•  本日は妙佼先生がお亡くなりになって二十年目を迎えたわけでございます。妙佼先生が私どもに身をもって指導をしていただきましたのは、ちょうど二十年間でした。本日は全国から代表の方々が大ぜいご参拝をくださいまして、先ほど来、真心からなる皆さま方の二十回忌の法要、そしてまた、いま杉山さんから妙佼先生をしのんでのありし日の思い出の言葉があったわけであります。
     妙佼先生の精進ぶりというのは、それはすさまじいというほど、あの体からどうしてあのような迫力が出るかと思うほど、すばらしい力を持っておったわけであります。今日、立正佼成会はこのように発展をしましたけれども、全然その当時のことを知らない人が大部分であります。しかしながらまだ幸いなことに、ずっといまの杉山さんもそうでありますが、幹部の皆さま方は一度や二度はおしかりを受けた方がまだいらっしゃる。教会長さんの中でも、昨晩もお逮夜で、理事さんのお宅へ私ども大ぜいの人がお招きをいただいたわけであります。そこでも、これはごく側近といいますか、直接ご指導をいただいた者ばかりでありましたが、大変にしかられた人とあまりしかられなかった人と、二種類あるわけであります。同じしかられても、口汚く頭からどやされるようなしかり方をされる人と、遠回しに真綿でくくるようにしぼられる人と、昨晩はいろいろの角度から、ありし日の妙佼先生をしのんでの話し合いがあったわけであります。
     先ほどの妙佼先生の録音を聞いてもわかりますように、もうなんにもほかのことは考えない人で、ただひたすらに人さまが幸せになってもらいたい、そして幸せになってもらうためには自分はどのようなことをしなければならないかと。ちょうどこれは佼成会員を見るというと、妙佼先生の気持ちをいまお察ししますれば、お母さんであります。一家で子供さんが何人あっても、お母さんというのは子供に対して、あれは憎いやつだとか、この子はもう見たくないなんていうことはないはずであります。もう全部自分の子供というものに対しては親は命をもかける。女性は弱し、母は強しなんていうようなことを言われるように、母となるとこれはすばらしく強くなるわけであります。それはもう佼成会員を見た場合には、妙佼先生の目から見るとみんなわが子である。本当の自分の腹を痛めた子は亡くなってしまっていないのであります。ですからこのご法の子供が本当の子供だとそういうふうに思っておるのであります。

  •  本日は妙佼先生がお亡くなりになって二十年目を迎えたわけでございます。妙佼先生が私どもに身をもって指導をしていただきましたのは、ちょうど二十年間でした。本日は全国から代表の方々が大ぜいご参拝をくださいまして、先ほど来、真心からなる皆さま方の二十回忌の法要、そしてまた、いま杉山さんから妙佼先生をしのんでのありし日の思い出の言葉があったわけであります。
     妙佼先生の精進ぶりというのは、それはすさまじいというほど、あの体からどうしてあのような迫力が出るかと思うほど、すばらしい力を持っておったわけであります。今日、立正佼成会はこのように発展をしましたけれども、全然その当時のことを知らない人が大部分であります。しかしながらまだ幸いなことに、ずっといまの杉山さんもそうでありますが、幹部の皆さま方は一度や二度はおしかりを受けた方がまだいらっしゃる。教会長さんの中でも、昨晩もお逮夜で、理事さんのお宅へ私ども大ぜいの人がお招きをいただいたわけであります。そこでも、これはごく側近といいますか、直接ご指導をいただいた者ばかりでありましたが、大変にしかられた人とあまりしかられなかった人と、二種類あるわけであります。同じしかられても、口汚く頭からどやされるようなしかり方をされる人と、遠回しに真綿でくくるようにしぼられる人と、昨晩はいろいろの角度から、ありし日の妙佼先生をしのんでの話し合いがあったわけであります。
     先ほどの妙佼先生の録音を聞いてもわかりますように、もうなんにもほかのことは考えない人で、ただひたすらに人さまが幸せになってもらいたい、そして幸せになってもらうためには自分はどのようなことをしなければならないかと。ちょうどこれは佼成会員を見るというと、妙佼先生の気持ちをいまお察ししますれば、お母さんであります。一家で子供さんが何人あっても、お母さんというのは子供に対して、あれは憎いやつだとか、この子はもう見たくないなんていうことはないはずであります。もう全部自分の子供というものに対しては親は命をもかける。女性は弱し、母は強しなんていうようなことを言われるように、母となるとこれはすばらしく強くなるわけであります。それはもう佼成会員を見た場合には、妙佼先生の目から見るとみんなわが子である。本当の自分の腹を痛めた子は亡くなってしまっていないのであります。ですからこのご法の子供が本当の子供だとそういうふうに思っておるのであります。

  •    不退転の精進

     先ほど杉山さんの言葉の中から本化の菩薩と迹化の菩薩の話がちょっとありましたが、それは本化と言っても迹化と言っても別に印があるわけではございませんで、自覚の問題であります。本化というのは十五番の従地涌出品の中にありますように、精神がもうはっきりと菩薩道に向いておって、どんなことがあっても不退転の精進がちゃんとできる、そういう心構えの方を本化の菩薩というわけです。迹化の方は、調子のいいときはいいけれどもうっかりするとまだにわかづくりで、つけ焼き刃のところがまだある。いつどうなるかわからない。
     うちの家内が大変最近そういう点は大人になったなあと私は感心をしてるんですが、迹化と本化のことを言うといつもごきげんが悪かったんです。ところがごきげんの悪いうちは迹化だ、本化だなどといって、意地悪を言われるのでありますが、自分が迹化の状態であることを自覚をいたしまして「私は本当に迹化ですね」とこうわかってくると、そのときから本化になってしまうわけなんです。仏教というもの、ご法というものはそこが不思議なんで、迹化になり切れば本化になれるんです。ところがなかなか「おれはもう本化だ」と。「修行はおんなじように年月をやったんだからまんざらでもない」と、こういう気持ちのうちは迹化そのものなんですね。
     お釈迦さまの奥さんは、羅睺羅というお子さんを一人生んだというインド一の美人です。この耶輸陀羅妃を浄飯王さまがごらんになっているわけですが──息子は出家をしてしまってうちにいない。そして六年間とにかく苦行をされて、だんだん行が激しくなって、それこそ水の中へ入っておったり、一日に米を一粒しか食べないというようなことをしたり、あるときには断食をして幾日も食べないこともある。そうしたいろいろなうわさが浄飯王さまのところへ入って来るわけであります。それを聞いている奥方は、だんなさまがそういう修行をしてなさるならば私もその修行をあやかろうというので、同じことを城の中でやった。ご飯を食べないで一日一粒だというと、一粒のご飯だけでやはり奥方もやっておった。そういう奥方の姿を父である浄飯王さまは見ておった。そしていよいよ悟りを開くと第一番目に自分の城下へ帰って来て、そこから説法を始めたわけであります。
     そういうときに浄飯王さまが、非常に嫁を気の毒だと思ったんですね。「おまえがこういう行をしていると言えば、そのとおりの行をみんなうちで嫁はしておったんだぞ」と。「だからまあやわらかい、少し温かい言葉をかけてやってほしい」というので、うちへ帰って来たものですから親心でさまざまのことを言ったのです。もとのよりが戻るんじゃないかとこうまあ親心で、嫁をかわいがってくれたらよかろうというような気持ちになったわけです。ところが全然そういうことにならずに、出家をしたのであるからというので夫婦ではなくて、もう弟子であるということで、一向にこれはもう夫婦としての温かみがないわけであります。浄飯王さまは、そういうことを非常に気の毒だと思っておる。

