欲が人間を苦しめる
先ほど佐々木さんが体験をお話しになりましたが、昭和二十三年ごろですと大体結核という判定を下されると、もう命がなくなるのじゃないかと、いまちょうどがんの宣告を受けたと同じような気持ちがするような時代であったわけであります。いま佐々木さんを拝見しますと、あの人がそんな結核なんかあったのかと、何かうそをついているような、そらごとのような気がしますけれども、現実は、そういう方でなければ昭和二十年、二十二、三年頃の食うに困るというようなときには、なかなか熱心に信仰ができなかった時代なんですね。
いまでも佐々木さんは非常に若いけれども、二十八年も前のことですから、当時は本当にお若い。普通で言うならば、それはもう何物にもかえられないような人生の若々しさ、楽しみの時代でございます。それが一遍に結核であるという診断を下されたときに、もう地獄へ突き落とされたような感じがしたと思うのであります。そういう方があのようにちゃんと厳然と治って、今日しかもその業病に取りつかれたことが信心を起こす因縁をつくっていただいたということで、「禍いを転じて福となす」ということわざがありますが、まざまざと佐々木さんはそれを体験したわけであります。
本日はそういう意味から言いますと、目連尊者のお母さんの欲張り──人間はみんな欲張りなんです。いま世界のことはどういうふうになっているかというと苦の娑婆だと。どこの国でも、先進国は先進国なりに、また開発途上国は開発途上国なりに、大変暮らしにくい、大変厄介な末法だといわれるような感じがお互いさまにしているわけであります。スポーツなんていうものは最も紳士的な取り扱いで、何もこだわりなどはないように思うのであります。それがあのモントリオールでやるところのオリンピックに出場する権利の獲得ということでも、台湾が入れるとか入れないとかというようなことで、いろいろの問題がそこに納得をしかねるような複雑な問題になっておるわけであります。
そういうことを思い起こしますと、何でもないようでありますが、いろいろの苦しみのもとは何かというと、欲だそうでございます。仏さまは「諸苦の所因は貪欲これもとなり」と。貪欲──この盂蘭盆会のできた因縁は、人間の貪欲というものを悟れということをおっしゃったと、こう言っても言い過ぎではないと思います。