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法華三部経の要点 ◇◇104
立正佼成会会長 庭野日敬

陀羅尼とは神秘の言葉

なぜ陀羅尼は梵語のままか

 陀羅尼品は、これまた異色の一章です。陀羅尼とは梵語のダーラニーのことで、その意味はあとで詳しく説明しますが、密教では呪陀羅尼を、病気や災害を除く力を持つ神秘的な言葉(=真言)として特に尊重し、現在ではその「真言」が陀羅尼を代表するようになっています。わが国にも弘法大師が開かれた真言宗という大宗派があることは周知のとおりです。
 さて、この品は法華経のこれまでの説法に感激した菩薩・諸天・鬼女たちが「この教えと、この教えを信ずる人びとを必ず守護いたします」と、強い言葉で誓言し、守護のための神呪(陀羅尼)を説いた章で、ほとんどがその神呪で満たされています。
 それらの神呪は全部梵語を音写したものですが、それは中国の翻訳者(この場合、鳩摩羅什)が翻訳しないほうがよいと判断したからなのです。仏教経典を中国語に翻訳した人びとは、次の五つの場合は強いて翻訳せず、原語の音に似た漢字を当て(音写し)て、わざと原語のまま残したのです。
 一、インドにあって中国にない動植物や、伝承の中の鬼神などの名。法師功徳品に出てくる多摩羅跋香(たまらばっこう)・多伽羅香(たからこう)など、また、たびたび出てくる迦樓羅(かるら)・緊那羅(きんなら)などがそれです。
 二、一つの語に多くの意味が含まれているので、一語に翻訳すると原意が十分に尽くされないもの。たとえばダーラニーには「聞いた教えを心に保って忘れない力」という意味もあり、「あらゆる悪(不幸をふくむ)を止め、あらゆる善(幸福をふくむ)を進める力」という意味もあり、「それを唱えれば仏の世界へ直入できる神秘の言葉(真言)」という意味もあります。この品の場合の陀羅尼は、第二の意味が主ですが、第三の意味も多分にふくまれています。それで陀羅尼を「総持真言」とも訳したのです。
 三、神秘的な言葉。これを翻訳すれば、その奥深い神秘性が減損され、またその音韻に含まれる不可思議な力が失われるというわけで、この陀羅尼品の神呪がそれです。
 四、むかしからの習慣に従ったもの。たとえば阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)などがそれです。
 五、翻訳すれば真の意味を失うもの。仏陀・菩提などがそれです。

陀羅尼品の神呪は神々の名

 陀羅尼品の陀羅尼は、ほとんどむかしのインドの神々の名、もしくは異称の列挙であり、その神々への呼び掛けでありますから、つまりは「言葉の力によって仏・菩薩や諸天への感応を求める」ということになりましょう。仏教の本義とはずいぶん離れているようですが、しかし、陀羅尼の霊験は、じっさいにわたしも数多く経験してまいりました。
 なぜそのような霊験をもっているかは、この経典が成立した古代インドと現代の日本とはあまりにもかけ離れているために、まったく不明です。


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