心が変われば世界が変わる
―一念三千の現代的展開―(2)
立正佼成会会長 庭野日敬
心とからだの不思議な関係
体験的に知っていた(心身不二)
仏教では(心身不二)ということを教えていますが、皆さんも、確かにそうだと、感じる体験があるはずです。例えば、ひどく腹を立てると、頭がガンガンしてきたり、手足がブルブル震えたりしてきます。心配ごとがあると、顔色が青くなり、食欲もなくなります。急に恐ろしい目に遭えば、心臓は一時止まったかのように感じ、口の中が乾いてカラカラになります。大事な勝負に臨む前は、出もしない小便をやたらにしたくなります。
こういうことは大昔から人間は体験的に知っていたのですが、どうしてそうなるのかということまではわかりませんでした。ところが、現代になって、いろいろな学者が実験によって、その理由をつきとめ、実証するようになりました。
アメリカのキャノンという学者は、ネコを使って、怒ったり、恐怖したりする時の反応を研究しました。ネコにイヌをケシかけると、全身の毛を逆立て、爪を出し、歯をむき出してうなります。その時、ネコの体に起こる変化を調べてみますと、脈が大変速くなり、血圧が上がり、赤血球の数が増え、血液の中の糖分が増し、胃腸の運動が停止することがわかりました。そして、これらは副腎(ふくじん)というところから出るアドレナリンのせいだとしたのでした。
この研究から出発して、カナダのセリエという学者は、ストレス学説というものを唱えました。ストレスというのは(緊迫)とか(侵害刺激)と訳され、人間の健康に害を与える外的・内的な刺激を言うのです。外的な刺激と言いますと、猛烈な寒さや暑さ、外傷、かび、菌の感染などです。内的な刺激と言いますと、不安とか、苦悩とか、恐怖とか、憤怒といった精神的な刺激です。このような不快な精神的刺激も、よくない外的な刺激と同様に、身体に害を与えるというのです。その理由として、不快な刺激によって出るコーチゾンというホルモンが、全身に大きな影響を与えることを発見したのでした。
セリエは、このようにして起こる病気をストレス病と呼び、実力以上の地位についた人が起こす狭心症や不整脈、心労の多い管理職がよくかかる胃潰瘍、その他高血圧、リューマチ、糖尿病、腎硬化病などを、その病例として挙げています。
昔から「病は気から」と言われてきましたが、現代の医学でも精神と身体とは切り離すことのできないことを実証し、(精神身体医学)という独立した分野もできたのであります。私はつい昨年、わが国の精神身体医学の最高権威と言われる池見酉次郎博士と対談させて頂きましたが、いろいろとお話をうかがって、(心が変われば身体が変わる)という実証が、実に広範囲に及んでいることに、今さらのように驚きました。
池見博士によりますと、小児ゼンソクは親の過保護が大きく関係しているということでした。この病気は三歳児に一番多いのだそうですが、この年齢の子供はこれから独立した人格を形成しようという大切な時期にさしかかっているのです。ところが、近ごろの親たちは、子供を自分のものとして独占したいという気持から、あまりにぴったりくっついて離れない。だから子供の個性は健やかに伸びていかないということになる。そうした親と子のゆがんだ関係がゼンソクに結びつく……というのです。
解明される心と身体の因果関係
つまり、三歳ぐらいの子供ですから、まだハッキリとは意識しませんけれども、本能的に自分の個性がスクスク伸びるのを妨げるものに対して反抗する、そうした無意識の働きがゼンソクを引き起こすわけです。そこで、最近、親と子を切り離すという療法が欧米で始められ、日本でもやり始めたということですが、難治性のゼンソクの子供を施設に移すと、その日から発作がおさまってしまう子が、八〇パーセントぐらいいるというのです。この数字には全くびっくりしてしまいました。
このような、無意識の働きが身体に及ぼす影響は、実に計り知れないものがあって、まだまだ、未解決の世界がたくさんあるそうですけれども、われわれ素人が聞いても、なるほどと思われるような原因・結果の法則がずいぶん明らかにされているようです。
例えば、怒ったり、恐怖を感じたりすると、内臓の平滑筋や、骨格や筋肉のあるものが緊張します。その怒りや恐怖がすっかり解消してしまえばいいのですが、割り切れぬままに残りますと、その肉体的緊張も少しばかり残るというのです。少しばかり残っているぐらいでは何ということもないのですけれども、そういうことがしょっちゅう繰り返されますと、次第にそれが累積して、その部分に痛みを覚えるようになるのです。筋肉リューマチの原因の大部分がこれだといわれています。
ストレスの累積が病気の原因に
このように、不快な精神的ストレスがしょっちゅう繰り返され、心の奥底にある無意識の世界に累積することが、さまざまな病気の原因となるのです。治らぬ病気に苦しんで佼成会に入会する方にはこのようなケースがたくさんあります。嫁・姑の間の葛藤(かっとう)、夫婦や親子の間の隠微な心の争いなどは、毎日のように繰り返され、表面の心で我慢しているうちにドンドン心の奥底に蓄(た)まるから、害が大きいのです。
ですから、入会して法座などで身の上を洗いざらい話してしまえば、その場で永年の病気がケロリと治ってしまうのは何の不思議もないわけです。小児ゼンソクの子が、親と切り離されたその日に八〇パーセントも発作がおさまるというのと、同じ理屈だと思います。次回は、このことについて、もう少し掘り下げて考えることにしましょう。
(つづく)
仏立像(ガンダーラ出土)