  •    不退転の精進

     先ほど杉山さんの言葉の中から本化の菩薩と迹化の菩薩の話がちょっとありましたが、それは本化と言っても迹化と言っても別に印があるわけではございませんで、自覚の問題であります。本化というのは十五番の従地涌出品の中にありますように、精神がもうはっきりと菩薩道に向いておって、どんなことがあっても不退転の精進がちゃんとできる、そういう心構えの方を本化の菩薩というわけです。迹化の方は、調子のいいときはいいけれどもうっかりするとまだにわかづくりで、つけ焼き刃のところがまだある。いつどうなるかわからない。
     うちの家内が大変最近そういう点は大人になったなあと私は感心をしてるんですが、迹化と本化のことを言うといつもごきげんが悪かったんです。ところがごきげんの悪いうちは迹化だ、本化だなどといって、意地悪を言われるのでありますが、自分が迹化の状態であることを自覚をいたしまして「私は本当に迹化ですね」とこうわかってくると、そのときから本化になってしまうわけなんです。仏教というもの、ご法というものはそこが不思議なんで、迹化になり切れば本化になれるんです。ところがなかなか「おれはもう本化だ」と。「修行はおんなじように年月をやったんだからまんざらでもない」と、こういう気持ちのうちは迹化そのものなんですね。
     お釈迦さまの奥さんは、羅睺羅というお子さんを一人生んだというインド一の美人です。この耶輸陀羅妃を浄飯王さまがごらんになっているわけですが──息子は出家をしてしまってうちにいない。そして六年間とにかく苦行をされて、だんだん行が激しくなって、それこそ水の中へ入っておったり、一日に米を一粒しか食べないというようなことをしたり、あるときには断食をして幾日も食べないこともある。そうしたいろいろなうわさが浄飯王さまのところへ入って来るわけであります。それを聞いている奥方は、だんなさまがそういう修行をしてなさるならば私もその修行をあやかろうというので、同じことを城の中でやった。ご飯を食べないで一日一粒だというと、一粒のご飯だけでやはり奥方もやっておった。そういう奥方の姿を父である浄飯王さまは見ておった。そしていよいよ悟りを開くと第一番目に自分の城下へ帰って来て、そこから説法を始めたわけであります。
     そういうときに浄飯王さまが、非常に嫁を気の毒だと思ったんですね。「おまえがこういう行をしていると言えば、そのとおりの行をみんなうちで嫁はしておったんだぞ」と。「だからまあやわらかい、少し温かい言葉をかけてやってほしい」というので、うちへ帰って来たものですから親心でさまざまのことを言ったのです。もとのよりが戻るんじゃないかとこうまあ親心で、嫁をかわいがってくれたらよかろうというような気持ちになったわけです。ところが全然そういうことにならずに、出家をしたのであるからというので夫婦ではなくて、もう弟子であるということで、一向にこれはもう夫婦としての温かみがないわけであります。浄飯王さまは、そういうことを非常に気の毒だと思っておる。

  •  ところが奥さんの方もさるもので、羅睺羅が成長をしておる。もうすでに数え年で七歳になっている。そこで、何とか羅睺羅が寄りついたら主人の気持ちがこっちへ向くだろうというので、「羅睺羅はあんたの子ですよ」「人さまはみんな子供に遺産を与える。だから羅睺羅にもどうか遺産を与えていただきたい」。そう言うと、お釈迦さまは「ああそうか」と言っただけで外へ出て托鉢に行ってしまわれた。そこで羅睺羅に、一生懸命で話をしてお釈迦さまに何とか分け前をもらいたいと言ってねだれというので、お母さんが知恵をつけたわけです。そうして後からとぼとぼついて行く。どこまででもついて行けというのでお母さんが言いつけてあるものですから、羅睺羅は正直にとぼとぼ後について行った。「何か私に下さる物はありませんか」と言ったら、「いや、おれの与える物はこれだけだ」と。「こじきをするのが、これがおれの全財産だ」と。羅睺羅はとぼとぼついて行って、とうとうお釈迦さまとおんなじにこじきになってしまったわけです。
     おじいちゃんはこれほど切ないことはなかったわけです。おじいちゃんが嫁をたきつけ、嫁さんが羅睺羅に知恵をつけて、何とかお釈迦さまの気持ちをこっちへ向けようと思ったんですが、一向にこっちへ向かない。じっともう本仏の方を向いておる。こういう状態を本化というのであります。
     そういう意味では、あるときは精進をするけれどもあるときはどうもきつすぎてだめだとか、まあそんなにはできないとか、いろいろご都合があるらしいのであります。いろいろご都合のある方は、まだどこまで行っても迹化でありまして、本化ではないのであります。
     ご命日にご参拝しようという考えは、迹化でも持っているわけです。きのう導かれた人でも、一度本部へご命日にお参りしようかというので、殊勝な気持ちで、何もわからんけれどもおいでになる。ところが五年も十年も、まあ二十年やった人が──終戦後三十年でありますから、若い人はしようがないですが、大体この前の方に並んでいらっしゃる方はみんな三十年ぐらい前からもう生存していたお方だと思うのであります。そういう方々が、ご命日にどうもまだ九時の読経の時間には来られない。こういう家庭の事情がありますからというのでは、もう迹化も迹化、ちょっと危なっかしい迹化だというような気がするんですね。

  •  ところが奥さんの方もさるもので、羅睺羅が成長をしておる。もうすでに数え年で七歳になっている。そこで、何とか羅睺羅が寄りついたら主人の気持ちがこっちへ向くだろうというので、「羅睺羅はあんたの子ですよ」「人さまはみんな子供に遺産を与える。だから羅睺羅にもどうか遺産を与えていただきたい」。そう言うと、お釈迦さまは「ああそうか」と言っただけで外へ出て托鉢に行ってしまわれた。そこで羅睺羅に、一生懸命で話をしてお釈迦さまに何とか分け前をもらいたいと言ってねだれというので、お母さんが知恵をつけたわけです。そうして後からとぼとぼついて行く。どこまででもついて行けというのでお母さんが言いつけてあるものですから、羅睺羅は正直にとぼとぼ後について行った。「何か私に下さる物はありませんか」と言ったら、「いや、おれの与える物はこれだけだ」と。「こじきをするのが、これがおれの全財産だ」と。羅睺羅はとぼとぼついて行って、とうとうお釈迦さまとおんなじにこじきになってしまったわけです。
     おじいちゃんはこれほど切ないことはなかったわけです。おじいちゃんが嫁をたきつけ、嫁さんが羅睺羅に知恵をつけて、何とかお釈迦さまの気持ちをこっちへ向けようと思ったんですが、一向にこっちへ向かない。じっともう本仏の方を向いておる。こういう状態を本化というのであります。
     そういう意味では、あるときは精進をするけれどもあるときはどうもきつすぎてだめだとか、まあそんなにはできないとか、いろいろご都合があるらしいのであります。いろいろご都合のある方は、まだどこまで行っても迹化でありまして、本化ではないのであります。
     ご命日にご参拝しようという考えは、迹化でも持っているわけです。きのう導かれた人でも、一度本部へご命日にお参りしようかというので、殊勝な気持ちで、何もわからんけれどもおいでになる。ところが五年も十年も、まあ二十年やった人が──終戦後三十年でありますから、若い人はしようがないですが、大体この前の方に並んでいらっしゃる方はみんな三十年ぐらい前からもう生存していたお方だと思うのであります。そういう方々が、ご命日にどうもまだ九時の読経の時間には来られない。こういう家庭の事情がありますからというのでは、もう迹化も迹化、ちょっと危なっかしい迹化だというような気がするんですね。

  •    妙佼先生
         ──身をもって行じた信仰者のかがみ

     いまは昔と違いましてサラリーマンが多くなりまして、みんな月給がよろしい。昔は自分の商売というのが多かったかもしれない。自由商売だから時間には余裕があるかもしれないけれども、決まり切った時間で決まった収入があるというような安定した人はきわめて少ない時分であります。佼成会の始まった三十八年前は。そういう不安定で──私が何回かもうお話しをしたのでありますが、中野の坂上に職業安定所というのがあるわけなんです。そこへ皆さんが三時起きをして弁当をこしらえて──五時には整列をするわけですから、三時に起きて奥さんはお弁当をつくってだんなさまを出すわけなんです。そこに集まる人がどのくらいいるかというと、全部で五百人ぐらい集まるんですよね。それでどのくらい一日に仕事をするのかというと、百人から百二十人。そうすると五分の一ぐらいの人が仕事にありついて、後ろの方は「きょうはご苦労さんでした」というので、弁当を持って出かけて行くけれども、そのまま弁当を持ってうちへ帰って来る。このように職業がない時代、そういう時代に会は始まったんですね。
     創立したのが昭和十三年で、十六年に戦争が始まったのですから、戦争に持ち込むためにいろいろな無理なことが社会に横行しておったわけです。もうすでに早い人は戦争の始まらないうちに召集令状が来て、召集されてもう行っている人もあるわけなんです。宣戦布告をして戦争を始めるというときには、一挙に半年でもってあのアメリカをやっつけてしまう。そういう計画でいたんですから、それは大変な野望を描いて、青写真は戦争にまっしぐらに進んでいる。そういう時代に会は始まっておるわけであります。
     私どもはそういうことは知る由もないわけです。国がそういう状態ですから私どもの身辺というものは、杉山さんがお話しになりましたが、着物のしまが縦であろうが横であろうが、斜めであろうが、そんなことは構わない。ひざに穴があけば継ぎをして着なければならない。そういう時代であったわけであります。したがって栄養が不足しておる。そして心が不安定である。経済状態もよろしくないので、病人はどんどん増えた。肺病患者が出るのは栄養が足りなくて、そして非常に不規則な生活で、不安定であると、こういうことが大きな原因であったと思うのであります。そういう時代に会は発足したんですね。
     杉山さんなどはどちらかというとしょなしょなしていた方で、ちょっとやわらかい方の口なんですけれども、その人がやっぱり、横段でも縦段でも構わない、しまもかすりも横も縦も言わずに、身なりを構わず前かけをしたり、もんぺをはいたりして、一生懸命に手どりをして歩いたと。そういうことが言えるわけであります。

