あやふやな修行ではとても神さまのご守護はいただけない
仏性開顕ということを去年やったけれども、どうも十分でないようだ、まあもう一年というので、二年やった。ことしはもうみんな行き渡って、仏性開顕がみんなおできになったろうと思うんです。仏性の開顕ができると本化の菩薩になっちゃってるわけだ。みんな本化の菩薩になると迹化に返ることのない不退転の精進にならなくちゃならないわけだ。そこのところができてないというのは、きょう二十年たって妙佼先生の御霊が果たして、「このままでいい」と言うかどうか、ね。
ひとつ、みんな、きょう来た人だけでいいから、妙佼先生の御霊へのご供養という意味で、きょうの読経がご供養になりましたか、なりませんかということで、あすからの自分の行動が法華経の真の菩薩行の型に入ってるかどうかということが、私は判定の基準だと思うんです。このことを妙佼先生にはっきりとひとつお互いが、霊感を持っている人はひとつ霊感で伺ってみていただいて、「よろしい」とおっしゃっているんでしたら、もう私は何も言いませんが。
まあ、「それじゃいけない」ということでありましたら、もう少し世直しをしようというですね──あの十番の法師品を読んで、非常に私どもは過去世にたくさんの仏さまにお会いした功徳をもって、福徳淳厚によって生まれた八万の大士だということになるとね、あそこへいくとお経の元気が出てきますね。われもこれは大したものだと、そういう感じがするんですが、八万の大士というのはいま申し上げましたような不退転の修行のできた人でなければならんわけで、世を直さなければならない。
世界の巨星、毛沢東さんが亡くなった。これはもう中国では大変なことでございましょう、指導者を失ったので。私どもがちょうど妙佼先生を亡くしたとおんなじぐらいの、これはショックだと思うんです。八億の民がそれだけのショックを受けている。毛沢東の死んだということに対しては八億の民だけでなく世界じゅうの方が──アジアの八億の民を持っている中国が一応社会主義で一つになっておる。その一つになってる社会主義国が今後どういう動きをするだろうということは、これはまた世界じゅうに関心がある。日本などはお隣でございます。一番影響の大なるものは日本というわけだ。日本が本物になって、大和民族の持っているところの義理人情というような深いきずなにちゃんとつながった日本神道、大和民族の神道の精神を踏まえて、仏教の教義でぴったりと人間のあるべき姿をつかんでいなければ、どういうことが日本に起きて来るか、これは受け合えないわけですね。