開祖さまご法話テキスト『求道』 1982年
戦没者慰霊・平和祈願の日
八月十五日の意義をかみしめる
皆さま、本日はようこそご参拝下さいました。月日の経つのは早いものであります。九紫火星のすばらしい年を迎えたと言っておりましたら、もうお盆ということになりました。
今日はもう八月の十五日、終戦記念日でありますが、私共はこの日を終戦記念日と言いたいところなんですが、本当は敗戦記念日なんだそうでございます。まあ、名誉を傷つけたくない、自分の都合のいいように言いたいという方々からしますと、敗戦記念日という呼び方では少々辛い。そこで、敗戦記念日とは呼ばずに終戦記念日と、こう呼んでいるわけであります。
まあ、終戦後は、暴力をもって他国を侵すことは永久にしないという平和憲法を受け入れまして、日本は本当に平和国家に生まれ変わりました。ところが最近、この憲法は押しつけられた憲法であるから改正しなければならないというような声がチラホラと聞こえるようになってきた。まあ、そういうことだからでありましょうか、「妙なことになってきたぞ。日本人はもっとしっかりと平和憲法を守らなければいけないぞ」と神さま仏さまがおっしゃっているが如くに、中国から歴史教科書の問題が提起された。また、韓国の方からも時を同じくしてこの問題が提起されてきた。こういうことであります。
ですから、今日の終戦記念日を契機に、三十七年前の今日、あの焼野ヶ原で天皇陛下の玉音放送を拝聴して、国民斉しく懺悔に入ったことをしっかりと思い起こさなければならないと、こう私は思っているのであります。
三十七年前、日本はまったくの焼野ヶ原になってしまった。この焼野ヶ原はいったいいつになったら片付くのだろうかと、こう思っていたわけでありましたが、きわめて短期間のうちに片付いてしまって、たちまちのうちに日本は立派な国になってしまった。過去のいろいろの問題は心からかなぐり捨てて、平和憲法のもとで日本人はまったく生まれ変わったようになったわけであります。そして、今年は終戦からすでに三十七年を数えまして、「こんなに幸せでいいのかしら」というほどの状態になっているわけであります。八月十五日の意義をかみしめる
皆さま、本日はようこそご参拝下さいました。月日の経つのは早いものであります。九紫火星のすばらしい年を迎えたと言っておりましたら、もうお盆ということになりました。
今日はもう八月の十五日、終戦記念日でありますが、私共はこの日を終戦記念日と言いたいところなんですが、本当は敗戦記念日なんだそうでございます。まあ、名誉を傷つけたくない、自分の都合のいいように言いたいという方々からしますと、敗戦記念日という呼び方では少々辛い。そこで、敗戦記念日とは呼ばずに終戦記念日と、こう呼んでいるわけであります。
まあ、終戦後は、暴力をもって他国を侵すことは永久にしないという平和憲法を受け入れまして、日本は本当に平和国家に生まれ変わりました。ところが最近、この憲法は押しつけられた憲法であるから改正しなければならないというような声がチラホラと聞こえるようになってきた。まあ、そういうことだからでありましょうか、「妙なことになってきたぞ。日本人はもっとしっかりと平和憲法を守らなければいけないぞ」と神さま仏さまがおっしゃっているが如くに、中国から歴史教科書の問題が提起された。また、韓国の方からも時を同じくしてこの問題が提起されてきた。こういうことであります。
ですから、今日の終戦記念日を契機に、三十七年前の今日、あの焼野ヶ原で天皇陛下の玉音放送を拝聴して、国民斉しく懺悔に入ったことをしっかりと思い起こさなければならないと、こう私は思っているのであります。