  •    妙佼先生
         ──身をもって行じた信仰者のかがみ

     いまは昔と違いましてサラリーマンが多くなりまして、みんな月給がよろしい。昔は自分の商売というのが多かったかもしれない。自由商売だから時間には余裕があるかもしれないけれども、決まり切った時間で決まった収入があるというような安定した人はきわめて少ない時分であります。佼成会の始まった三十八年前は。そういう不安定で──私が何回かもうお話しをしたのでありますが、中野の坂上に職業安定所というのがあるわけなんです。そこへ皆さんが三時起きをして弁当をこしらえて──五時には整列をするわけですから、三時に起きて奥さんはお弁当をつくってだんなさまを出すわけなんです。そこに集まる人がどのくらいいるかというと、全部で五百人ぐらい集まるんですよね。それでどのくらい一日に仕事をするのかというと、百人から百二十人。そうすると五分の一ぐらいの人が仕事にありついて、後ろの方は「きょうはご苦労さんでした」というので、弁当を持って出かけて行くけれども、そのまま弁当を持ってうちへ帰って来る。このように職業がない時代、そういう時代に会は始まったんですね。
     創立したのが昭和十三年で、十六年に戦争が始まったのですから、戦争に持ち込むためにいろいろな無理なことが社会に横行しておったわけです。もうすでに早い人は戦争の始まらないうちに召集令状が来て、召集されてもう行っている人もあるわけなんです。宣戦布告をして戦争を始めるというときには、一挙に半年でもってあのアメリカをやっつけてしまう。そういう計画でいたんですから、それは大変な野望を描いて、青写真は戦争にまっしぐらに進んでいる。そういう時代に会は始まっておるわけであります。
     私どもはそういうことは知る由もないわけです。国がそういう状態ですから私どもの身辺というものは、杉山さんがお話しになりましたが、着物のしまが縦であろうが横であろうが、斜めであろうが、そんなことは構わない。ひざに穴があけば継ぎをして着なければならない。そういう時代であったわけであります。したがって栄養が不足しておる。そして心が不安定である。経済状態もよろしくないので、病人はどんどん増えた。肺病患者が出るのは栄養が足りなくて、そして非常に不規則な生活で、不安定であると、こういうことが大きな原因であったと思うのであります。そういう時代に会は発足したんですね。
     杉山さんなどはどちらかというとしょなしょなしていた方で、ちょっとやわらかい方の口なんですけれども、その人がやっぱり、横段でも縦段でも構わない、しまもかすりも横も縦も言わずに、身なりを構わず前かけをしたり、もんぺをはいたりして、一生懸命に手どりをして歩いたと。そういうことが言えるわけであります。

  •  そういうことでありますから、始まった当時のことを考えてみますと、信者の方もご無理をなすったに相違ないけれども、妙佼先生も、お年をとっておって無理をしたんですね。夜も昼も──きょうはどこへも行くところはなかろうと思っておるというと、あべこべにそういう日には夜中に人が来て、お医者さんのまるで回診のようなつもりでどんどんと戸をたたく。起きてみると病人が苦しんでしょうがないから来てくれというわけなんです。そして夜中に起きて行って、たとえば痛む神経痛などは、痛みのとまるまでお経をあげたものです。九字を切ったり、お経をあげたり、話を聞かせたり。そういう時代ですから、どちらが負けるかという、病気と人間が根比べをするような状態──。
     そういうときでありますから、これはもう本当に、さっき言われたが金銀の論法よりも実行だと。本当の真心の実行だと。これは真心でなきゃやれない仕事なんですね。頼まれてもちょっとできない。それも夜中に来てくれたからといって回診料をくれるわけじゃなしね。全くそれは無報酬でもって喜んでそれをやっていったんですね。
     まあそういう修行をずっとやったんです。しかし現実はというと、妙佼先生自体も入会するときにはお医者に見放されたような状態が、入会をして先祖供養というものを本当に心からするという、その心の姿勢が直ったときに一週間でもって、医者の見放した病人がたちまちに丈夫になった。その恩返しにどうしたらいいかと言うから、人助けをすることだとこう言うと、それをもうそのままに行じた人。言葉のとおりに実行した人。それが妙佼先生なんです。
     二十年間そういう激しい、経済的にもよくない、健康的にもよくない、まあいろいろの人間苦というものがあったわけです。戦争に巻き込まれるという時代のことを考えますと──いま私どもはこんなに幸せでありますが、一歩朝鮮海峡を渡りますと、韓国がその私どもとやや似たことをやっているんです。どこの国と戦争をするという当てはないでしょう。まあそれは、あるといえば北朝鮮──同じ民族が、思想が違うために真っ二つになっている。そして財政はよろしくない。アメリカ側にいろいろのことを言ってアメリカの特高、日本の特高と同じような形でもって大統領がやたらに言論の自由を束縛したり、行動の自由、言論の自由、結社の自由、もうすべてのことが束縛されている。これは非常によくないというので、私どももルーベン会議に、そういうことをしちゃいかんというので、韓国に対しての勧告を決議したのであります。

  •  そういうことでありますから、始まった当時のことを考えてみますと、信者の方もご無理をなすったに相違ないけれども、妙佼先生も、お年をとっておって無理をしたんですね。夜も昼も──きょうはどこへも行くところはなかろうと思っておるというと、あべこべにそういう日には夜中に人が来て、お医者さんのまるで回診のようなつもりでどんどんと戸をたたく。起きてみると病人が苦しんでしょうがないから来てくれというわけなんです。そして夜中に起きて行って、たとえば痛む神経痛などは、痛みのとまるまでお経をあげたものです。九字を切ったり、お経をあげたり、話を聞かせたり。そういう時代ですから、どちらが負けるかという、病気と人間が根比べをするような状態──。
     そういうときでありますから、これはもう本当に、さっき言われたが金銀の論法よりも実行だと。本当の真心の実行だと。これは真心でなきゃやれない仕事なんですね。頼まれてもちょっとできない。それも夜中に来てくれたからといって回診料をくれるわけじゃなしね。全くそれは無報酬でもって喜んでそれをやっていったんですね。
     まあそういう修行をずっとやったんです。しかし現実はというと、妙佼先生自体も入会するときにはお医者に見放されたような状態が、入会をして先祖供養というものを本当に心からするという、その心の姿勢が直ったときに一週間でもって、医者の見放した病人がたちまちに丈夫になった。その恩返しにどうしたらいいかと言うから、人助けをすることだとこう言うと、それをもうそのままに行じた人。言葉のとおりに実行した人。それが妙佼先生なんです。
     二十年間そういう激しい、経済的にもよくない、健康的にもよくない、まあいろいろの人間苦というものがあったわけです。戦争に巻き込まれるという時代のことを考えますと──いま私どもはこんなに幸せでありますが、一歩朝鮮海峡を渡りますと、韓国がその私どもとやや似たことをやっているんです。どこの国と戦争をするという当てはないでしょう。まあそれは、あるといえば北朝鮮──同じ民族が、思想が違うために真っ二つになっている。そして財政はよろしくない。アメリカ側にいろいろのことを言ってアメリカの特高、日本の特高と同じような形でもって大統領がやたらに言論の自由を束縛したり、行動の自由、言論の自由、結社の自由、もうすべてのことが束縛されている。これは非常によくないというので、私どももルーベン会議に、そういうことをしちゃいかんというので、韓国に対しての勧告を決議したのであります。

