まあ今日は池田さんの功徳話を、皆さん少しお聞きになったわけですが、今申し上げた宮さまと同じように、池田さんもご自分のお子さんはつくらないけれども、立派な嫁さんも養子さんも頂戴して、お孫さんも二人いらっしゃるということであります。
池田さんには、岡山に行ってもらったときに、私も青年の指導のことなどで話をしてあげようと思って行ってみたら、今日のあの話の調子と同じで、旦那さまがもうあの世へ行っておるんですが、その旦那さんが、もう生身の身体はないけれども、不滅の魂になって、いつも傍にいますということで、あべこべにおのろけを聞かされて、私はびっくりして、この人も随分変わったなと思ったことがあります。
当時から、非常に青年部活動に熱心で、おそらく佼成会の教会で、青年部の活動が県知事さんからお褒めを頂いたというのは、岡山が最初だったという気がします。まあそのように、青年が非常に一生懸命に、街の清掃やら神社仏閣の掃除やら、いろいろのことに社会的活動を徹底してやってるというので、非常に青年の活動が素晴らしいことだというので、県知事さんから表彰状をもらったわけです。こういうことは、おそらく佼成会で一番早かったのじゃないかという気がします。私の記憶が間違っておれば何ですが、だいたいそのような気がします。
青年は純粋でありますから、遠回しに言っても駄目なんです。真っ直ぐにきしっとすぐにわかるように言えば、青年は直ちに実行に移します。ですから青年がついてこないような指導では駄目、青年がすぐ動くような指導であれば、この指導者としては及第であります。
そういう意味で、池田さんは大変に向こうのほうで骨を折って頂いて成績を上げて頂いた。その後、信州の長野へ行って頂き、そして今度は十日町ということで、今は十日町の教会長をしてもらっております。ご存じのように私の生まれたところです。昔から言われるように、その土地の人というのはなかなか信仰ができないんですね。まあ聖者ではないけれども、昔の諺に〝聖者は故郷に入れられず〟という言葉があります。
信仰の指導者になるような人というのは、自分の土地からして追い出されるという、土地の人がそんなに信用するようになるということはない。しかし、お釈迦さまは自分でお悟りを開くと、直ちに自分のお国へお帰りになって、そして導きを始めたと、ここが他の人と違う、これはお徳が高いんです。いったんは出家をして自分が故郷を出たのでありますが、自分が悟りを開くというと、自分の生まれた地元の人を訪ねて導いたと、こういうふうになっております。