皆さま、本日はまことにおめでとう存じます。待ちに待ちました観音さまのご尊像が、きょうここに勧請申しあげるお手配になりました。
ただいま錦戸先生のお話を伺いますと、私どもの想像もおよばないご苦労があったようでございますが、はからずも観音像が完成した八月十八日が、くしくも大聖堂のご本尊の製作に着手した日でございます。そういう仏さまのお手配がありました。
私どもは何事でもそうでありますが、私は「佼成会は無策の策だ」と、いつも申しております。われわれ人間がはからって、はからえるものではなく、すべてが神さま、仏さまのおはからいによって、一つ一つ完成をしていくのであります。
したがいまして、建設をお願い、いたします銭高組さんにしましても、また錦戸先生にしましても、皆、これ神さまからさずけられました建築家であり、ご尊像の製作者でございます。
観世音菩薩像を勧請する心構えが整った
皆さまもご承知のように「序品第一」を拝読しますと、いろいろな神さま、さまざまな階層の人、あらゆる順逆のものが集りまして、いよいよ説法がはじまるというくだりがございます。あの状態を考えてみますと――。
智慧第一といわれる舎利弗尊者が、お釈迦さまに「ご法を説いていただきたい」と、お願いしますと、お釈迦さまは「説くべからず」――「このことを説けばみんな疑惑を持つであろう」――こうおっしゃってなかなかお説きにならない。再三再四お願いする。
そして、われわれがきょうの観世音菩薩像の勧請を待ち奉るように、瞻仰して待ち奉る。そのような心構えがすっかり整えられますと、はじめてお釈迦さまは「それでは舎利弗。一切世間のものは疑惑を持つであろうが、お前のために説こう」といわれ、そこで法華経の説法がはじまるわけであります。
そのように、このご尊像が姿をあらわすまでには、それ相当の次第があるわけであります。