  •  ところがこれをよく噛みしめていまの状態を拝見しますと、それではおまえの国はもとどうであったとこう言われると、昭和十三年ごろからちょうどいまの韓国と似たような特高に追いかけられて、そしてちょっと変わったことをやるというとすぐに引っ張られる。けさのあの「雲のじゅうたん」ですか、あれをごらんになって来た人──きょうは早く来たから見て来ないかな。あれを見ていると、あの殿さまがジャズをかけているというので特高が入って横っ面を張り飛ばしてね。元貴族院議員を特高のおまわりさんが横っ面を張り飛ばして文句を言っている。ああいう状態が韓国にあるわけですね。地球上にいまでもあるわけなんです。ちょうど佼成会の創立当時がそういう状態であったわけです。
     そういう中にあって、妙佼先生には神さまが常にご降臨になっていたわけです。さっきも録音の中にありましたが、「われわれが自分たちで結社をこしらえて、立正佼成会と名前をつけて政府に届けて認可を得た。こうして佼成会という会があるんだとおまえたちは思っているだろう」と。「しかしそれは大間違いだ。神さまがちゃんとつくった会だぞ。それを忘れちゃいかん」と、こう神さまが言うわけなんです。私どもにしますと自分たちでつくったような気がするんですね。そういう考えではそれはだめだ。神さまのご守護をいただくのには、神さまのおつくりになったその会に、どのように仕えたら神さまのみ心にかなうことができるんでしょうかと、こういう謙虚な気持ちでなきゃだめだということを、神さまは強く言うわけなんです。
     そういう時代に、病気で、もう年をとってきたその妙佼先生が神がかりになったことのある方はおわかりだと思いますが、神がかりになってきたときは、非常に体に無理がいくわけです。汗びっしょりになってしまいますね、五分もたったら。それが毎日のように神がかりになっていろいろのお告げをするんですから、体は本来から言えば大変なんですね。その上、もと胃が悪かったり、お医者さんに見放されるような病気を持っておられたから、食事は何でもいただけるという人じゃない。そういう弱い体で神がかりになって、もう毎日のように注意をしてくださる。そういう状態をずっと続けたわけですから、それはご無理のいくのが当然なんです。ところがご無理をしながら体が丈夫になって、皆さんの陣頭指揮に立たれて、それこそ「われの後ろへついて来た」と。神さまに仕えるのはこういうふうにするんだということを、口で言わずに後ろ姿で導いて来られた。そういう先生なのであります。

  •  ところがこれをよく噛みしめていまの状態を拝見しますと、それではおまえの国はもとどうであったとこう言われると、昭和十三年ごろからちょうどいまの韓国と似たような特高に追いかけられて、そしてちょっと変わったことをやるというとすぐに引っ張られる。けさのあの「雲のじゅうたん」ですか、あれをごらんになって来た人──きょうは早く来たから見て来ないかな。あれを見ていると、あの殿さまがジャズをかけているというので特高が入って横っ面を張り飛ばしてね。元貴族院議員を特高のおまわりさんが横っ面を張り飛ばして文句を言っている。ああいう状態が韓国にあるわけですね。地球上にいまでもあるわけなんです。ちょうど佼成会の創立当時がそういう状態であったわけです。
     そういう中にあって、妙佼先生には神さまが常にご降臨になっていたわけです。さっきも録音の中にありましたが、「われわれが自分たちで結社をこしらえて、立正佼成会と名前をつけて政府に届けて認可を得た。こうして佼成会という会があるんだとおまえたちは思っているだろう」と。「しかしそれは大間違いだ。神さまがちゃんとつくった会だぞ。それを忘れちゃいかん」と、こう神さまが言うわけなんです。私どもにしますと自分たちでつくったような気がするんですね。そういう考えではそれはだめだ。神さまのご守護をいただくのには、神さまのおつくりになったその会に、どのように仕えたら神さまのみ心にかなうことができるんでしょうかと、こういう謙虚な気持ちでなきゃだめだということを、神さまは強く言うわけなんです。
     そういう時代に、病気で、もう年をとってきたその妙佼先生が神がかりになったことのある方はおわかりだと思いますが、神がかりになってきたときは、非常に体に無理がいくわけです。汗びっしょりになってしまいますね、五分もたったら。それが毎日のように神がかりになっていろいろのお告げをするんですから、体は本来から言えば大変なんですね。その上、もと胃が悪かったり、お医者さんに見放されるような病気を持っておられたから、食事は何でもいただけるという人じゃない。そういう弱い体で神がかりになって、もう毎日のように注意をしてくださる。そういう状態をずっと続けたわけですから、それはご無理のいくのが当然なんです。ところがご無理をしながら体が丈夫になって、皆さんの陣頭指揮に立たれて、それこそ「われの後ろへついて来た」と。神さまに仕えるのはこういうふうにするんだということを、口で言わずに後ろ姿で導いて来られた。そういう先生なのであります。

  •    ほんものを育てる慈悲の方便力

     そういうことで、私どもは二十年間共に法華経に対する研さんを積ませていただいた。そして、「おまえは文字を読んでわかったつもりでおるだろうが、その文字の陰には神さまがちゃんといるんだぞ」ということで、そのためには新聞も雑誌も読んじゃいかんと、こういうことでとめられたわけです。
     これまた、きのう、おとといと私は二回聞いたのですが、「女性手帳」というテレビ番組がありますな。あの「女性手帳」を見ておると、アメリカのドナルド・キーンという方が出ておりますね。この人は日本の戦争当時をごらんになって、大きらいだと──日本という国ぐらい戦争好きであんないやな国はないとこう思っていた人でしたが、日本の勉強をしてみたところ、もう日本が大好きになった。そしていまコロンビア大学の教授でありますが、この人は勉強するときはアメリカに生徒がたった一人というんです。そのドナルド・キーンさんだけで、教授は日本から行った人がしているわけですな。そういうだれももう勉強をする人のいないようなところで日本史を勉強された。われわれがとても知らないような日本の古い狂言などもみんな勉強している。
     何で狂言を勉強するかというと、日本人の伝統的な文化というものはどういうところにあるかを見た場合に──これは妙佼先生に神さまがお降りになって、雑誌も──まあいまの週刊誌みたいなものはその時分はないんだけれども。あのときの雑誌はもっといい雑誌なんだが、そういう雑誌も新聞も読んじゃいけないと。法華経以外に読むなと言われた。ところがそのドナルド・キーンさんはいまでも日本の新聞は読みたくないと言うんだね。日本が好きでしょうがない人ですよ。それは何が好きかというと、日本の八百年も九百年も前の──古代の日本が好きだ、日本人の伝統、この日本文化が好きなんだと。そして、こういう文化の中に育った人なんだから日本人にはもう少しましな人間が出そうだなあと、こう思って日本を好きになっていらっしゃる。
     これは私はね、われわれは本当にもう一遍襟を正して──その当時の単語を調べると、二百ぐらいあるとだいたい文章ができたと。ところがいまは当用漢字が非常に数が少ないといわれても千八百もある。それにかながあって、それこそまあ、全部というと三千や四千の数があるわけですね。そういうものがまたそのくだらない文章にこれを組み合わせているわけなんです。だからこういう煩わしいものは読みたくないと言うんだ、その人は。

  •    ほんものを育てる慈悲の方便力

     そういうことで、私どもは二十年間共に法華経に対する研さんを積ませていただいた。そして、「おまえは文字を読んでわかったつもりでおるだろうが、その文字の陰には神さまがちゃんといるんだぞ」ということで、そのためには新聞も雑誌も読んじゃいかんと、こういうことでとめられたわけです。
     これまた、きのう、おとといと私は二回聞いたのですが、「女性手帳」というテレビ番組がありますな。あの「女性手帳」を見ておると、アメリカのドナルド・キーンという方が出ておりますね。この人は日本の戦争当時をごらんになって、大きらいだと──日本という国ぐらい戦争好きであんないやな国はないとこう思っていた人でしたが、日本の勉強をしてみたところ、もう日本が大好きになった。そしていまコロンビア大学の教授でありますが、この人は勉強するときはアメリカに生徒がたった一人というんです。そのドナルド・キーンさんだけで、教授は日本から行った人がしているわけですな。そういうだれももう勉強をする人のいないようなところで日本史を勉強された。われわれがとても知らないような日本の古い狂言などもみんな勉強している。
     何で狂言を勉強するかというと、日本人の伝統的な文化というものはどういうところにあるかを見た場合に──これは妙佼先生に神さまがお降りになって、雑誌も──まあいまの週刊誌みたいなものはその時分はないんだけれども。あのときの雑誌はもっといい雑誌なんだが、そういう雑誌も新聞も読んじゃいけないと。法華経以外に読むなと言われた。ところがそのドナルド・キーンさんはいまでも日本の新聞は読みたくないと言うんだね。日本が好きでしょうがない人ですよ。それは何が好きかというと、日本の八百年も九百年も前の──古代の日本が好きだ、日本人の伝統、この日本文化が好きなんだと。そして、こういう文化の中に育った人なんだから日本人にはもう少しましな人間が出そうだなあと、こう思って日本を好きになっていらっしゃる。
     これは私はね、われわれは本当にもう一遍襟を正して──その当時の単語を調べると、二百ぐらいあるとだいたい文章ができたと。ところがいまは当用漢字が非常に数が少ないといわれても千八百もある。それにかながあって、それこそまあ、全部というと三千や四千の数があるわけですね。そういうものがまたそのくだらない文章にこれを組み合わせているわけなんです。だからこういう煩わしいものは読みたくないと言うんだ、その人は。

