メインコンテンツに移動
ユーザーアカウントメニュー
ログイン
Toggle navigation
Main navigation
ホーム
コレクション
お知らせ
規約について
お問い合わせ
利用ガイド
全資源タイプ
機関紙誌
教団史
動画
音声
写真
法話(テキスト)
貴重書
検索
すべて
メタデータ検索
全文検索
リセット
表示件数
18
30
60
90
120
並び順
関連度
作成日 昇順
作成日 降順
タイトルヨミ 昇順
タイトルヨミ 降順
詳細検索
コレクション
- すべて -
『庭野日鑛会長のこころ』~つれづれに想うこと~
『庭野日鑛会長のこころ』~書初めから~
法話選集
年頭法話
庭野日敬法話映像作品集(平和への願い)
心に生きる開祖さま
庭野日敬法話映像作品集(仏教三大行事と釈尊伝)
心が変われば世界が変わる
仏教者のことば
経典のことば
法華三部経の要点
庭野日敬法話映像作品集(教団史)
人間釈尊
お会式
スポーツ
立正佼成会映像作品集
らしんばん
e-story
- すべて -
庭野日敬の世界
資源タイプ
- すべて -
Text
Image
MovingImage
Sound
タイトル名
作成者
公開責任部署
- すべて -
アーカイブズ課
伝道メディアグループ
開祖顕彰資料室
佼成図書館
作成日(西暦 or 和暦)
地理空間情報
ヘルプページ
167 件中の 73 件目~ 90 件目を表示
リスト
サムネイル
開祖 (19640515A) 大聖堂落成式
6
... こうして、ただいま申し上げましたように、本尊は、久遠実成の本仏。道場は多くの皆さまの真心。えー、信者の方々のお骨折りはもとよりでありますが、不思議のことに、このお釈迦さまの尊像を飾るということになりましてから、各方面から、わたくしどもの信者以外の方々から、たくさんのご奉仕、ご協力もいただいたわけでありまして、わたしどものように新しい、まだ創立27年というような新興教団が、教団以外からたくさんのご奉仕をいただく、なんということは、これは例のないことでありまして、この方々に対して深甚なる、感謝を申し上げるとともに、わたくしどもは非常に、誇りと、思っておるわけでございます。 こうしてできました、(咳払い)道場は、お釈迦さまのご法門からいいますと、三界は我が有(う)なり、其の中の衆生悉く吾が子なり、と、またお経の中に、二もなく三もなくみな一仏乗である、諸余の経典数恒沙の如し。お経は数あるけれども、その中で二もなく三もなく、みんな一仏乗だとおおせになっておる。三界ということはご承知のように、われわれの地球の上の世界などというものでなくて、宇宙全体をさしての言葉でございます。 そうしますると、その「三界は我が有なり」というところの大親(おおおや)であるところの、その本仏を勧請し、多くの方々の、善意、真心によってその真心の結晶としてできたところのこの道場は、もはや佼成会の道場というものにとどまるものでなく、世界人類救済の道場と、ならなければならないと思うのであります。(一同 拍手) ここにおきまして、わたくしども佼成会員は、ただ佼成会という殻から一歩前進を致しまして、このみ仏の大乗の精神をもって、今日(こんにち)のように、世界のあらゆる場所に、お互いの理解のできないような、想像もつかないような悪が、あちらにもこちらにも現われております。え、この状態をご覧になって、現在の政府も、「人づくり」ということ掲げられました。 佼成会は、27年前に始めたときから、第一番に、一人ひとりの個人の人格の完成、さらに家庭の和合、社会の浄化、ひいては、国家の繁栄、そして、世界の平和を目的と致しまして、できたものでございます。わたしどもが大きく、世界の平和を唱えても、家庭の中に不和があったり、お互いに、争いや憎しみの世界には、平和はこないと思うのであります。そこで、この憎しみや争いをなくするのには、いかにするべきかと、この方法は、あらゆる角度から、いろいろの角度から、教育がいけないとか、政治がいけないとか、いろいろの関係もございましょう、しかし、これはお互いに普遍の、永遠の生命(せいめい)に目ざめたところの、普遍の教えというものを信奉しないかぎりこの解決はつかないと思うのであります。(一同 拍手) そういう意味におきまして、時間、空間を超越致しましたところの、久遠実成の本仏のみ働き、この、お互いに、真心からなる、慈悲の活動、菩薩道を中心としましたところの、人間改造をしないことには、平和はこないと思うのであります。 そういう意味で、わたくしどもはこの道場を、全人類に対して差し上げました。お互いにこの場を、その根本仏教の道場として、長くこの世に、その使命を果たすことを皆さまにお約束を申し上げる次第でございます。(一同 拍手) 本日おいでをいただきました、全国から、われわれの会をご理解いただきまして、また、ご支援をくださいました来賓各位さまの前に、あまり感激のために意を尽くしませんが、どうぞ今後とも、お互いに正しい仏教によりますところの、人間の改造による世界平和の実現の日のくるまで、皆さま方のご協力、ご指導を、お願い申し上げまして、ごあいさつに代える次第でございます。(一同 拍手)どうも、 (音声途切れ)...
