日本の中はどうかというと、まあ全然わけのわからない政争があって──これはうちの中で政争があるわけです。こういう状態とこの中国の状態。そして、大革命をやって八億の民を一つの心にまとめたというような大人物が亡くなったと。これは周恩来に次いでまた毛沢東と。これは周恩来もさることながら、毛沢東の方がこれはまたはるかに大人物だったはずであります。そういう方々がなくなっていくということは、これは今後の社会主義の国がどういうふうに動いて行くかということに大きな関心がある。
しかしそういうよその国の関心を持つよりも、大和民族の本当の精神、日本神道の精神を精神として、その中に法華経の教義というものをちゃんと体得しておるならば、これは世界のどこの国の人も尊敬して、合掌礼拝するような状態になって、日本の将来にはもう万々歳となるわけであります。
ところがそこへいかないというと、物の少ない国、資源のない国、そして人口の多い国、密度が濃い国、そして一番むずかしいソ連という国と中国という国と、思想の違う国がすぐお隣さんで、先般もソ連から強行着陸なんていうことを言っているけれども、あれがもしミサイルを持って来てやられたらもう大変なことになっちまう。北海道もとうに占領されちゃってもう打つ手がないということでしょう。日本の自衛隊があまり金をかけすぎるというんで、わあわあ言っているけれども、あのくらいの戸締まりでは、あの飛行機では昼寝してても入って来る。あの機械を持ってりゃあ、寝ぼけ面しても入って来られる。そういう戸締まりでいいかということだ。
こういう戸締まりをも含めた国民の使命というもの──これはわれわれは世直しに出て来たということになれば、この国土の荘厳そして衆生利益、みんなすべての人類に幸福を与えて、国土が荘厳で、寂光土にしなきゃならんと、こういう使命で出て来たということになると、私はなまぬるい修行ではとても神さまはご守護くださらないだろうと思うんです。いかがです。
そういう意味で、きょうのこの妙佼先生のご命日に、三十八年前の佼成会の発足した当時の考え方をもう一遍再吟味をして、精進する必要があるのではなかろうかと。そうするならば、諸天善神がご加護くださるような法華経行者がここにありと、そういうことになると思うのであります。
いつかも申し上げましたように、私どもの方から無理に言わなくとも外国の方では、妙佼先生の予言のように、佼成会をもととして法華経が世界万国に広まるという徴候が出ているわけなんです。徴候は出ているけれども本部の内容がそれにふさわしい、それに応じられるところの体質であるかというと、いまのように時間が余裕があって乗り物も十分あって、それでご命日がぱらぱらというようなことでゴマ塩ぐらいでは、私はそれはちょっとむずかしいのではなかろうかと思うのです。