成会の会長が来るんだというわけで、そんな宗教家なんていう窮屈な人のお給仕なんかするのはいやだというので、クジ引きをしたというんです。そうしたところが、女中さんが一人では粗相があってはいけないというんで、二人あてようということになったそうです。ところが、どうしても私はそんな面倒くさいことはいやだから代わってほしいというので、女中頭のところへ行って押しつけた。女中頭はそれはなかなかできた人で、ああそうかと、それじゃ仕方がないから、私が引き受けようというので引き受けてくださった。それからもう一人の人はお姉さんがついてくださるんなら、私は後についていくんだから大丈夫だというので、結局女中頭と二人が決まったわけです。
いよいよ私が行きまして、お夕飯になって、お給仕をしてくださる。お給仕をしていただくというのは、浅からざるご因縁だから、ひとつお姉さん方のご因縁を聞かしていただきたいというので、お名前の鑑定をはじめた。ところが、スラスラッと正直に述べて、こうこう、こういうわけで、こういう運命を通ってきたでしょうというと、その通りでございます。そんなことまで分るんですかと感心しているわけです。──そして、いろいろと話を聞いたところが、今の物語になって、当番を押しつけられたんだと、しかし、会ってみたら、まことにけっこうな会長さんで、これなら何もそんな代わるほどの面倒をする必要はなかったというわけで、いろいろ話をしているうちに、そのお二人はその晩のうちに入会をして、そして、もう明朝から勤行をともにさせてくださいというわけで、お経をちゃんと後についてあげるわけです。そして、大会が終って、もう一晩泊まったら、また二日目には、あと二人入会者ができまして、四人お経をあげる人ができてしまった。(拍手)
そしてお経をあげる人を見物する人たちが、後ろの方で、──廊下に見物人が六人ばかり来た。そういうことで、みなさんがさっそく話を聞かしてくれというので、次から次へと入会をする方が出ました。まあこれで私は、今年の役目を一つ果たしました。そういうことで、ほんとうに特別堅くならなくても、話を当り前にすれば、ちゃんと人は入ってくるんです。
そうすると不思議なことですな、当番を断わった人、この人はまったく気の毒ですな。入会した人たちの話を聞いているもんだから、これはバカみたなあと、うすうす腹の中で思ったようです。各部屋に冷蔵庫があるんですが、飲んだり食べたりして、後は計算の時に払えばいいんですから、どこのホテルでもそうなっているわけです。
ところがその人は、そんな窮屈なところはいやだなんていって、宗教家を嫌ったために、二日間ですね、お客が飲んだり食べたりしたものをですね、全く計算に入れるのを忘れてしまった。お客は、泊まった料金と食事の分だけ支払って、帰ってしまった。後になって冷蔵庫を開けてみたところが、ああこれが計算に入っていないというので、その女中さんが弁償することになってしまった。この方が言うには、ほんとうに神さまを嫌ったから罰があたったというんで、これはまったく気の毒で、泣かんばかりになりまして、ほんとうにお伽ばなしのようですが、実際の話なんですよ。
そんなことで、宗教を嫌うと罰のあたるような時代になっているんです(拍手)──。みなさん、その辺をですね、決して罰をあてようなんてことは、神さまのほうではないんです。仏さまや神さまというのはそんなことはないんですが、正しい道を求めていこうという、そういう精進の心がけがないというと、これは仏さま嫌っているんです。もう、少しでもいいことならば触れてみよう、正しいことをいう人ならば会ってみようと、こういう気持でいけばいいんですが、どうも宗教団体に対するイメージがですね、まだ暗いものがあるわけです。これは、一面には宗教家の責任もあるわけです。同じ宗教であっても、嫌な人がたくさん世の中にいるからかもしれません。そういうことになりますと、これは相手が悪いのじゃなくて、こちらの宗教家の方に罪があるわけです。これは大いに、われわれが反省しなければならないと思うのであります。