大聖堂落成式
【写真】
大聖堂落成を祝して集まる会員
【写真】
ローマ教皇パウロ6世と握手を交わす
【写真】
第1回明社 明るい社会づくり運動推進大会
【写真】
241217テスト_全項目表示_一般_V1
【機関紙誌】
師の生き方の現実に学ぶ
最初の本部道場(昭和17年5月7日落成・入仏式)
【写真】
戦艦長門 艦上勤務時代
【写真】
第三道場
【写真】
こどもの日の集い
【写真】
第1回世界宗教者平和会議
【写真】
第1回世界宗教者平和会議
【写真】
第1回世界宗教者平和会議
【写真】
開祖(19731012A) お会式
【音声】
開祖(19731012A) お会式
1
...法話コード=開祖-1973-10-12-A 先生名=庭野日敬開祖 行事名=第24回本部お会式 日 時=1973(昭和48)年10月12日 録音分=24分 場 所=大聖堂 出席者= ...
開祖(19731012A) お会式
2
...○庭野会長 (一同 拍手) 皆さま本日はご参拝いただきまして誠にありがとう存じます。 ご承知のように、ことしは、日蓮聖人ご生誕750年という、60年の生涯をご法のためにささげられた、きょうのお会式のこの行事と致しましては、692回目だということんなっております。で、こういう行事が、わたくしどもお互いさまに、お祝いを申し上げるといっても、本来はご入滅の日でありまするから、お逮夜で涙を流すということに、情の上ではなるかと思うのであります。しかし、日蓮聖人とか、またはいろいろの、聖者といわれるようの方々は、この、生身(なまみ)の体、肉体がなくなられてご入滅になさっても、魂はいよいよ永遠の魂に、生まれ変わるというこの入滅ということのこの大きな問題は、逆に、い、永遠に生きるという生に変わっていくということで、ある意味では、も、不変の魂、不変の、お、働きということでありまして、そういう意味からいうとおめでたいともいえないことはないわけであります。しかしご入滅のお逮夜ってことですから、手放しでおめでたいだけを、おめでたいというわけにはいかんと思うのであります。 いつも申し上げますように、正法を守るという、正しい法を堅持するということはたいへん難しいことでありますが、真っ向からこの正法護持という問題を掲げられた日蓮聖人、その日蓮聖人の正直さといいますか、ひとつもその臆面(おくめん)なしに自分の信ずるところを、発表されたと。過日もバイブルの中のお話をちょっと、増谷先生の、お、法話から申し上げましたように、人間というものが本当に、信ずるところに、その信というものから義があらわれるという、義というものは信からあらわれる。その、あらわれてくる義というものをこんどは人さまに言い表すことによって救いとなると、ま、そういう言葉がバイブルにもあるということであります。言い表すということでありますが、日蓮聖人のいい表わし方は非常に痛烈でありまして、時の執権に対しても、汝(なんじ)信仰の寸心を改めて速(すみやか)に実乗の一善に帰せよ、と、こういうふうに命令をされるような、強い語気でおっしゃってるわけであります。信仰の寸心を改めなきゃ駄目だと、ま、こういうことを、お、700(ななひゃく)年前におっしゃったわけでありますが、いままた人類がたいへんそれから進歩したように一面は見えております。 科学的の問題は長足の進歩を遂げまして、日本(にほん)などでも、そのおかげで、たいへん人間の長生きということもできて、寿命の伸びたことはたいへんにもう伸びたようであります。そういう、う、一面があるかと思うと、たいへんにまたもう、お、すぐそこに危険性が来ておると、ともいえるのであります。...
