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経典のことば(40)
立正佼成会会長 庭野日敬

仏陀は「もろもろの草木も生きものであり、魂を持っている」と説きたもうた。ゆえにわれらはそれを切ることはできない。
(大荘厳経論巻三)

草で縛られた比丘たち

 数人の仏道修行者たちが荒野の中を旅していたところ、盗賊の一団が襲いかかり、衣服を全部剥ぎ取ってしまいました。その上、――この修行者たちが村に行ってしゃべってはこちらの身が危ない。みんな殺してしまおう――ということになりました。
 ところが、賊の中にかつて出家した経験のある男がいて、言いました。
 「なにも骨を折って殺すことはないよ。仏教の比丘たちは、戒律によって生きた草木を傷つけることをしないから、ほら、そこいらにいっぱい生えている長い草で縛っておけば、いつまでもジッとしていて、そのうち死んでしまうさ」
 なるほど……というので、盗賊たちは身の丈以上に伸びている生えたままの草でガンジガラメに縛り、立ち去って行きました。
 修行者たちは、裸のまま一日じゅう強烈な太陽に照らされ、蚊・アブなどに全身を刺され、その苦しさといったらありません。日が暮れると、夜行性の獣たちがうろつき、野狐やフクロウが鳴き、気味わるい限りです。
 しかし、リーダーである老比丘の激励によって、比丘たちは耐えに耐えて一夜を明かしました。
 翌朝たまたま狩りに出かけた国王が、はるかにこの人たちを見つけ、家来を見に走らせました。家来がありのままを報告しますと、
 「それは裸形外道(らぎょうげどう)ではないか」と王は聞きます。
 「いいえ、真っ裸で恥ずかしそうにしていましたし、第一右の肩だけが真っ黒に陽焼けしていますから、仏教の僧たちに違いありません」
 と家来は言いました。興味をそそられた王は、さっそく修行者たちの所に行き、
 「どうしてこんな草などに縛られておられるのですか。これぐらいすぐ引き抜けるのに……」
 と尋ねますと、比丘は答えました。
 「わたくしたちの師仏陀は『もろもろの草木も生きものであり、魂を持っている』と仰せられ、そのいのちを断つことを禁ぜられました。もちろんこの草を引き抜くこともできれば、断ち切ることも容易にできますが、仏陀のおん戒めは金剛(こんごう)のように固いのです。それを破ることはできません」

地球砂漠化の戒めと

 王はそれを聞いて非常に感激し、さっそく手ずから比丘たちを縛っていた草をほどいてあげました。
 そして、そのような教えを説き、弟子たちが命を捨ててもその戒めを守ろうとする釈迦牟尼世尊とはなんという偉いお方であろうかと、深い帰依の心を起こしたのでありました。
 この話は、もちろん持戒の心の堅固さをたたえたものでありますが、わたしは現在の地球が直面している危機にかんがみて、お釈迦さまの「草木の生命を断つなかれ」という戒めを、そういった意味で重大に考えざるをえません。
 周知のとおり地球上からは日一日と緑が失われ、砂漠化が急速に進行しつつあります。それなのに、緑に養われている人間たちは、目前の利益と安楽を貪るためにその大切な恩人たちを殺生しつつあるのです。
 こうした末世の人間たちに、お釈迦さまのこの戒めと、それを懸命に守った比丘たちの所行は、絶大な教訓を与えているものと考えざるをえないのです。たんなる昔の信仰美談として読み過ごすことはできないものと思います。
題字と絵 難波淳郎

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