三十七年前、日本はまったくの焼野ヶ原になってしまった。この焼野ヶ原はいったいいつになったら片付くのだろうかと、こう思っていたわけでありましたが、きわめて短期間のうちに片付いてしまって、たちまちのうちに日本は立派な国になってしまった。過去のいろいろの問題は心からかなぐり捨てて、平和憲法のもとで日本人はまったく生まれ変わったようになったわけであります。そして、今年は終戦からすでに三十七年を数えまして、「こんなに幸せでいいのかしら」というほどの状態になっているわけであります。戦争でたいへんな迷惑をおかけした中国や韓国などとも平和的に戦争処理ができて、今では開発のためにお手伝いもさせて頂けるような境遇の日本にならせて頂いた。そういうことで、たいへんに順調にやってきたわけでありますが、ここに来て歴史教科書問題などというのが出てきた。これは、神さま仏さまの、「あの終戦の日に返ってよく反省し直しなさい」というお言葉であろうかと私は思うのであります。終戦というよりも敗戦であったんだということを、もう一回しっかりと思い起こして、日本は世界のためにどのようなことをさせて頂いたらいいのか、過去の軍国主義的な考え方をどのように改めていけばいいのか。こういうことをしっかりと考え直してみなければならない。こう私は思うのであります。
今年、佼成会では核兵器廃絶・軍縮の署名運動を展開した。短期間のうちに二千七百万人もの署名を見事に達成することができたわけでありますが、日本国民全部が、私共佼成会員と同じような気持ちでありましたならば、おそらく中国や韓国からお小言を頂くというようなことは起こらなかったろうと思うのであります。
まあ、こういう問題が起こってくるということは、中国や韓国では、日本は再び軍国主義の国になるのではないかと心配しているんですね。近隣の国々からこういう心配を頂くようになってきている……。ですから、私共立正佼成会員は法華経というものを、もう一回隅から隅までよくかみしめて拝読しなければならない……。法華経には、自分一人のことだけではなくして世界中の人々すべて、いや人類だけではない、生きとし生けるものはすべて魂があって、そして、みんな持ちつ持たれつで、生かし生かされ合っているんだ、共同体なんだと繰り返し繰り返し説かれている。戦争でたいへんな迷惑をおかけした中国や韓国などとも平和的に戦争処理ができて、今では開発のためにお手伝いもさせて頂けるような境遇の日本にならせて頂いた。そういうことで、たいへんに順調にやってきたわけでありますが、ここに来て歴史教科書問題などというのが出てきた。これは、神さま仏さまの、「あの終戦の日に返ってよく反省し直しなさい」というお言葉であろうかと私は思うのであります。終戦というよりも敗戦であったんだということを、もう一回しっかりと思い起こして、日本は世界のためにどのようなことをさせて頂いたらいいのか、過去の軍国主義的な考え方をどのように改めていけばいいのか。こういうことをしっかりと考え直してみなければならない。こう私は思うのであります。
今年、佼成会では核兵器廃絶・軍縮の署名運動を展開した。短期間のうちに二千七百万人もの署名を見事に達成することができたわけでありますが、日本国民全部が、私共佼成会員と同じような気持ちでありましたならば、おそらく中国や韓国からお小言を頂くというようなことは起こらなかったろうと思うのであります。
まあ、こういう問題が起こってくるということは、中国や韓国では、日本は再び軍国主義の国になるのではないかと心配しているんですね。近隣の国々からこういう心配を頂くようになってきている……。ですから、私共立正佼成会員は法華経というものを、もう一回隅から隅までよくかみしめて拝読しなければならない……。法華経には、自分一人のことだけではなくして世界中の人々すべて、いや人類だけではない、生きとし生けるものはすべて魂があって、そして、みんな持ちつ持たれつで、生かし生かされ合っているんだ、共同体なんだと繰り返し繰り返し説かれている。法華経を説くべき時は来ている
私共は、現在こうして苦労なく法華経を読誦し解説し、また書写させて頂ける。ご法をいくら説いても誰からも文句を言われない。それどころか、一生懸命で精進すると周りの方々はみな讃嘆して下さる。そういう有り難い時代に私共は生まれ合わさせて頂いているわけであります。
