法華三部経の要点 ◇◇49
立正佼成会会長 庭野日敬
われわれは久遠本仏と一体
宇宙はどのように誕生したか
化城諭品では、お釈迦さまと、われわれの宿世の因縁が説かれますので、最初から最後まで神秘的な、不可思議な叙述に満ちています。しかし、それらはすべてわれわれの信仰や実生活にとって非常に大切なことが象徴的に述べられているのですから、そのつもりで学んでいくことにしましょう。
まず、お釈迦さまは弟子たちにこう問いかけられます。「この世界全体の土を砕いて細かい粉にし、それを持って虚空へ飛び出し、千の世界を通り過ぎるごとにその粉を一粒ずつ落としていって、全部の粉がなくなるまで行ったとしたら、どれほどの国土を通ったことになるか、それがわかるか」。
弟子たちが茫然となって「わかりません」と答えると、お釈迦さまは、「大昔に大通智勝如来という仏がおられたが、その時代から今日までには、いま言った国土の数よりもっと多い年月がたっているのだ」とおおせられます。
このことは「宇宙の大生命ともいえる仏は、宇宙が出来たときから、いやその以前から存在しておられたのだ」という真実を象徴的に述べられたものです。この仏さまを、後世の仏教者は「法身仏」または「久遠実成の本仏」とお呼びしているわけです。
現代の科学では、百五十億年(一説では二百億年)前に濃密なエネルギーの塊があってそれがとつぜん大爆発を起こし、ものすごい熱と放射線を放出した(これをビッグバンという)、それが宇宙生成の始まりだとしています。
では、どうしてそのビッグバンが起こったのかということになると、まったく不可解なのです。文藝春秋(昭五七・九)に、小尾信弥東大教授と、宇宙論を深く研究していた赤塚不二夫氏との対談が載っていますが、その中で赤塚氏が「ビッグバンの前にはヤル気だけがあった」と言いだしたところ、小尾教授もそれを肯定し、「ということは、結局この宇宙は神さまがつくったということなんですよ。だから、ヤル気があったという表現は、神さまがつくったというのと同じことなんですね」と答えておられます。
久遠本仏に生かされている
『広辞苑』によれば、「意志」とは「こころざし。思慮・選択・決心して実行する能力」とあります。ですから、ビッグバンを起こしたヤル気とは「宇宙意志」と言い換えることもできましょうし、「宇宙の大生命」と名づけることもできましょう。それをわれわれ仏教徒は「久遠実成の本仏」とお呼びするわけです。
こう見てきますと、われわれ人間というものもハッキリしてきます。『躍進』の『法華経讃歌』(平1・12)に紀野一義先生がこう書いておられます。
「一九八七年二月二十四日に、大マゼラン星雲の中に超新星が生まれたことがわかり、この超新星一九八七Aの光の分析をしたところ、その元素の配列が、人間の体を構成している元素の構成比と全く同じであることがわかった。これによって人間は『星のかけら』であることがわかり、宇宙と密接に結びついて生きていることがわかったのである」
つまり、ビッグバンを起こしたヤル気あるいは「宇宙意志」のことを、われわれ仏教徒は「久遠実成の本仏」とお呼びしていると説明しましたが、それと、この紀野先生の「人間は『星のかけら』であり、宇宙と密接に結びついて生きている」ということを合わせて考えてみますと、「われわれすべてのいのちは、久遠本仏に包摂され、そして生かされているのだ」ということがよくわかるのです。そして、より本質的に見れば「われわれ人間と久遠本仏とは一体である」ということもわかります。これは、たんなる信仰者としての思い込みではなく、以上紹介してきたことのように、宇宙と人間との結びつきに静かに思いめぐらしてみれば、決して非科学的なことでなく、確かな現実であることが実感できましょう。
立正佼成会会長 庭野日敬
われわれは久遠本仏と一体
宇宙はどのように誕生したか
化城諭品では、お釈迦さまと、われわれの宿世の因縁が説かれますので、最初から最後まで神秘的な、不可思議な叙述に満ちています。しかし、それらはすべてわれわれの信仰や実生活にとって非常に大切なことが象徴的に述べられているのですから、そのつもりで学んでいくことにしましょう。
まず、お釈迦さまは弟子たちにこう問いかけられます。「この世界全体の土を砕いて細かい粉にし、それを持って虚空へ飛び出し、千の世界を通り過ぎるごとにその粉を一粒ずつ落としていって、全部の粉がなくなるまで行ったとしたら、どれほどの国土を通ったことになるか、それがわかるか」。
弟子たちが茫然となって「わかりません」と答えると、お釈迦さまは、「大昔に大通智勝如来という仏がおられたが、その時代から今日までには、いま言った国土の数よりもっと多い年月がたっているのだ」とおおせられます。
このことは「宇宙の大生命ともいえる仏は、宇宙が出来たときから、いやその以前から存在しておられたのだ」という真実を象徴的に述べられたものです。この仏さまを、後世の仏教者は「法身仏」または「久遠実成の本仏」とお呼びしているわけです。
現代の科学では、百五十億年(一説では二百億年)前に濃密なエネルギーの塊があってそれがとつぜん大爆発を起こし、ものすごい熱と放射線を放出した(これをビッグバンという)、それが宇宙生成の始まりだとしています。
では、どうしてそのビッグバンが起こったのかということになると、まったく不可解なのです。文藝春秋(昭五七・九)に、小尾信弥東大教授と、宇宙論を深く研究していた赤塚不二夫氏との対談が載っていますが、その中で赤塚氏が「ビッグバンの前にはヤル気だけがあった」と言いだしたところ、小尾教授もそれを肯定し、「ということは、結局この宇宙は神さまがつくったということなんですよ。だから、ヤル気があったという表現は、神さまがつくったというのと同じことなんですね」と答えておられます。
久遠本仏に生かされている
『広辞苑』によれば、「意志」とは「こころざし。思慮・選択・決心して実行する能力」とあります。ですから、ビッグバンを起こしたヤル気とは「宇宙意志」と言い換えることもできましょうし、「宇宙の大生命」と名づけることもできましょう。それをわれわれ仏教徒は「久遠実成の本仏」とお呼びするわけです。
こう見てきますと、われわれ人間というものもハッキリしてきます。『躍進』の『法華経讃歌』(平1・12)に紀野一義先生がこう書いておられます。
「一九八七年二月二十四日に、大マゼラン星雲の中に超新星が生まれたことがわかり、この超新星一九八七Aの光の分析をしたところ、その元素の配列が、人間の体を構成している元素の構成比と全く同じであることがわかった。これによって人間は『星のかけら』であることがわかり、宇宙と密接に結びついて生きていることがわかったのである」
つまり、ビッグバンを起こしたヤル気あるいは「宇宙意志」のことを、われわれ仏教徒は「久遠実成の本仏」とお呼びしていると説明しましたが、それと、この紀野先生の「人間は『星のかけら』であり、宇宙と密接に結びついて生きている」ということを合わせて考えてみますと、「われわれすべてのいのちは、久遠本仏に包摂され、そして生かされているのだ」ということがよくわかるのです。そして、より本質的に見れば「われわれ人間と久遠本仏とは一体である」ということもわかります。これは、たんなる信仰者としての思い込みではなく、以上紹介してきたことのように、宇宙と人間との結びつきに静かに思いめぐらしてみれば、決して非科学的なことでなく、確かな現実であることが実感できましょう。