世界平和は会長の道楽ではない
皆さま、本日はようこそご参拝下さいました。今回の国連軍縮特別総会は、前回から4年あったわけでありますが、前回と違いまして、軍縮に対する人々の認識がたいへんに深まったように思いました。前回の国連軍縮特別総会の時には、私が世界宗教者平和会議を代表して講演をさせて頂いた。その時の国連の空気と今回の国連の空気とでは、だいぶ変わってきたようであります。
今回の国連軍縮特別総会では、たいへん広汎の人が、戦争するということの愚しさ、軍備を拡張して経済を困難にしているという愚さ。こういう点についてようやく少し分かってきたようでございます。私は、そのことがたいへんに嬉しゅうございました。いよいよ分かってきたなあ……と。
その意味におきまして、法華経の中で仏さまは、「人類悉くは我が子である」と説かれておられる。「三界は皆是れ我が有なり、其の中の衆生は悉く是れ我が子なり」と説かれております。戦争するとか、搾取するとか、どこかの国を経済封鎖するとか、そんなことはお経の中には書いてございません。
すべて、そのものそのものの因縁を、本当に生かしていくようにと法門は説かれているのであります。
昨晩はゆっくりと信解品を読ませて頂きました。あの中で説かれている長者窮児のたとえでありますが、長者の方にはたくさんの財宝がある。そして、窮児に対して早く親子の名告りをして宝を渡したい。ところが、肝心の窮児の方はいっこうに「自分は長者の子である」と気づかないで、「自分は貧乏人の子だ、窮児だ」と、こう思っている。ということは、仏の本願というものに対する認識が不足しているんですね。仏さまの願いというものがどういうものであるか知らない。その愚しさ……。仏さまの方ではジリジリしておられる。まあ、仏さまですから、われわれのようにジリジリはしてないかもしれませんが……。しかし、何としても分かってほしいというご本仏さまの大慈大悲。これは信解品を拝読するたびに、もう、深く肝に銘ずるところであります。
私共は、だいぶ大きな誓願を立てているように思いますが、信解品を読んでみますると、ご本仏さまから見ると、私共には願いがない。願いは持っておらない。そのことを、仏さまはたいへんに嘆いておられる。