ほんものを育てる慈悲の方便力
そういうことで、私どもは二十年間共に法華経に対する研さんを積ませていただいた。そして、「おまえは文字を読んでわかったつもりでおるだろうが、その文字の陰には神さまがちゃんといるんだぞ」ということで、そのためには新聞も雑誌も読んじゃいかんと、こういうことでとめられたわけです。
これまた、きのう、おとといと私は二回聞いたのですが、「女性手帳」というテレビ番組がありますな。あの「女性手帳」を見ておると、アメリカのドナルド・キーンという方が出ておりますね。この人は日本の戦争当時をごらんになって、大きらいだと──日本という国ぐらい戦争好きであんないやな国はないとこう思っていた人でしたが、日本の勉強をしてみたところ、もう日本が大好きになった。そしていまコロンビア大学の教授でありますが、この人は勉強するときはアメリカに生徒がたった一人というんです。そのドナルド・キーンさんだけで、教授は日本から行った人がしているわけですな。そういうだれももう勉強をする人のいないようなところで日本史を勉強された。われわれがとても知らないような日本の古い狂言などもみんな勉強している。
何で狂言を勉強するかというと、日本人の伝統的な文化というものはどういうところにあるかを見た場合に──これは妙佼先生に神さまがお降りになって、雑誌も──まあいまの週刊誌みたいなものはその時分はないんだけれども。あのときの雑誌はもっといい雑誌なんだが、そういう雑誌も新聞も読んじゃいけないと。法華経以外に読むなと言われた。ところがそのドナルド・キーンさんはいまでも日本の新聞は読みたくないと言うんだね。日本が好きでしょうがない人ですよ。それは何が好きかというと、日本の八百年も九百年も前の──古代の日本が好きだ、日本人の伝統、この日本文化が好きなんだと。そして、こういう文化の中に育った人なんだから日本人にはもう少しましな人間が出そうだなあと、こう思って日本を好きになっていらっしゃる。
これは私はね、われわれは本当にもう一遍襟を正して──その当時の単語を調べると、二百ぐらいあるとだいたい文章ができたと。ところがいまは当用漢字が非常に数が少ないといわれても千八百もある。それにかながあって、それこそまあ、全部というと三千や四千の数があるわけですね。そういうものがまたそのくだらない文章にこれを組み合わせているわけなんです。だからこういう煩わしいものは読みたくないと言うんだ、その人は。