  •  二日間アナウンサーにいろいろ質問されながら、日本の上代の言葉が上品で、そして人情に厚い、慈悲の深い、その義理人情というものから、劇で心中をあつかったところをあの人は非常にきのうは説明をされておった。心中したなんていうとこれはまあどこにも──好きな人と一緒に心中しようかなんていう気になる。それがいいんじゃなくて、その心中の仕方がいいわけなんだね。その心意気がいいわけなんです。本妻というものは義理がある。そして二号さんには二号さんに対する愛情がある。両方の女に非常に大事な関係があり、大事な義理人情、がある。これを両方義理立てしようとすると心中をどうしてもしなくちゃならない。そういう劇の話をされた。その心中をしながらも、一緒に同じところで死んでしまうと、自分の好きな女と──小春という芸妓とするんだけれども、そうすると嫁さんに悪いというので、時間は一緒に死ぬんだけれども別々の所で心中をしているわけです。こういうことまで外人が日本史を研究して、日本人の義理人情というものの厚さ、そういうものをちゃんと読み取っているわけですね。
     ですから私がいつも言う、日本の神道というものの基盤がある。素地がある。素地があったから、この難解の仏教というようなものが日本に来て、直ちに日本的になったということはこれが不思議なんだと、こういうことを言っても、まあ会長は宗教協力をやってるから、ああ言わなければ宗教家はまとまらない。あれは方便でああいうことを言ってるんだと。こういうふうにとる人があるかもしれない。どうもおやじはもう宗教協力、協力だとわいわい言っておる。よその教団なんか構わんでおいて、うちの教団のことを真剣に考えればいいんだがなあと言う人が、私はこの中に一人や二人いると思うんだよ。
     まあそういう人もあると思うから、横道のようだけれども、そういうこともあわせて皆さんにひとつ、きょうのご命日──妙佼先生は本当にこれはこり固まったような法華経に精進をした人であるけれども、その中には本当にこの義理人情というようなことをもっておられた。そしてまた他宗の人に対する思いやりも深かった。陰ではぶうぶう言って、「あんな坊主と何のためにあんたはそんなに一生懸命で話をするんだ」なんて文句を言うんです。文句を言うけれども、おいでになるというともう山海の珍味をこしらえてね、「さあさあ、どうぞごゆっくり」というんで、まあ私に言ってることとお坊さんが来たときの態度は、こんな二重人格があるかと思うようなことをやるわけなんです。

  •  二日間アナウンサーにいろいろ質問されながら、日本の上代の言葉が上品で、そして人情に厚い、慈悲の深い、その義理人情というものから、劇で心中をあつかったところをあの人は非常にきのうは説明をされておった。心中したなんていうとこれはまあどこにも──好きな人と一緒に心中しようかなんていう気になる。それがいいんじゃなくて、その心中の仕方がいいわけなんだね。その心意気がいいわけなんです。本妻というものは義理がある。そして二号さんには二号さんに対する愛情がある。両方の女に非常に大事な関係があり、大事な義理人情、がある。これを両方義理立てしようとすると心中をどうしてもしなくちゃならない。そういう劇の話をされた。その心中をしながらも、一緒に同じところで死んでしまうと、自分の好きな女と──小春という芸妓とするんだけれども、そうすると嫁さんに悪いというので、時間は一緒に死ぬんだけれども別々の所で心中をしているわけです。こういうことまで外人が日本史を研究して、日本人の義理人情というものの厚さ、そういうものをちゃんと読み取っているわけですね。
     ですから私がいつも言う、日本の神道というものの基盤がある。素地がある。素地があったから、この難解の仏教というようなものが日本に来て、直ちに日本的になったということはこれが不思議なんだと、こういうことを言っても、まあ会長は宗教協力をやってるから、ああ言わなければ宗教家はまとまらない。あれは方便でああいうことを言ってるんだと。こういうふうにとる人があるかもしれない。どうもおやじはもう宗教協力、協力だとわいわい言っておる。よその教団なんか構わんでおいて、うちの教団のことを真剣に考えればいいんだがなあと言う人が、私はこの中に一人や二人いると思うんだよ。
     まあそういう人もあると思うから、横道のようだけれども、そういうこともあわせて皆さんにひとつ、きょうのご命日──妙佼先生は本当にこれはこり固まったような法華経に精進をした人であるけれども、その中には本当にこの義理人情というようなことをもっておられた。そしてまた他宗の人に対する思いやりも深かった。陰ではぶうぶう言って、「あんな坊主と何のためにあんたはそんなに一生懸命で話をするんだ」なんて文句を言うんです。文句を言うけれども、おいでになるというともう山海の珍味をこしらえてね、「さあさあ、どうぞごゆっくり」というんで、まあ私に言ってることとお坊さんが来たときの態度は、こんな二重人格があるかと思うようなことをやるわけなんです。

  •  ところがそれが方便力なんですね。本音はそこにあるわけなんです。この人に本当のことを言わせようと思う。私に本当のことを勉強させようと思っているんだけれども、口では──いまの教育ママのように点数かせぎをさせようというようなことを言ったら、私もいまの怠け者の不良少年になったかもわからない。ところが点数かせぎじゃないわけなんです。非常にやかましい。いつまでも一緒に飲んでいる。そうすると後になって文句を百万だら言われるわけなんです。ところがその言われるときはどうしてそういうふうになったかというと、後から後から新しい料理をこしらえて出すからお客さまはいつになっても帰りゃしない。帰れないんですね。そうしておいて、私が悪いとこう言うんだよ、まあ。これはなかなか逆手なんですね。
     それがなかなか生きているうちは、妙佼先生の本音が読めないで、何言ってるんだというような気持ちも多少動いた。しかし私はまた法門を聞くということが何より好きだから、それこそ青春も恋愛もみんな忘れてそっちばかり夢中になっていた。ですからもう何のことはない。お坊さんと話をして得意になって、いい気になって、まあ自分では一生懸命で勉強させてもらってありがたいと思っているんだけれども、帰るが早いかもう噛んで吐き出したように文句言われるとね、少々おもしろくない。おもしろくないけれども、一方にはいいものを注入させてもらったという感謝の気持ちはあったわけです。
     そういうようなですね、皆さんもこれからいよいよ妙佼先生の年代にもうなった人は──妙佼先生は四十八歳で入会したんですかな。そして二十年、六十八歳まで精進をしたわけですが、そういう二重人格になれというんじゃないですよ。やっぱり心にもないようなことでも方便力をもって人を本物にするという、にせものでない本物にすると。そういう慈悲で導かなければ本当の信者はできないと思います。そういうことを言いたいわけなんです。

  •  ところがそれが方便力なんですね。本音はそこにあるわけなんです。この人に本当のことを言わせようと思う。私に本当のことを勉強させようと思っているんだけれども、口では──いまの教育ママのように点数かせぎをさせようというようなことを言ったら、私もいまの怠け者の不良少年になったかもわからない。ところが点数かせぎじゃないわけなんです。非常にやかましい。いつまでも一緒に飲んでいる。そうすると後になって文句を百万だら言われるわけなんです。ところがその言われるときはどうしてそういうふうになったかというと、後から後から新しい料理をこしらえて出すからお客さまはいつになっても帰りゃしない。帰れないんですね。そうしておいて、私が悪いとこう言うんだよ、まあ。これはなかなか逆手なんですね。
     それがなかなか生きているうちは、妙佼先生の本音が読めないで、何言ってるんだというような気持ちも多少動いた。しかし私はまた法門を聞くということが何より好きだから、それこそ青春も恋愛もみんな忘れてそっちばかり夢中になっていた。ですからもう何のことはない。お坊さんと話をして得意になって、いい気になって、まあ自分では一生懸命で勉強させてもらってありがたいと思っているんだけれども、帰るが早いかもう噛んで吐き出したように文句言われるとね、少々おもしろくない。おもしろくないけれども、一方にはいいものを注入させてもらったという感謝の気持ちはあったわけです。
     そういうようなですね、皆さんもこれからいよいよ妙佼先生の年代にもうなった人は──妙佼先生は四十八歳で入会したんですかな。そして二十年、六十八歳まで精進をしたわけですが、そういう二重人格になれというんじゃないですよ。やっぱり心にもないようなことでも方便力をもって人を本物にするという、にせものでない本物にすると。そういう慈悲で導かなければ本当の信者はできないと思います。そういうことを言いたいわけなんです。