宗教家が窮屈なもんだとか、嫌なもんだなどということではなく、宗教家ならば、話を聞いてみたい、会ってみたい、たずねてみたいとそういう気持にみなさんになっていただけるようになれば、お導きはどんどんできるようになると思うのであります。そして、大会が終って、もう一晩泊まったら、また二日目には、あと二人入会者ができまして、四人お経をあげる人ができてしまった。(拍手)
そしてお経をあげる人を見物する人たちが、後ろの方で、──廊下に見物人が六人ばかり来た。そういうことで、みなさんがさっそく話を聞かしてくれというので、次から次へと入会をする方が出ました。まあこれで私は、今年の役目を一つ果たしました。そういうことで、ほんとうに特別堅くならなくても、話を当り前にすれば、ちゃんと人は入ってくるんです。
そうすると不思議なことですな、当番を断わった人、この人はまったく気の毒ですな。入会した人たちの話を聞いているもんだから、これはバカみたなあと、うすうす腹の中で思ったようです。各部屋に冷蔵庫があるんですが、飲んだり食べたりして、後は計算の時に払えばいいんですから、どこのホテルでもそうなっているわけです。
ところがその人は、そんな窮屈なところはいやだなんていって、宗教家を嫌ったために、二日間ですね、お客が飲んだり食べたりしたものをですね、全く計算に入れるのを忘れてしまった。お客は、泊まった料金と食事の分だけ支払って、帰ってしまった。後になって冷蔵庫を開けてみたところが、ああこれが計算に入っていないというので、その女中さんが弁償することになってしまった。この方が言うには、ほんとうに神さまを嫌ったから罰があたったというんで、これはまったく気の毒で、泣かんばかりになりまして、ほんとうにお伽ばなしのようですが、実際の話なんですよ。
そんなことで、宗教を嫌うと罰のあたるような時代になっているんです(拍手)──。みなさん、その辺をですね、決して罰をあてようなんてことは、神さまのほうではないんです。仏さまや神さまというのはそんなことはないんですが、正しい道を求めていこうという、そういう精進の心がけがないというと、これは仏さま嫌っているんです。もう、少しでもいいことならば触れてみよう、正しいことをいう人ならば会ってみようと、こういう気持でいけばいいんですが、どうも宗教団体に対するイメージがですね、まだ暗いものがあるわけです。これは、一面には宗教家の責任もあるわけです。同じ宗教であっても、嫌な人がたくさん世の中にいるからかもしれません。そういうことになりますと、これは相手が悪いのじゃなくて、こちらの宗教家の方に罪があるわけです。これは大いに、われわれが反省しなければならないと思うのであります。
宗教家が窮屈なもんだとか、嫌なもんだなどということではなく、宗教家ならば、話を聞いてみたい、会ってみたい、たずねてみたいとそういう気持にみなさんになっていただけるようになれば、お導きはどんどんできるようになると思うのであります。要は多くの方に、この仏さまのみ教えというものに触れていただいて、そして心の底から安心をして、ほんとうに楽しい世の中をつくり出す。そして、自分の為すべき使命というものをはっきりと認識をして、精進ができる──こういう人になってもらいたいと思うのであります。
私は半年にして、先般九州へ行ったおかげで、お導きを十人ばかりさせてもらいました。今年の役目はこれで一応済ませました。
どうかみなさんも、ひとつご精進を願いまして、一人でも多くの人をお導きいただきまして、極楽の家が一軒でも増えるよう、家族の成仏を願って、お導きにご精進のほど、お願いしたいと思います。
本日はまことにありがとうございました。要は多くの方に、この仏さまのみ教えというものに触れていただいて、そして心の底から安心をして、ほんとうに楽しい世の中をつくり出す。そして、自分の為すべき使命というものをはっきりと認識をして、精進ができる──こういう人になってもらいたいと思うのであります。
私は半年にして、先般九州へ行ったおかげで、お導きを十人ばかりさせてもらいました。今年の役目はこれで一応済ませました。
どうかみなさんも、ひとつご精進を願いまして、一人でも多くの人をお導きいただきまして、極楽の家が一軒でも増えるよう、家族の成仏を願って、お導きにご精進のほど、お願いしたいと思います。
本日はまことにありがとうございました。