温かく迎えてくれたロシア正教
共産主義というのは「宗教は阿片だ」という考え方だと聞いておりましたので、宗教に対しては相当に厳しいだろうと思っていたんですが、実際にソ連に行ってみますと、すでに革命から64年経ちますので、非常に寛大だなあという感じがいたしました。
今から19年前の昭和38年に、核兵器禁止ということで日本の宗教代表18名が世界中に訴えて歩いたことがある。これは、当時曹洞宗の管長をなされておりました高階瓏仙老師が88歳の米寿をお迎えになるということで、皆でお祝いすることになった。ところが、この先生は一風変わった宗教家でして、「俺の88歳のお祝いよりも、俺はソ連に行ってフルシチョフに仏教を説きに行く、その時は、庭野!おまえ鞄持ちしろ」と、宗教界の集りの時に言い出した。そこからこの話が始まったわけなんです。当初はソ連に行ってフルシチョフに説法してくると、こういうことだったんですが、ソ連だけではなくしてバチカンのローマ法王さまを初めイギリス聖公会のカンタベリー大司教にもと、ヨーロッパをずうっと回らせてもらった。その時など、ソ連は実に冷たくて、ロシア正教との連絡すらできなかった。ところが今回はロシア正教六千万の人たちが挙げて歓迎して下さった。どこへ行っても、それこそ下へも置かないような騒ぎなんです。
スターリンは、元は神学校の優等生だったんですね。本当は神父さんになるはずの人だったんです。ところがその優等生が「余り神にお任せし過ぎていたんでは人間は実際には救われない」と、スターリンは優等生で頭がいいだけに共産党に入っちゃった。ところが、64年という年輪を重ねるうちにはやはり状況がだいぶ変わってきた。
中国もかつては「宗教は阿片だ」ということであったんですが、今から7年のプリンストン会議の時からWCRPに参加して下さるようになったんです。それ以来、それこそがらりと中国政府の宗教政策が変わってしまいまして、「政治家がもしも宗教を弾圧するようなことがあったら、二年以下の禁錮に処す」という刑法147条というのができた、どういうことでこうなったのかと申しますと、プリンストン会議に参加されました方々が中国に帰りまして、北京の方は北京で、南京の方は南京で、上海の方は上海で各々帰朝報告をなされた。その集会の中で出てきました意見が、中国政府に提起されまして、こうした法律が制定されることになったんだと聞いております。