七百年前、日蓮聖人は法華経を説いて島流しに、いろいろたいへんなご苦労をなされたわけであります。ところが、私共はご法門を行じさせて頂くことによって、近所の方々から「ああ、立派な家庭だ、立派な人だ」と誉めて頂けても、けしからんというようなことは言われないわけであります。法華経を広め平和を築く使命
昨日の朝、ラジオで藤原さんという女性の方のお話が放送されておりました。それを聞かせて頂いたのですが、この方は旦那さまと満州に渡られて、満州で終戦を迎えられた。そして旦那さまはソ連に抑留されてしまった。生まれて一カ月にしかならない赤ん坊を含めて三人の子供があったんだそうですが、この三人の子供をつれて満州から朝鮮半島を経て命からがら日本に帰ってきた。もう、足の裏に砂利がめり込んで、山を逃げ回った。それでも痛みを感じないというくらいだったほど、そういう悲惨な状態の中を帰ってきたのです。
旦那さまの方は教員だったそうでありますが、よく「男性ではとても辛抱できないことを、女性はやり抜いていけるものだ」とおっしゃっていたそうであります。そして、この方は自分の体験からすると、女性であっても子供を持たない者は弱かった。自分も、若い娘で子供がなかったならば、満州から朝鮮半島を縦断して日本に帰ってくるというような旅はとてもできなかっただろう。ところが子供を持った母親は本当に強いと……。信仰も同じです。やはり導きをして、導きの親にならないと強い信仰にならない……。
また、道中にはいろいろと誘惑もあった。子供のない現地の人が子供を一人十円で売ってくれないかと……。まあ、当時の十円ですから今の十円と違って値打ちがあります。そう言われても、なんで自分の子供が離せるものかと歯ぎしり噛んで、三人の子供とやっとの思いで日本に帰り着いたわけです。
このお母さんの偉さはその後の考え方の中にあると思うんです。「私があの苦しい中を頑張って日本につれ帰ったからこそ、オマエたちの今日があるんだ」などということは決して言わなかった。それどころか、子供たちから昔のことを聞かれると、「子供たちに、あんな苦労をかけて本当に申し訳なかった。お詑びするよりしかたない」と、そういう気持ちだった。法華経を説くべき時は来ている
私共は、現在こうして苦労なく法華経を読誦し解説し、また書写させて頂ける。ご法をいくら説いても誰からも文句を言われない。それどころか、一生懸命で精進すると周りの方々はみな讃嘆して下さる。そういう有り難い時代に私共は生まれ合わさせて頂いているわけであります。
七百年前、日蓮聖人は法華経を説いて島流しに、いろいろたいへんなご苦労をなされたわけであります。ところが、私共はご法門を行じさせて頂くことによって、近所の方々から「ああ、立派な家庭だ、立派な人だ」と誉めて頂けても、けしからんというようなことは言われないわけであります。法華経を広め平和を築く使命
昨日の朝、ラジオで藤原さんという女性の方のお話が放送されておりました。それを聞かせて頂いたのですが、この方は旦那さまと満州に渡られて、満州で終戦を迎えられた。そして旦那さまはソ連に抑留されてしまった。生まれて一カ月にしかならない赤ん坊を含めて三人の子供があったんだそうですが、この三人の子供をつれて満州から朝鮮半島を経て命からがら日本に帰ってきた。もう、足の裏に砂利がめり込んで、山を逃げ回った。それでも痛みを感じないというくらいだったほど、そういう悲惨な状態の中を帰ってきたのです。
旦那さまの方は教員だったそうでありますが、よく「男性ではとても辛抱できないことを、女性はやり抜いていけるものだ」とおっしゃっていたそうであります。そして、この方は自分の体験からすると、女性であっても子供を持たない者は弱かった。自分も、若い娘で子供がなかったならば、満州から朝鮮半島を縦断して日本に帰ってくるというような旅はとてもできなかっただろう。ところが子供を持った母親は本当に強いと……。信仰も同じです。やはり導きをして、導きの親にならないと強い信仰にならない……。