  •    陰を信じる

     妙佼先生はもう亡くなって二十年たちました。しかしなくなったけれども妙佼先生はいつもいらっしゃる。そういう感じですね。仏さまは「常にここに住して法を説く」と、こうおっしゃってるから、本当に佼成会を思っている魂だから恐らくお釈迦さまとおんなじに私どものそばへ常についておって、法を説いてくださっていると思うんです。
     ですからどんな難問題が起きても、神さまに本当にお願いをして、お祈りをこめて、その解決に自分が本当にへりくだって──よく言われた言葉の中に、「人間の皮をかぶっているうちはなかなか本当のいいことはできない」と、こう言われた。それはやっぱり人間の皮をかぶってるんだ、みんな。皮がなくなるために、日本ではなくなると焼き場へ持って行って燃しちゃうんです。そうするともう皮がなくなって骨だけになる。皮や肉がみな燃えちゃうんです。ところが肉がついて皮をかぶってるうちは、色気があったり欲気があったりしてなかなか本物になりにくい、こう言っておられた。「だから人間の皮をかぶってるうちはどうせ大したことはできない。これをよく心根にしみて噛みしめておこう」と、いうことをよく言ったんです。
     ですから、お互いさままだ人間の皮をかぶってるわけです。よほど精進をして経文をよく拝読してですね、仏さまのお説のとおりに精進しようという誓いがないとね、うっかりすると本化になったかと思うと迹化になったり、もう迹化以下になっちまって地獄・餓鬼・畜生の方に行っちゃったりするかもしれません。本化というのには、本当の菩薩にならなくちゃならない、本化の菩薩になりたい。そのことがお経の中にずうっと書いてございます。
     先週の日曜日ですか、立正大学の久保田正文先生が法華経の信解品のお話をされました。第六回目だと言いましたが、そのお話の中に非常に大切な言葉が一つあったわけです。それは、信解品というのでやっぱり信というのがまず先であると。しかし、これは支那の偉い人の言った言葉だとこう言っておっしゃられたんですが、恐らく天台大師のおっしゃった言葉じゃないかと私は想像しているのであります。こういうことを言われているそうですな。「信有って解なければ無明を増長し、解あって信なければ邪見を増長す」とこういう言葉があるそうであります。

  •    陰を信じる

     妙佼先生はもう亡くなって二十年たちました。しかしなくなったけれども妙佼先生はいつもいらっしゃる。そういう感じですね。仏さまは「常にここに住して法を説く」と、こうおっしゃってるから、本当に佼成会を思っている魂だから恐らくお釈迦さまとおんなじに私どものそばへ常についておって、法を説いてくださっていると思うんです。
     ですからどんな難問題が起きても、神さまに本当にお願いをして、お祈りをこめて、その解決に自分が本当にへりくだって──よく言われた言葉の中に、「人間の皮をかぶっているうちはなかなか本当のいいことはできない」と、こう言われた。それはやっぱり人間の皮をかぶってるんだ、みんな。皮がなくなるために、日本ではなくなると焼き場へ持って行って燃しちゃうんです。そうするともう皮がなくなって骨だけになる。皮や肉がみな燃えちゃうんです。ところが肉がついて皮をかぶってるうちは、色気があったり欲気があったりしてなかなか本物になりにくい、こう言っておられた。「だから人間の皮をかぶってるうちはどうせ大したことはできない。これをよく心根にしみて噛みしめておこう」と、いうことをよく言ったんです。
     ですから、お互いさままだ人間の皮をかぶってるわけです。よほど精進をして経文をよく拝読してですね、仏さまのお説のとおりに精進しようという誓いがないとね、うっかりすると本化になったかと思うと迹化になったり、もう迹化以下になっちまって地獄・餓鬼・畜生の方に行っちゃったりするかもしれません。本化というのには、本当の菩薩にならなくちゃならない、本化の菩薩になりたい。そのことがお経の中にずうっと書いてございます。
     先週の日曜日ですか、立正大学の久保田正文先生が法華経の信解品のお話をされました。第六回目だと言いましたが、そのお話の中に非常に大切な言葉が一つあったわけです。それは、信解品というのでやっぱり信というのがまず先であると。しかし、これは支那の偉い人の言った言葉だとこう言っておっしゃられたんですが、恐らく天台大師のおっしゃった言葉じゃないかと私は想像しているのであります。こういうことを言われているそうですな。「信有って解なければ無明を増長し、解あって信なければ邪見を増長す」とこういう言葉があるそうであります。

  •  これは信と解とどっちも大事なんで、片一方じゃだめなんです。ですけれども信解品とこう四番目にあるように、信の方が先にですね──まあ佼成会の皆さんの教学が非常によかったということですが、半面昨今の教学をやっている人がどうもちょっと弱いというのはそこだなと思うんです。いまの人はみんな解信の方に入っている。信解品じゃない、解信品に読んじゃってる。解釈の方を先に聞いて、理屈を先に聞いてそれから、理屈が通るからおれも信じようかなというんですから、信の方がちょっとどっかへ行っちゃっている。ところが昔は、解釈なんていうものはむだだと。信ずればいいというんで、その言葉が「陰を信じろ」という。陰というんだが、陰なんてものはないんですな、本当は。本体があるから陰があるんだけれども、それを本体なんか見ないで陰を信じろというような言葉で、「陰を信じろ」と言ったんです。
     そこなんですね。この、陰を信じるという──神仏は目に見えない、手にも取れないけれども、その無相のところに相がある。そういうことで、信じられるということになって信じておるけれども、「無明増長す」で、信だけでは、信ありて解なくば無明増長すで迷いがなくならない。そこで解釈と。これは昭和三十三年に真実顕現を発表いたしましてから、解というものがはっきりしてきた。そこで無明が消えたわけですね。
     ところがその、前の信の方をたたき込んだ、そういう修行をしないでいきなり解の方だけやってしまうというと都合がいい。解の方へ入っちゃうと、そうするともう信の方をちょっと軽く見ちゃってそっちのけにやってしまう。そうすると、「我見を増長す」というのは、ご法をやっている人が何でああいうことができるだろう、何であんなに怠けられるだろう、とこういうことだね。
     これはさっきのことにも通じるんですが、皆さんの出て来る時間でも、本当に信を持って陰を信じておれば、もうご命日の九時には道場がいっぱいになっているのが本当だと思うんです。東京にとにかく信者はたくさんいるんです。早く行かないと座れないというんで皆さんがもう入り口の、拝殿に入って来る所の石段までいっぱいいるくらい来るのが、私は東京の信者の数からいうとほんとうだと思うんです。ところがみんな解信になっちゃって、信解品でなくて解信品になっちゃってるから、「私はもう教学の勉強をしてわかってるんだから、お経はうちで上げたし、ご命日のお経をわざわざ本尊の前へ行って上げたって上げなくたっておんなじじゃないか」という解釈をしているんじゃないかと思うんです。だからなかなか集まって来ない。

