導いてこそ法華経の真意は分かる
私は、いつも皆さんに導きの親になって下さいと申し上げる。なぜそう言うのかというと、導きの親になるとその人の信仰が充実する。入会しても、導きをしないで首に縄をつけて引っ張られるようにして、本部に参拝に来ていたんでは意味がないのであります。喜んで、自分が先頭に立って「あなたも行きましょう」と、逆に引っ張って参拝につれてくる。こういう行をしますると、法華経の本当の意味がよく身に入ってくるのであります。自分のものになるのであります。
導きの子供に迷わず精進して頂くためには、自分が意地の悪い人だとか欲の深い人だとかいう感じを持たれていたんでは疑惑を持たれてしまう。どうしても仏さまの代わりとなり、よき手本となる行ないをしなければならない。この気持ち、これは導きの親にならないと分からないことなのです。
導きは佼成会の修行の根幹
いろいろな方々から「佼成会はどうしてそんなに伸びたのか」と聞かれるんですが、それに対して私は、私を始めみんな在家仏教徒で女房があり子供がある。そして女房も子供もどんどんとお導きをする。若い人は若い人を、年寄りは年寄りを一人ずつ一人ずつ導いていく。そういう体質を佼成会は持っている。
さらに、それらの活動の底を一貫して流れているものは、久遠実成のご本仏さまのお説きになりました妙法蓮華経の精神というものであるということ。そういうところに佼成会が伸びてきた本(もと)があるんだろうと、いつもお答えするのであります。