開祖(19731012A) お会式
3
...少し、全然風のない日になるというとスモッグ、なんで光学スモッグなんというともう、何か息が詰まるような、せっかく学校の生徒がこの体育祭を始めておっても、お-、ただちにその活動をやめるというような、誠に、有り難くない、も、何かこう胸の詰まるような問題がそこに来てる。で、そういうことになりますると、いよいよ日蓮聖人の言葉のこともういっぺんこのう思い起こしてみなくちゃならないというようなことになると思うんであります。で、聖人は、一人ひとりの信心強盛(ごうじょう)にして、ということもいっておるんでありますが、いつも時の執権に向かって、信仰の寸心を改めろ、と言われると同じように、天下万民諸乗一仏乗と成って、というような言葉で、妙法が独り繁昌する時に万民一同に南無妙法蓮華経と唱え奉れば、吹く風枝をならさず、というようなことをおっしゃった。すべての自然というものもお題目を唱えるということから決まっていくんだと、というように天下万民に要するに呼びかけてるわけであります。いままたこの、お、世界中の人類が、ここで信仰の寸心を改めて、本当の信じられるものをはっきりと、お、ごまかしでない、これはこのとおりであるという、このとおり歩まなければならない、このとおり行じなければならない、そういうものをはっきりとつかまなければならない。で、いまとなって初めて、この日蓮聖人のような大きな号令が、もう、お、万民が心得て、何かその本当の救いってものはないかと、そういうような時代になってきたのであります。 で、そういうことになりますると、お、過去の日本(にほん)のお祖師さまといわれる方の中で、お祖師さまというと不思議に、まあこの真言宗の方にすれば弘法大師さまがお祖師(「そす」と発音)さまだし、浄土真宗にすればお祖師(「そす」と発音)さまといえば親鸞聖人、念仏宗にすれば法然上人ってことなんですが、不思議にお祖師さまとこうただいっただけでは、万民がこれ等しく日蓮聖人をお祖師さまとこう思うというんですねえ。これは無理なくそこへ皆、どの宗の人も行ってしまうという、それほどの祖師の力を持っておる、そういう日蓮聖人。どうしてそんなに力があるかと、こう考えてみますると、非常に正直に信じておった、そしてまたその正直に言い表しておったと思うんです。ご法というものを守れば必ず、すべてにかなわないことはない、というような強い言葉で、法華経行者のかなわぬことはない、という強い言葉でいう。また万民が一同にお題目を唱えれば、吹く風も枝をならさず、というように、すべてのことがそれによって決まると。代は義農の世となって人生に長生の術を得る、人間の長生きの術もそこから始まってくるというような、素晴らしい言葉で、教えているわけであります。 ...
開祖(19731012A) お会式
4
...で、そういう正直の、また信じたことを本当に真っ向から表現をされた、言葉に表して、そこに救いがあると思うのであります。 でー、日蓮聖人は、非常に、たくさんの言葉が残されておりますが、ほかのお祖師さま(「おそっさま」と発音)は大体、例えば、真宗の『歎異抄』というようのあれも、法然上人が、話されたことをあとで書いたんだというようのことになっておりますが、日蓮聖人の御遺文というのは自分でお書きになって残されて、それがいま現在でも厳然と500余編あるわけですね。ですから、だれが聞いて、書いたというようなものではないので、ま、それはどちらが、うーん、どちらでなくちゃならんということもないわけでありまするけれども、皆さんもお聞きんなっていると思うのでありまするが、きのうときょうでございますか、如是我聞という問題、是の如き我聞ききという問題を、『人生読本』でお話があります、あしたもう1日あると思うんでありますが。その如是我聞、わたくしはこのように仏さまの言葉を承りましたということから、お経は始まるわけでありますが。それと同じように、どなたか確実にご説法なさるときそのまま書いておいて残してあれば、それでもいっこう差し支えはないわけ、自分で書かなくちゃならんということはないんですけれども、日蓮聖人の御遺文だけは自分でお書きになって残されてありまするから、例えば、あとから付け加えてまねをしても、それはどうにもならない。もうお聖人さまのお書きになったものが、厳然と、その筆跡がそのままに残っていらっしゃる、こういう祖師はまたこれどこの祖師も、どの祖師にもまさった素晴らしい、厳然となさったことが皆実力として、真のそこへ記録となって残っているという、そういう、祖師であります。で、わたくしどもはそういう意味で、この、法華経というお経を所依の経典とさしていただいている。で、法華経の有り難いってことは聖徳太子以来、日本(にほん)では伝教大師もおっしゃっておりますし、たくさんの方が、あ、法華経に帰依されたわけでありまするけれども、この日蓮聖人ほど、はっきりと力づおく、このとおり行けば間違いないというような、この、力をこう、息吹を与えてくだすった方はないと思うんであります。 で、そういうきょうはたいへん、その日蓮聖人のご入滅のお逮夜ということで、わたくしども、こうして一つの、1年のうちの大行事の一つになっておるわけであります。お互いさまに、たいへんにこの、仏教というものは、どこまででも、そのいろいろの問題が、例えて申し上げますと、方便力ということになりますれば、観音経にありますように、三十三身を現じて法を説くというので、わたくしどもの目の前にあらわれたところのすべての現象界は、皆、仏さまの説法であるというふうに受け取れるようにならなければならない、ていうことでありまして、問題はたいへんに広範でありますけれども、しかし、また率直にそのまま拝読して、そのまま正直に受け取れば、その言葉自体がもうはっきりと救われていく。...
ページ送り
先頭ページ
«
前ページ
‹‹
Page
1
Page
2
Page
3
Page
4
カレントページ
5
Page
6
Page
7
Page
8
Page
9
…
次ページ
››
最終ページ
»