  •  これは信と解とどっちも大事なんで、片一方じゃだめなんです。ですけれども信解品とこう四番目にあるように、信の方が先にですね──まあ佼成会の皆さんの教学が非常によかったということですが、半面昨今の教学をやっている人がどうもちょっと弱いというのはそこだなと思うんです。いまの人はみんな解信の方に入っている。信解品じゃない、解信品に読んじゃってる。解釈の方を先に聞いて、理屈を先に聞いてそれから、理屈が通るからおれも信じようかなというんですから、信の方がちょっとどっかへ行っちゃっている。ところが昔は、解釈なんていうものはむだだと。信ずればいいというんで、その言葉が「陰を信じろ」という。陰というんだが、陰なんてものはないんですな、本当は。本体があるから陰があるんだけれども、それを本体なんか見ないで陰を信じろというような言葉で、「陰を信じろ」と言ったんです。
     そこなんですね。この、陰を信じるという──神仏は目に見えない、手にも取れないけれども、その無相のところに相がある。そういうことで、信じられるということになって信じておるけれども、「無明増長す」で、信だけでは、信ありて解なくば無明増長すで迷いがなくならない。そこで解釈と。これは昭和三十三年に真実顕現を発表いたしましてから、解というものがはっきりしてきた。そこで無明が消えたわけですね。
     ところがその、前の信の方をたたき込んだ、そういう修行をしないでいきなり解の方だけやってしまうというと都合がいい。解の方へ入っちゃうと、そうするともう信の方をちょっと軽く見ちゃってそっちのけにやってしまう。そうすると、「我見を増長す」というのは、ご法をやっている人が何でああいうことができるだろう、何であんなに怠けられるだろう、とこういうことだね。
     これはさっきのことにも通じるんですが、皆さんの出て来る時間でも、本当に信を持って陰を信じておれば、もうご命日の九時には道場がいっぱいになっているのが本当だと思うんです。東京にとにかく信者はたくさんいるんです。早く行かないと座れないというんで皆さんがもう入り口の、拝殿に入って来る所の石段までいっぱいいるくらい来るのが、私は東京の信者の数からいうとほんとうだと思うんです。ところがみんな解信になっちゃって、信解品でなくて解信品になっちゃってるから、「私はもう教学の勉強をしてわかってるんだから、お経はうちで上げたし、ご命日のお経をわざわざ本尊の前へ行って上げたって上げなくたっておんなじじゃないか」という解釈をしているんじゃないかと思うんです。だからなかなか集まって来ない。

  •  じゃ来ないのかと思うというと、才蔵のお昼ごろになるとみんなやって来るんだ。才蔵ってあの大神楽というのがありますね。これは神話の中に出てくるお神楽、お神楽の中に才蔵役というのがあるんで、あれはばかになって人さまを取り持って、ほかの芸を生かすために、才蔵というのはお獅子のしっぽを持って歩いてさまざまに道化て行く。それと同じようにそのとんでもない才蔵のお昼のころになってやって来て、そしてまあ説法の終わるころまでにはもういっぱいなんですね。ところが朝のお経のときにはなかなかそろわない。
     こういうのは信解品でなく解信品になってやせんかなと、この久保田先生の朝の宗教の時間の信解品の解説を聞いているうちに、私は何かこうひしひしと感じたんです。

  •  じゃ来ないのかと思うというと、才蔵のお昼ごろになるとみんなやって来るんだ。才蔵ってあの大神楽というのがありますね。これは神話の中に出てくるお神楽、お神楽の中に才蔵役というのがあるんで、あれはばかになって人さまを取り持って、ほかの芸を生かすために、才蔵というのはお獅子のしっぽを持って歩いてさまざまに道化て行く。それと同じようにそのとんでもない才蔵のお昼のころになってやって来て、そしてまあ説法の終わるころまでにはもういっぱいなんですね。ところが朝のお経のときにはなかなかそろわない。
     こういうのは信解品でなく解信品になってやせんかなと、この久保田先生の朝の宗教の時間の信解品の解説を聞いているうちに、私は何かこうひしひしと感じたんです。

  •    あやふやな修行ではとても神さまのご守護はいただけない

     仏性開顕ということを去年やったけれども、どうも十分でないようだ、まあもう一年というので、二年やった。ことしはもうみんな行き渡って、仏性開顕がみんなおできになったろうと思うんです。仏性の開顕ができると本化の菩薩になっちゃってるわけだ。みんな本化の菩薩になると迹化に返ることのない不退転の精進にならなくちゃならないわけだ。そこのところができてないというのは、きょう二十年たって妙佼先生の御霊が果たして、「このままでいい」と言うかどうか、ね。
     ひとつ、みんな、きょう来た人だけでいいから、妙佼先生の御霊へのご供養という意味で、きょうの読経がご供養になりましたか、なりませんかということで、あすからの自分の行動が法華経の真の菩薩行の型に入ってるかどうかということが、私は判定の基準だと思うんです。このことを妙佼先生にはっきりとひとつお互いが、霊感を持っている人はひとつ霊感で伺ってみていただいて、「よろしい」とおっしゃっているんでしたら、もう私は何も言いませんが。
     まあ、「それじゃいけない」ということでありましたら、もう少し世直しをしようというですね──あの十番の法師品を読んで、非常に私どもは過去世にたくさんの仏さまにお会いした功徳をもって、福徳淳厚によって生まれた八万の大士だということになるとね、あそこへいくとお経の元気が出てきますね。われもこれは大したものだと、そういう感じがするんですが、八万の大士というのはいま申し上げましたような不退転の修行のできた人でなければならんわけで、世を直さなければならない。
     世界の巨星、毛沢東さんが亡くなった。これはもう中国では大変なことでございましょう、指導者を失ったので。私どもがちょうど妙佼先生を亡くしたとおんなじぐらいの、これはショックだと思うんです。八億の民がそれだけのショックを受けている。毛沢東の死んだということに対しては八億の民だけでなく世界じゅうの方が──アジアの八億の民を持っている中国が一応社会主義で一つになっておる。その一つになってる社会主義国が今後どういう動きをするだろうということは、これはまた世界じゅうに関心がある。日本などはお隣でございます。一番影響の大なるものは日本というわけだ。日本が本物になって、大和民族の持っているところの義理人情というような深いきずなにちゃんとつながった日本神道、大和民族の神道の精神を踏まえて、仏教の教義でぴったりと人間のあるべき姿をつかんでいなければ、どういうことが日本に起きて来るか、これは受け合えないわけですね。

  •    あやふやな修行ではとても神さまのご守護はいただけない

     仏性開顕ということを去年やったけれども、どうも十分でないようだ、まあもう一年というので、二年やった。ことしはもうみんな行き渡って、仏性開顕がみんなおできになったろうと思うんです。仏性の開顕ができると本化の菩薩になっちゃってるわけだ。みんな本化の菩薩になると迹化に返ることのない不退転の精進にならなくちゃならないわけだ。そこのところができてないというのは、きょう二十年たって妙佼先生の御霊が果たして、「このままでいい」と言うかどうか、ね。
     ひとつ、みんな、きょう来た人だけでいいから、妙佼先生の御霊へのご供養という意味で、きょうの読経がご供養になりましたか、なりませんかということで、あすからの自分の行動が法華経の真の菩薩行の型に入ってるかどうかということが、私は判定の基準だと思うんです。このことを妙佼先生にはっきりとひとつお互いが、霊感を持っている人はひとつ霊感で伺ってみていただいて、「よろしい」とおっしゃっているんでしたら、もう私は何も言いませんが。
     まあ、「それじゃいけない」ということでありましたら、もう少し世直しをしようというですね──あの十番の法師品を読んで、非常に私どもは過去世にたくさんの仏さまにお会いした功徳をもって、福徳淳厚によって生まれた八万の大士だということになるとね、あそこへいくとお経の元気が出てきますね。われもこれは大したものだと、そういう感じがするんですが、八万の大士というのはいま申し上げましたような不退転の修行のできた人でなければならんわけで、世を直さなければならない。
     世界の巨星、毛沢東さんが亡くなった。これはもう中国では大変なことでございましょう、指導者を失ったので。私どもがちょうど妙佼先生を亡くしたとおんなじぐらいの、これはショックだと思うんです。八億の民がそれだけのショックを受けている。毛沢東の死んだということに対しては八億の民だけでなく世界じゅうの方が──アジアの八億の民を持っている中国が一応社会主義で一つになっておる。その一つになってる社会主義国が今後どういう動きをするだろうということは、これはまた世界じゅうに関心がある。日本などはお隣でございます。一番影響の大なるものは日本というわけだ。日本が本物になって、大和民族の持っているところの義理人情というような深いきずなにちゃんとつながった日本神道、大和民族の神道の精神を踏まえて、仏教の教義でぴったりと人間のあるべき姿をつかんでいなければ、どういうことが日本に起きて来るか、これは受け合えないわけですね。

