「人がいいから頼まれると何でも引受ける」と妙佼先生は笑っておられるだろうが――
信仰をする人は非常にものごとを善意に解釈して下さる。私は、今日私が説法するなんて知らずにいて、この服装であわてて飛び出してきちゃった。脇祖妙佼先生の第二十六回目の祥月命日なんだから、こんなことでは誠に申し訳ないわけです。よくよく考えてみるとそうなんですけれども、なにしろ今日はこの説法が終ると、大急ぎでご飯を頂いて金沢へ説法に行かなくちゃあならない。そっちの方のことに気を奪われているもんだから……。まあ今日のプログラムが、どういう訳か私の方には回ってこなかったことも、あるにはあったんですが、「さあ、さあ、それじゃあ、失敗したなあ」と、こういうことなんです。けれども、「まあ、いいや、妙佼先生はその間の事情は一番よくご存知だから……」(笑)こう思って出てきたわけであります。今日はおそらくですね、妙佼先生が、例のしゃがれ声で「オヤジ、また自分一人で、オレがオレがと忙しがっているな」なんて言ってると思うんです。
明るい社会づくり運動の方もですね、私が行かなくても明社の方にも幹部さんはたくさんいらっしゃる。前のNHK会長であった前田義徳先生が明社の方の会長をして下さってる。ですから、本当は私がわざわざ行かなくたって、ちゃんと明るい社会づくりはできるんです。できるんだけれども、金沢の方の人から、「提唱者でもあるしするから、どうしても私に来てもらいたい」なんて言われるとね。「ああ、よしよし、行ってやるよ」なんて、もう簡単に引き受けちゃう。
だから、おそらく今日は、妙佼先生が「オヤジのやつ、人が良いから頼まれれば何でも引き受けちまう。だからそんなことになるんだ」なんて、おそらく笑ってるだろうと思うんです。ですけれども、一生懸命でやっている私の心の奥を妙佼先生は、ちゃんとお見通しだから、おそらく服装が悪いから説法していかんなどということはおっしゃらないと思うんです。 (拍手)
まあ、仏教をしっかりと行じていきますと、どんなことであっても苦労にならないんですね。頼まれれば素直に引き受けて、誠心誠意でそれを力一杯にやっていく。皆さん方に安心してもらえるように、この娑婆に人間として生まれたことが本当に幸せであったと思って頂けるように、そういう説法をしてあげたい。こういう気持ちで一生懸命でやっていますから。
まあ、それに年を取ったりしてますから、「さぞかしくたびれるだろう」とみなさんが心配して下さるんです。ところが、当人はいっこうにね。年を取ったというような感じはあまりしてない。 (拍手) まだまだ若い気持ちで元気いっぱいなんですよ。ですから、へたばるなんていうことはないんですよ。頼まれれば、どこへでも行きます。