このような世界の中の変化につれて、佼成会も大きく変わってきていますが、基本はもちろん変わるわけがありません。私どもの所依の経典は、お釈迦さまが心を砕いてお説きくださった法華経です。
お釈迦さまは、その五十年にわたるご説法を通じ、華厳(けごん)、阿含(あごん)、方等(ほうどう)、般若(はんにゃ)と四十二年間、順々に方便経を説かれた末に、最後の八年間、「一々文々(いちいちもんもん)これ真実なり」といわれるこの法華経を説かれました。しかも『四十二年、未だ真実を顕さず』といって、いよいよ説法を始めようとなさると、六千二百人も集まったお弟子のうちの五千人が「聞いてもわからない」といって立ち去りました(五千起去=きこ)。後に残ったのは『純(もっぱ)ら貞実(じょうじつ)のみ』つまり本当に実の入った千二百人だけだったということです。それほどこの法華経に説かれている真実というものは深遠で、なかなか本当にわかるところまでいきません。
ですから佼成会でも、当初この法華経の本義を本当に会得した人は、そんなにはいなかったように思います。その代わり、行じることについては、まことに真剣でした。
どの宗教でも、草創期には奇蹟のような不思議が現れるもので、キリストが足の立たない人に向かって「立って歩け」と命じたところ、その言葉どおり、その人が立ち上がって歩いたということが、バイブルにも堂々と書かれているように、佼成会でも、もう息の絶えていた人が〝お九字〟で生き返った、ということもありました。
こういう不思議なことを目の前に見るので、わけはよくわからないが、ともかく言われたとおり夢中で行ずる。そんな姿を見た家族が〝気が狂ったのではないか〟と反対する、ときには夫婦別れまでもちあがるというような、そんな時代もあったわけです。
そして、こういう時代に大いに神力をふるい、奇蹟を現したお方が妙佼先生であったと言ってよいでしょう。
私の修行や佼成会の在り方などについて、しばしば神さまのお告げが妙佼先生に降りたことは、皆さんもご承知と思いますが、つまり、それほどに先生の信仰は徹底したものだったのです。
ですから、そのお徳によって大勢の信者さんが入会されましたが、先生のご指導が、また、なかなか厳しいものがあって〝五千起去〟ではないが、やめていく人もたくさんあったのです。そういう中で、この厳しい修行を乗り越えてこられた人たち、いわば〝純ら貞実のみ〟の信者さんが中心となって、今日の佼成会が築かれてきたわけです。
それが真実顕現をへて理論的な教義も確立し、今や普門示現の時代となり、家庭にあっては〝親子もろとも〟に信仰し、縁に触れるすべての人が理解し、納得できる宗教ということで、世界の人々からも注目されるようになりました。
こういうことも、すべてお釈迦さまのご説法の順序次第のとおりになっているわけです。