法華経弘通の生涯
皆さま、本日はおめでとうございます。
おめでとうございますと申し上げましたが、本来は日蓮聖人のご入滅の日でありまして、私ども弟子といたしますと、一つの一生の区切りをつけた日です。ある意味では、悲しい日でもあったわけです。しかし法門によりますと、いよいよ生身の体を滅にして、不滅の生命に変わったことになるわけでございます。そのお逮夜を迎えまして、しかも本年は六九七回という年回にも当たっているわけでございます。天気予報では、何か雨の来そうなことを昨日まで言っておりました。皆さんの本当の真心でする、このお会式の行事が雨に降られたのでは大変だと思って、心配をしておりましたが、お陰さまでだんだんと明るくなってまいりました。行事は順調に進めるものと確信をもてるようになったわけでございます。
毎年のお会式でありますが、七百年を三年後に迎えるという時期、そして今も啓白文に奏上いたしましたように、この世界万国に法華経というものを広めようという日蓮聖人の大願が、七百年たって、今年初めて世界中の代表にお題目の精神というもの――人種は違っても、国境を超えて異体同心で、この妙法蓮華経に帰依しようではないかということを呼びかける機会を国連において、六月十二日にそういうお手配がついたのです。
こういうことを考えてみますと、七百年というこの年月は、長いといえば長い、短いといえば短いわけでありますが、仏教には七百年周期説というのがあるというようなことを鴨宮成介氏が言われました。はからずも、過去の仏教者の集まりの際に、インドの宗教大臣が日本においでになりまして、仏教の七百年周期説を発表されたのです。学者の言うことと全く期を一にしているものだなと不思議に思ったわけであります。
そういう意味から申しますと、本当に時のしからしめるのみで、この時が来ませんと、日蓮聖人の時代には正法を弘通するために、法難数知れずというようにあったわけです。大難四箇度、小難数知れずというように、難は始終あり、命に及ぶような難が四回もあったわけです。この法華経弘通のために大変なご苦労をされたのです。その大難小難を乗り越えて、法華経弘通の使命観を私どもにお残し下さったのです。そのみ心を我々が奉戴して、私どもがお会式という行事を始めたのが昭和二十四年だということであります。