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心が変われば世界が変わる
 ―一念三千の現代的展開―(1)
立正佼成会会長 庭野日敬
はじめに
 まず身近なところで人間で言えばからだから

 心の立て直しで世界平和を

 皆さんもよくご存じのように、私は、(世界平和)のために懸命に働いている者であります。世界平和のための努力といっても、あるいは政治・外交の面から、あるいは産業・経済の面から、あるいは文化交流の面からという具合に、さまざまな路線がありますが、私は宗教者ですから、「人類の心を立て直すことによって世界に平和を」という路線を取ることは言うまでもありません。そして、そのために不可欠の階梯として、「まず世界の宗教者が心を一つにし、力を協(あわ)せよう」と呼びかけているわけであります。
 ところが、一般の方々の目から見れば、こうした行き方は大変迂遠であり、いわゆる(百年河清を待つ)に等しいと考えられがちです。「そんな理想主義的なことを言っていてどうなるものか。現実はそんな甘いものではない」と評する人もあります。
 そんな人に対して、私は反問したい。
 第一に、「では、他にどんな方法があるのですか。完全な平和世界をつくり上げる道が、ほかにあるのですか」と。
 第二に、「あなたは(理想)と(目的)とを混同しているのではないですか。目的は、それに到達した時、初めて価値を生ずるのですが、理想は、それに向かって踏み出す第一歩から、すでに一歩だけの現実的価値を生ずるものではないのですか」と。
 ハーバード大学のソローキン教授は、その名著『人間性の再建』の結論として「世界永遠の平和のためには、人間性が立て直されなければならぬ」と断じています。まさにその通りです。世界を平和にするには、人類の心を変えるよりほかに道はないのです。
 「人類の心を変える」という言葉を額面通りに聞けば、まるで雲をつかむような全く現実離れのした考えのように思われるでしょう。しかし、よくよく考えてみれば、決して現実から遊離したものではないのです。その第一歩として、もしあなた自身が心を非利己的に、愛他的に立て直すならば、確実にあなた一人だけは心安らかな平和人間になれるのです。ということはつまり、微小ながらも世界平和のための一粒の種子が現実に芽生えたことになるのです。
 そして、そうした新しい心の芽生えが家族へ、職場へ、地域社会へと次第に広がっていけば、その広がりの過程の中で一歩一歩確実に理想が達成されていくのです。
 われわれが信奉している仏教は、実はそうした教えなのです。世界の永遠の平和を理想とし、まず個人個人の心から立て直していこうという教えなのです。なかんずく、われわれが所依の経典としている法華経は、(心が変われば世界が変わる)ことが可能である原理と、その具体的方法を説いたものなのです。だからこそ(諸経の王)と言われる大きな理由の一つが、実にここにあるのだ、と私は信じております。

十如是に示されている原理

 どこにその原理が示されているかといえば、方便品の諸法実相・十如是の法門です。ところが(如是相・如是性・如是体・如是力・如是作・如是因・如是縁・如是果・如是報・如是本末究竟等)という文字の表面だけ見れば、どこに(心が変われば世界が変わる)という原理が示されているか分かりません。そこで、小釈迦と言われた中国の天台大師がこの法門を敷衍(ふえん)して(一念三千)ということを説かれました。「人間の一念の中に三千世界がある。だから、一念が変われば三千世界が変わるのだ」と説かれたのです。
 しかし、われわれ凡夫の身としては、「一念が変われば三千世界が変わる」と聞かされても、あまりに話が大き過ぎてピンときません。身に迫る現実性が感じられません。ですから、私共の会の中でも「一念が三千だから」と、一つの通用語として、よく口にもし、耳にもしますけれども、果たして、みんながみんな、それが抜き差しならぬ真理であることを心の底から確信しているかどうか……ということになりますと、いささか心許ない感じがあるのです。
 そんなアヤフヤなことではいけない、と私は思います。この真理は法華経の大きな柱の一つです。これが心の底に確立していなければ、何のために法華経を信じ、法華経を行ずるのか分からないことになります。
 そこで私は、この真理を改めて見直してみたいと思い立ったのです。それも、「世界が変わる」と一足飛びに大きなことを考えないで、ごく身近なところから一歩一歩ゆっくりと、地道に考えていきたいと思い立ったのです。
 また、こういうことを理論的に説いていったのでは、堅苦しく、読みにくく、飽きもきましょうから、できるかぎりやさしく、分かりやすく、なるべくたくさんの実例を挙げて、現実の問題として考えていこうと思うのです。
 以上が、これから私が述べていこうとすることの根本理念であり、根本方針であります。

心が変わればからだも…

 さて、われわれにとって一番身近なところといいますと、われわれ自身のからだです。肉体です。ですから、(心が変われば世界が変わる)という真理を考えるには、何よりもまず(心が変わればからだが変わる)ということから見ていくのが筋道だと思います。
 次回から、このことについて、徹底的に、くわしく考えていくことにしましょう。(つづく)

 仏の顔(アフガニスタン)
 絵 増谷直樹

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