  •  日本の中はどうかというと、まあ全然わけのわからない政争があって──これはうちの中で政争があるわけです。こういう状態とこの中国の状態。そして、大革命をやって八億の民を一つの心にまとめたというような大人物が亡くなったと。これは周恩来に次いでまた毛沢東と。これは周恩来もさることながら、毛沢東の方がこれはまたはるかに大人物だったはずであります。そういう方々がなくなっていくということは、これは今後の社会主義の国がどういうふうに動いて行くかということに大きな関心がある。
     しかしそういうよその国の関心を持つよりも、大和民族の本当の精神、日本神道の精神を精神として、その中に法華経の教義というものをちゃんと体得しておるならば、これは世界のどこの国の人も尊敬して、合掌礼拝するような状態になって、日本の将来にはもう万々歳となるわけであります。
     ところがそこへいかないというと、物の少ない国、資源のない国、そして人口の多い国、密度が濃い国、そして一番むずかしいソ連という国と中国という国と、思想の違う国がすぐお隣さんで、先般もソ連から強行着陸なんていうことを言っているけれども、あれがもしミサイルを持って来てやられたらもう大変なことになっちまう。北海道もとうに占領されちゃってもう打つ手がないということでしょう。日本の自衛隊があまり金をかけすぎるというんで、わあわあ言っているけれども、あのくらいの戸締まりでは、あの飛行機では昼寝してても入って来る。あの機械を持ってりゃあ、寝ぼけ面しても入って来られる。そういう戸締まりでいいかということだ。
     こういう戸締まりをも含めた国民の使命というもの──これはわれわれは世直しに出て来たということになれば、この国土の荘厳そして衆生利益、みんなすべての人類に幸福を与えて、国土が荘厳で、寂光土にしなきゃならんと、こういう使命で出て来たということになると、私はなまぬるい修行ではとても神さまはご守護くださらないだろうと思うんです。いかがです。
     そういう意味で、きょうのこの妙佼先生のご命日に、三十八年前の佼成会の発足した当時の考え方をもう一遍再吟味をして、精進する必要があるのではなかろうかと。そうするならば、諸天善神がご加護くださるような法華経行者がここにありと、そういうことになると思うのであります。
     いつかも申し上げましたように、私どもの方から無理に言わなくとも外国の方では、妙佼先生の予言のように、佼成会をもととして法華経が世界万国に広まるという徴候が出ているわけなんです。徴候は出ているけれども本部の内容がそれにふさわしい、それに応じられるところの体質であるかというと、いまのように時間が余裕があって乗り物も十分あって、それでご命日がぱらぱらというようなことでゴマ塩ぐらいでは、私はそれはちょっとむずかしいのではなかろうかと思うのです。

  •  日本の中はどうかというと、まあ全然わけのわからない政争があって──これはうちの中で政争があるわけです。こういう状態とこの中国の状態。そして、大革命をやって八億の民を一つの心にまとめたというような大人物が亡くなったと。これは周恩来に次いでまた毛沢東と。これは周恩来もさることながら、毛沢東の方がこれはまたはるかに大人物だったはずであります。そういう方々がなくなっていくということは、これは今後の社会主義の国がどういうふうに動いて行くかということに大きな関心がある。
     しかしそういうよその国の関心を持つよりも、大和民族の本当の精神、日本神道の精神を精神として、その中に法華経の教義というものをちゃんと体得しておるならば、これは世界のどこの国の人も尊敬して、合掌礼拝するような状態になって、日本の将来にはもう万々歳となるわけであります。
     ところがそこへいかないというと、物の少ない国、資源のない国、そして人口の多い国、密度が濃い国、そして一番むずかしいソ連という国と中国という国と、思想の違う国がすぐお隣さんで、先般もソ連から強行着陸なんていうことを言っているけれども、あれがもしミサイルを持って来てやられたらもう大変なことになっちまう。北海道もとうに占領されちゃってもう打つ手がないということでしょう。日本の自衛隊があまり金をかけすぎるというんで、わあわあ言っているけれども、あのくらいの戸締まりでは、あの飛行機では昼寝してても入って来る。あの機械を持ってりゃあ、寝ぼけ面しても入って来られる。そういう戸締まりでいいかということだ。
     こういう戸締まりをも含めた国民の使命というもの──これはわれわれは世直しに出て来たということになれば、この国土の荘厳そして衆生利益、みんなすべての人類に幸福を与えて、国土が荘厳で、寂光土にしなきゃならんと、こういう使命で出て来たということになると、私はなまぬるい修行ではとても神さまはご守護くださらないだろうと思うんです。いかがです。
     そういう意味で、きょうのこの妙佼先生のご命日に、三十八年前の佼成会の発足した当時の考え方をもう一遍再吟味をして、精進する必要があるのではなかろうかと。そうするならば、諸天善神がご加護くださるような法華経行者がここにありと、そういうことになると思うのであります。
     いつかも申し上げましたように、私どもの方から無理に言わなくとも外国の方では、妙佼先生の予言のように、佼成会をもととして法華経が世界万国に広まるという徴候が出ているわけなんです。徴候は出ているけれども本部の内容がそれにふさわしい、それに応じられるところの体質であるかというと、いまのように時間が余裕があって乗り物も十分あって、それでご命日がぱらぱらというようなことでゴマ塩ぐらいでは、私はそれはちょっとむずかしいのではなかろうかと思うのです。

  •  もう一遍ひとつね。建物を建てるともうあふれてどうしようもないほど、もとは信者が大ぜい集まったものなんです。ただ集まればいいというのじゃありませんが、皆さんの気持ちがちょっと引き締まって、気合いの入れ方がちょっと違ったら、過去の言葉を──いまこうして録音で妙佼先生の言葉を聞いた、あの当時の言葉をですね、もう一遍再燃していくならば、法華経行者であると諸天善神が認めてくれるような方々になれるのじゃなかろうかと。そういうことにならんことには私は、これは世直しができないんじゃないかとこう心配をするわけなんです。(拍手)
     ありがとうございます。皆さんが気がついたようでございます。もうこれでおしまいにいたします。皆さんが本当にその気になっていただきますれば、私は諸天善神のご加護はもうちゃんと手配がついて、世界じゅうの人が日本の仏教を学ばなければならない。その仏教のもとであるところの日本の神道というものから勉強しなければ、本当の大乗仏教の精神はわからんのかもしれないと。そのくらい日本文化に対する注目を世界じゅうの人がしている時期になってですね、本当の日本人の中心にある者がいいからかんの気持ちじゃあこれは、私はとてもそれは皆さんの要望に応えられないと思う。そうすると、世界じゅうの皆さんの要望に応えられなければ世直しはできないと、こういうことになります。
     そういう意味で本日は妙佼先生の御霊に対して、さっき申し上げましたように皆さんがよく伺ってみていただいて、「今日までの修行のとおりでよろしゅうございましょうか。あしたからもう少しましな修行をいたしましょうか。どっちにいたしましょう」とこう聞いてください。(拍手)
     どうもありがとうございました。本日はこれをもちましておしまいといたします。(拍手)

  •  もう一遍ひとつね。建物を建てるともうあふれてどうしようもないほど、もとは信者が大ぜい集まったものなんです。ただ集まればいいというのじゃありませんが、皆さんの気持ちがちょっと引き締まって、気合いの入れ方がちょっと違ったら、過去の言葉を──いまこうして録音で妙佼先生の言葉を聞いた、あの当時の言葉をですね、もう一遍再燃していくならば、法華経行者であると諸天善神が認めてくれるような方々になれるのじゃなかろうかと。そういうことにならんことには私は、これは世直しができないんじゃないかとこう心配をするわけなんです。(拍手)
     ありがとうございます。皆さんが気がついたようでございます。もうこれでおしまいにいたします。皆さんが本当にその気になっていただきますれば、私は諸天善神のご加護はもうちゃんと手配がついて、世界じゅうの人が日本の仏教を学ばなければならない。その仏教のもとであるところの日本の神道というものから勉強しなければ、本当の大乗仏教の精神はわからんのかもしれないと。そのくらい日本文化に対する注目を世界じゅうの人がしている時期になってですね、本当の日本人の中心にある者がいいからかんの気持ちじゃあこれは、私はとてもそれは皆さんの要望に応えられないと思う。そうすると、世界じゅうの皆さんの要望に応えられなければ世直しはできないと、こういうことになります。
     そういう意味で本日は妙佼先生の御霊に対して、さっき申し上げましたように皆さんがよく伺ってみていただいて、「今日までの修行のとおりでよろしゅうございましょうか。あしたからもう少しましな修行をいたしましょうか。どっちにいたしましょう」とこう聞いてください。(拍手)
     どうもありがとうございました。本日はこれをもちましておしまいといたします。(拍手)