絵 増谷直樹
―一念三千の現代的展開―(2)
立正佼成会会長 庭野日敬
心とからだの不思議な関係
体験的に知っていた(心身不二)
仏教では(心身不二)ということを教えていますが、皆さんも、確かにそうだと、感じる体験があるはずです。例えば、ひどく腹を立てると、頭がガンガンしてきたり、手足がブルブル震えたりしてきます。心配ごとがあると、顔色が青くなり、食欲もなくなります。急に恐ろしい目に遭えば、心臓は一時止まったかのように感じ、口の中が乾いてカラカラになります。大事な勝負に臨む前は、出もしない小便をやたらにしたくなります。
こういうことは大昔から人間は体験的に知っていたのですが、どうしてそうなるのかということまではわかりませんでした。ところが、現代になって、いろいろな学者が実験によって、その理由をつきとめ、実証するようになりました。
アメリカのキャノンという学者は、ネコを使って、怒ったり、恐怖したりする時の反応を研究しました。ネコにイヌをケシかけると、全身の毛を逆立て、爪を出し、歯をむき出してうなります。その時、ネコの体に起こる変化を調べてみますと、脈が大変速くなり、血圧が上がり、赤血球の数が増え、血液の中の糖分が増し、胃腸の運動が停止することがわかりました。そして、これらは副腎(ふくじん)というところから出るアドレナリンのせいだとしたのでした。
この研究から出発して、カナダのセリエという学者は、ストレス学説というものを唱えました。ストレスというのは(緊迫)とか(侵害刺激)と訳され、人間の健康に害を与える外的・内的な刺激を言うのです。外的な刺激と言いますと、猛烈な寒さや暑さ、外傷、かび、菌の感染などです。内的な刺激と言いますと、不安とか、苦悩とか、恐怖とか、憤怒といった精神的な刺激です。このような不快な精神的刺激も、よくない外的な刺激と同様に、身体に害を与えるというのです。その理由として、不快な刺激によって出るコーチゾンというホルモンが、全身に大きな影響を与えることを発見したのでした。
セリエは、このようにして起こる病気をストレス病と呼び、実力以上の地位についた人が起こす狭心症や不整脈、心労の多い管理職がよくかかる胃潰瘍、その他高血圧、リューマチ、糖尿病、腎硬化病などを、その病例として挙げています。
昔から「病は気から」と言われてきましたが、現代の医学でも精神と身体とは切り離すことのできないことを実証し、(精神身体医学)という独立した分野もできたのであります。私はつい昨年、わが国の精神身体医学の最高権威と言われる池見酉次郎博士と対談させて頂きましたが、いろいろとお話をうかがって、(心が変われば身体が変わる)という実証が、実に広範囲に及んでいることに、今さらのように驚きました。
池見博士によりますと、小児ゼンソクは親の過保護が大きく関係しているということでした。この病気は三歳児に一番多いのだそうですが、この年齢の子供はこれから独立した人格を形成しようという大切な時期にさしかかっているのです。ところが、近ごろの親たちは、子供を自分のものとして独占したいという気持から、あまりにぴったりくっついて離れない。だから子供の個性は健やかに伸びていかないということになる。そうした親と子のゆがんだ関係がゼンソクに結びつく……というのです。
解明される心と身体の因果関係
つまり、三歳ぐらいの子供ですから、まだハッキリとは意識しませんけれども、本能的に自分の個性がスクスク伸びるのを妨げるものに対して反抗する、そうした無意識の働きがゼンソクを引き起こすわけです。そこで、最近、親と子を切り離すという療法が欧米で始められ、日本でもやり始めたということですが、難治性のゼンソクの子供を施設に移すと、その日から発作がおさまってしまう子が、八〇パーセントぐらいいるというのです。この数字には全くびっくりしてしまいました。
このような、無意識の働きが身体に及ぼす影響は、実に計り知れないものがあって、まだまだ、未解決の世界がたくさんあるそうですけれども、われわれ素人が聞いても、なるほどと思われるような原因・結果の法則がずいぶん明らかにされているようです。
例えば、怒ったり、恐怖を感じたりすると、内臓の平滑筋や、骨格や筋肉のあるものが緊張します。その怒りや恐怖がすっかり解消してしまえばいいのですが、割り切れぬままに残りますと、その肉体的緊張も少しばかり残るというのです。少しばかり残っているぐらいでは何ということもないのですけれども、そういうことがしょっちゅう繰り返されますと、次第にそれが累積して、その部分に痛みを覚えるようになるのです。筋肉リューマチの原因の大部分がこれだといわれています。
ストレスの累積が病気の原因に
このように、不快な精神的ストレスがしょっちゅう繰り返され、心の奥底にある無意識の世界に累積することが、さまざまな病気の原因となるのです。治らぬ病気に苦しんで佼成会に入会する方にはこのようなケースがたくさんあります。嫁・姑の間の葛藤(かっとう)、夫婦や親子の間の隠微な心の争いなどは、毎日のように繰り返され、表面の心で我慢しているうちにドンドン心の奥底に蓄(た)まるから、害が大きいのです。
ですから、入会して法座などで身の上を洗いざらい話してしまえば、その場で永年の病気がケロリと治ってしまうのは何の不思議もないわけです。小児ゼンソクの子が、親と切り離されたその日に八〇パーセントも発作がおさまるというのと、同じ理屈だと思います。次回は、このことについて、もう少し掘り下げて考えることにしましょう。
(つづく)
仏立像(ガンダーラ出土)
絵 増谷直樹