また、道中にはいろいろと誘惑もあった。子供のない現地の人が子供を一人十円で売ってくれないかと……。まあ、当時の十円ですから今の十円と違って値打ちがあります。そう言われても、なんで自分の子供が離せるものかと歯ぎしり噛んで、三人の子供とやっとの思いで日本に帰り着いたわけです。
このお母さんの偉さはその後の考え方の中にあると思うんです。「私があの苦しい中を頑張って日本につれ帰ったからこそ、オマエたちの今日があるんだ」などということは決して言わなかった。それどころか、子供たちから昔のことを聞かれると、「子供たちに、あんな苦労をかけて本当に申し訳なかった。お詑びするよりしかたない」と、そういう気持ちだった。子供たちに自分の体験してきた苦労を話しても分かるものではないだろうと思っておりましたら、次男の方が中国残留孤児の肉親探しのテレビを見ておりまして、ジッと動かずに見ていて、涙をこぼされた。そして、お母さんに向かって「自分もこの人たちと同じ運命をたどるところだった。お母さんのおかげで、こういう肉親探しをしないで済んだ。今日こうしておられるのはお母さんのおかげだ」と、こう語られたそうであります。(涙ぐまれる)
本当にすばらしいお話だなあと思って拝聴させて頂いたのですが、こういう話を終戦記念日を前に耳にするということ、これも不可思議な因縁だと思うのであります。まあ、そのように、戦争というものは親子でも理解し合えないような困難になるのであります。
ですから、私共は法華経の精神をもって、すべての人々を導かなければならない。そして、再び戦争というものを起こさない国民にならなければならない。これが、今世法華経に遇い奉ることのできた私共の使命であります。子供たちに自分の体験してきた苦労を話しても分かるものではないだろうと思っておりましたら、次男の方が中国残留孤児の肉親探しのテレビを見ておりまして、ジッと動かずに見ていて、涙をこぼされた。そして、お母さんに向かって「自分もこの人たちと同じ運命をたどるところだった。お母さんのおかげで、こういう肉親探しをしないで済んだ。今日こうしておられるのはお母さんのおかげだ」と、こう語られたそうであります。(涙ぐまれる)
本当にすばらしいお話だなあと思って拝聴させて頂いたのですが、こういう話を終戦記念日を前に耳にするということ、これも不可思議な因縁だと思うのであります。まあ、そのように、戦争というものは親子でも理解し合えないような困難になるのであります。
ですから、私共は法華経の精神をもって、すべての人々を導かなければならない。そして、再び戦争というものを起こさない国民にならなければならない。これが、今世法華経に遇い奉ることのできた私共の使命であります。導いてこそ法華経の真意は分かる
私は、いつも皆さんに導きの親になって下さいと申し上げる。なぜそう言うのかというと、導きの親になるとその人の信仰が充実する。入会しても、導きをしないで首に縄をつけて引っ張られるようにして、本部に参拝に来ていたんでは意味がないのであります。喜んで、自分が先頭に立って「あなたも行きましょう」と、逆に引っ張って参拝につれてくる。こういう行をしますると、法華経の本当の意味がよく身に入ってくるのであります。自分のものになるのであります。
導きの子供に迷わず精進して頂くためには、自分が意地の悪い人だとか欲の深い人だとかいう感じを持たれていたんでは疑惑を持たれてしまう。どうしても仏さまの代わりとなり、よき手本となる行ないをしなければならない。この気持ち、これは導きの親にならないと分からないことなのです。導きは佼成会の修行の根幹
いろいろな方々から「佼成会はどうしてそんなに伸びたのか」と聞かれるんですが、それに対して私は、私を始めみんな在家仏教徒で女房があり子供がある。そして女房も子供もどんどんとお導きをする。若い人は若い人を、年寄りは年寄りを一人ずつ一人ずつ導いていく。そういう体質を佼成会は持っている。
