そして、正しい道に入るのには何が一番先かと言うと、正見なんです。正しく見ないでやっちゃうとダメなんだ。ただ見た、ちょっと見たからいいというようなことではなくして、正しく見ていく。そして正しく考えて正しく語る。そうしないで、うっかりしていると罪になることもあります。面倒と言えば面倒なんですけれども、きわめて分かりやすいですね。正しく見て、正しく考えて、正しく語っていくようにというのですから。その次が正行で正しく行じる。正しい行ないをしていくということです。その次が正命で正しい生活設計を立てる。そして、それを繰り返し繰り返しやっていく。それが正精進ということなんです。佼成会に入ると、朝夕ご供養などということが出てくる。だからたいへんだなあと、こう考えるのは懈怠の考え方。正精進ではない。正精進というのは、朝もお経をあげさせて頂いて有り難い。夕方もまたあげさせて頂いて有り難い。また明日もあげさせてもらいたい。こういう気持ちで毎日毎日繰り返していく。これを正精進というんですよ。
で、次が七番目の正念ですが、ここから八正道も少し宗教臭くなってくる。目に見えない神さま仏さまを念じていくということですから、自分の念じていることに対して、神さま仏さまは必ずご照覧になっておられる。正しいことをして、正しいことをお願いしているんだから必ずかなうというこの念じ方。これが七番目の正念ということなんです。そうすると、最後の正定ということになる。意志が定まる。心の動揺がなくなったことを六波羅蜜では禅定と言いますが、この禅定と正定ということは同じことなんです。
八正道も正しく見るということから始まる。ですからお導きをさせて頂くにも相手を正しく見ないといけない。この人にはどのように説いたら喜んでやれるかなと、こう考えて見ていくのが正しい見方であり慈悲なんです。そして、この程度のことならできるだろうということを、よく見きわめて話してあげる。できないことを言ってきかせたんでは、「それじゃあ佼成会には入会しないよ」と、こうなっちゃう。やはり、できる相談をしなくては……。