みんな〝仏性〟がある
今、日本は大乗仏教国だということを世界の学者は言っているけれども、日本の内においては、霊界のことなど少しも考えない人がたくさんいる、という状態です。こういうところに佼成会は〝陰を信じろ〟と言ってきたわけです。最近はあまり〝陰〟とは言われませんで、陰よりも表を信じろということが多いかもしれません。法則でわかるということは表であって、論理にのっているもので、書いたものを見ればわかるものです。お経に書いてあるのですから、目を見張れば仏教の道理がわかるわけであります。が、この仏教の道理を本当にわかろうとするのには、やはり陰を信じないとわかってこないわけです。
ですから、私共が仏教国だということになりますと、その仏教のいちばん大事なことは、生まれてきた私共がみんな仏になれるという性をもっているということをまず悟ることなのです。修行しさえすれば仏になれるという性をもって生まれたということを信じることです。
これも、お前は仏になれるのだという証明書がついているわけではないのですが、信仰してお経を読ませていただいて、導きの親ごさんにやかましく言われて、いやいやながらも説法をつめ込んで、そういう修行も何回も何回も、何年も何年も重ねて、初めて陰を信じるというようなことも可能になってきていると思うのです。
きのうきょう導かれてきた人などに陰を信じろなんて言っても、何だか無理なようですが、その陰を信ずるというところから始まった因縁、それがお盆の縁起であります。
ですから、私共が真心からご供養させていただくわけです。暑いとか眠いとか怠けているのではなくて、心から喜んでしているのかは、陰の方ではお見通しなんです。
ご飯もお水もお茶もあげて、また夏は花びんの水が悪くなるので朝晩替えるというように、そういういう真心が霊界に届いていないと寂しいわけです。この子孫の真心というものが、ご先祖さまに対しては唯一の救いなんですね。
このお盆を一つの機会に朝夕のご供養を怠らずして、真心を込めてお供えする――これは初歩のことでございますが、信仰の一番の基礎なんですね。土台がちゃんとしなければだめなんです。理屈だけ覚えてもだめです。