さらに、それらの活動の底を一貫して流れているものは、久遠実成のご本仏さまのお説きになりました妙法蓮華経の精神というものであるということ。そういうところに佼成会が伸びてきた本(もと)があるんだろうと、いつもお答えするのであります。導いてこそ法華経の真意は分かる
私は、いつも皆さんに導きの親になって下さいと申し上げる。なぜそう言うのかというと、導きの親になるとその人の信仰が充実する。入会しても、導きをしないで首に縄をつけて引っ張られるようにして、本部に参拝に来ていたんでは意味がないのであります。喜んで、自分が先頭に立って「あなたも行きましょう」と、逆に引っ張って参拝につれてくる。こういう行をしますると、法華経の本当の意味がよく身に入ってくるのであります。自分のものになるのであります。
導きの子供に迷わず精進して頂くためには、自分が意地の悪い人だとか欲の深い人だとかいう感じを持たれていたんでは疑惑を持たれてしまう。どうしても仏さまの代わりとなり、よき手本となる行ないをしなければならない。この気持ち、これは導きの親にならないと分からないことなのです。導きは佼成会の修行の根幹
いろいろな方々から「佼成会はどうしてそんなに伸びたのか」と聞かれるんですが、それに対して私は、私を始めみんな在家仏教徒で女房があり子供がある。そして女房も子供もどんどんとお導きをする。若い人は若い人を、年寄りは年寄りを一人ずつ一人ずつ導いていく。そういう体質を佼成会は持っている。
さらに、それらの活動の底を一貫して流れているものは、久遠実成のご本仏さまのお説きになりました妙法蓮華経の精神というものであるということ。そういうところに佼成会が伸びてきた本(もと)があるんだろうと、いつもお答えするのであります。随喜更随縁
先般、京都でWCRPの常任委員会がありまして、京都に行ってまいりました。一日早くまいりまして、比叡山の麓の坂本にお住まいの山田恵諦猊下をお訪ねいたしました。そうしますと、猊下は私と家内にということで一対の扇子を下さった。私が頂きましたのには、中国の趙樸初先生の「随喜更随縁」という五文字が書いてありました。
今年、中国の天台大師と日本の伝教大師、そして伝教大師に直接法華経をお伝え下さった方の碑が、中国の天台山に建立されるのだそうでありますが、その時には日本の天台宗の皆さんが団体でご参拝になることになった。その手配をつけるために山田猊下は中国に行って趙樸初先生に会われた。そうしましたら法華経の話に花が咲いて、この「随喜更随縁」ということになったんだそうです。
ここで言う随喜というのは、趙樸初先生も、過去世において一緒に法華経の修行をした間柄なんだという随喜なんですね。その二人が因縁によってさらにまた法華経を語り合っている。こういう随喜なんですね。過去のそうした因縁、〝随縁〟があったんだと、こういうことなんですね。随喜更随縁
先般、京都でWCRPの常任委員会がありまして、京都に行ってまいりました。一日早くまいりまして、比叡山の麓の坂本にお住まいの山田恵諦猊下をお訪ねいたしました。そうしますと、猊下は私と家内にということで一対の扇子を下さった。私が頂きましたのには、中国の趙樸初先生の「随喜更随縁」という五文字が書いてありました。
今年、中国の天台大師と日本の伝教大師、そして伝教大師に直接法華経をお伝え下さった方の碑が、中国の天台山に建立されるのだそうでありますが、その時には日本の天台宗の皆さんが団体でご参拝になることになった。その手配をつけるために山田猊下は中国に行って趙樸初先生に会われた。そうしましたら法華経の話に花が咲いて、この「随喜更随縁」ということになったんだそうです。
ここで言う随喜というのは、趙樸初先生も、過去世において一緒に法華経の修行をした間柄なんだという随喜なんですね。その二人が因縁によってさらにまた法華経を語り合っている。こういう随喜なんですね。過去のそうした因縁、〝随縁〟があったんだと、こういうことなんですね。先程、明るい社会づくり運動全国協議会の幹事をなされております田無教会所属の石山さんが説法なされましたが、石山さんは過去には「宗教は阿片だ」という共産主義思想を持っておられた。その方があのように一変して法華経に帰依なされた。これも随縁であります。過去世において仏さまにお会いしてご指導を頂いたという因縁、そういう種子が今世実を結んでいるわけなんです。
今世、こうして佼成会というサンガに入って修行ができるということ、思えば、これはまことに不思議な因縁でありますが、これを随縁というのであります。
前世からの因縁があったからこそ、思想的にも複雑で、いったい何を信じたらいいものか分からないような時代に、法華経に結縁することができ、そして導きの子供とともに今世さらに随縁を積み重ねている。こういうわけであります。
このように私共は仏さまとは離れることのできない因縁を持っているわけであります。仏さまは私共を決してお離しにならない。もう、しっかりと仏さまが抱きしめて、懐に入れて、私共を育てて下さっておられるのであります。
お互いさまに、私共は前世からの随喜更随縁のおかげさまで、一足先にこうして佼成会というサンガに入ってすばらしい人生を送らせて頂いているわけであります。どうか今日を契機に、世界に本当の平和が来るまで世界中の人々に法華経の思想をお伝えする。そうするならば、いつかはいかなる国の方でも、中国の趙樸初先生と山田猊下が随喜の涙をこぼされたように、必ずなって頂けるのであります。
そういう意味で、戦没殉難の諸精霊、さらには人間だけではなくして戦争のために犠牲になった動物や草木に対しても心からなる誠を捧げるとともに、お互いさまにこうして法華経に結縁されました因縁を深く自覚して頂きたい。皆さま方の今後のご精進をお願い申し上げまして、本日の説法を終りといたします。有り難うございました。以上
先程、明るい社会づくり運動全国協議会の幹事をなされております田無教会所属の石山さんが説法なされましたが、石山さんは過去には「宗教は阿片だ」という共産主義思想を持っておられた。その方があのように一変して法華経に帰依なされた。これも随縁であります。過去世において仏さまにお会いしてご指導を頂いたという因縁、そういう種子が今世実を結んでいるわけなんです。
今世、こうして佼成会というサンガに入って修行ができるということ、思えば、これはまことに不思議な因縁でありますが、これを随縁というのであります。
前世からの因縁があったからこそ、思想的にも複雑で、いったい何を信じたらいいものか分からないような時代に、法華経に結縁することができ、そして導きの子供とともに今世さらに随縁を積み重ねている。こういうわけであります。
このように私共は仏さまとは離れることのできない因縁を持っているわけであります。仏さまは私共を決してお離しにならない。もう、しっかりと仏さまが抱きしめて、懐に入れて、私共を育てて下さっておられるのであります。
お互いさまに、私共は前世からの随喜更随縁のおかげさまで、一足先にこうして佼成会というサンガに入ってすばらしい人生を送らせて頂いているわけであります。どうか今日を契機に、世界に本当の平和が来るまで世界中の人々に法華経の思想をお伝えする。そうするならば、いつかはいかなる国の方でも、中国の趙樸初先生と山田猊下が随喜の涙をこぼされたように、必ずなって頂けるのであります。
そういう意味で、戦没殉難の諸精霊、さらには人間だけではなくして戦争のために犠牲になった動物や草木に対しても心からなる誠を捧げるとともに、お互いさまにこうして法華経に結縁されました因縁を深く自覚して頂きたい。皆さま方の今後のご精進をお願い申し上げまして、本日の説法を終りといたします。有り難うございました。以上